第77話 坂本の町と穴太衆との遣り取り

 坂本の恵心院で修行が始まり、私は経を読んだり仏法を学ぶなど、基礎的な修行を行っている。都では、武芸に勤しんでいたものの、学問にも時間を割かれ、仏法については最低限に近い程度しか学んでいない。

 私は、空いた時間を坂本の町を巡ることなどに費している。都では見られない光景や平穏な雰囲気を楽しんでいるのだ。


 坂本の町では、多くの延暦寺の僧たちが過ごしている。そのため、修行に勤しむ僧もいれば、怠けたり、遊び呆ける僧もいた。

 坂本の町では、僧たちが酒を飲んだり、遊女を買うのも普通の光景だ。僧によっては、妻帯して所帯を持っている者もいる。宗派によっては妻帯を認め、父から子へ世襲しているところもあるので、この時代では然程おかしいことでは無いのだろう。

 比叡山延暦寺を守るための僧兵も多くおり、そう言った血の気の多い者たちが、酒や女を巡って諍いを起こすことは、よくあることであった。そう言った僧兵たちの喧嘩や刃傷沙汰になるのは日常茶飯事である。


 足利義教の時代に、北野社(北野天満宮)に仕える僧が、鹿苑寺(金閣寺)の僧たちと刃傷沙汰になり、危うく両者の戦になりかけていた。その原因も北野社の僧たちが酒を呑んで酔っ払っていたからではないかと言う話が残っているぐらいであるから、僧たちは酒絡みで諍いを起こすのもおかしくないのかもしれない。

 かつて、青蓮院門跡で天台座主にまでなった足利義教は、比叡山延暦寺と揉めて、坂本の町を焼き払っているしな。騙し討ちで比叡山延暦寺の僧を数名殺害したら、比叡山延暦寺は抗議の意味を籠めて、山上の根本中堂に火を放って数十名が焼身自殺したそうだ。

 室町時代から戦国時代にかけては、修羅の世界としか形容出来ない様な気がしてきた。そんな殺伐とした時代なら、僧も酒を呑んで、女を抱くだろうな。

 日本人を何とか少しでもマトモにした江戸時代は凄いと純粋に感心してしまう。



 坂本の町の中を歩いていると、見事な石積みか散見される。石垣を積むので有名な穴太衆が積んだものだろう。

 築城で石垣を用いられる様になった戦国時代において、穴太衆は様々な名城で石積みを行っている。記録に残る最初期の観音寺城を始めとして、織田信長の安土城や豊臣秀吉の大坂城の石垣なども手掛けていたはずだ。

 その有名な穴太衆は21世紀にも会社組織として存続しており、棟梁がテレビ番組などで取材されていた様に記憶している。熱い大陸の密着番組やサングラスの有名司会者の石積み体験などで目にしたことがある。

 21世紀では、入札に負けるなど厳しい状況の様で、海外での石積みの仕事などが増えていた様だが。


 坂本の町では、どこかしらで石積みの工事をしている様で、今日も穴太衆が石を積んでいる。

 最近の私の楽しみは、穴太衆の石積みを観ることであった。いつも通り、穴太衆が石垣を修築している様子を観ていると、穴太衆の棟梁がやって来る。


「おぅ、若様。今日も石積みを観に来たのかい?」


「えぇ、穴太衆の石積みの技は見事なものです。観ていて飽きませんよ」


 私は、手土産に持ってきた握り飯を棟梁に渡す。気難しい職人とコミュニケーションを取るため、手土産は欠かさない様にしているのだ。握り飯は、坂本の町で買ったものである。


「いつも、手土産をいただいちまって、すみませんね。ウチのもんも喜んでますわ」


 棟梁は、礼を述べ、土産を受け取る。棟梁も手土産を喜んでくれている様だ。


「この石積みは、重いものを建てても崩れない様にするためですか?」


「若様のおっしゃる通りですわ。石を積めば土台が頑丈になるんでさぁ。そうすれば、大きな建物や重い建物も建てられます」


 寺の立派な伽藍など、大きな建築物や重い建築物を建てるため、土台を頑丈にする必要があると分かっている様だ。そのため、石積みで石垣を作り、基礎となる土台を補強している。


「穴太衆は、石積みは得手としているのでしょうが、河辺や湖畔に積むことも出来るのですか?」


「そう言ったこともやってますよ。坂本の町は淡海に面してますからね。湖畔の湊で石を積むのを頼まれるんですわ」


 穴太衆は琵琶湖の湖畔で石積みを頼まれることもある様で、実績もある様だ。


「淡海の湊で石積みをしたりしてるんですね。では、河港に石積みをすることも出来るのですか?」


「石積みをしたいところを見てみないと分かりませんが、大まかなところは出来ると思いますよ」


 穴太衆に頼めば、河湊の整備も可能な様だ。美濃国へ赴いてからの構想が頭に浮かんでいく。


 その後、私は穴太衆の石積みの作業を眺め続けるのであった。私が築城したり、河湊を整備する際には、穴太衆に石積みを依頼するのは、大きな選択肢の一つであることだろう。

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