第78話 比叡山脱出
私が比叡山延暦寺の門前町である坂本にやって来てから、そこそこの日数が経っていた。
私は瀬田左京を側に置かない時間も増える。そんな時を見計らって、服部半蔵が付けてくれた機関衆たちと連絡を取る様にしていた。
「服部の者か…?」
私が坂本の町で過ごしていると、機関衆の者が近寄ってくる。何度か顔を目にしたことがある者だ。
「左様にございます。長からの報せを届けに参りました」
服部半蔵からの報せには、都の情勢や旧松殿家のことが書かれていた。都では、まだ足利義晴方と細川六郎方との間で、和睦交渉が
続けられている様だが、進展は見られないとのこと。旧松殿家の家臣たちも、特に変化などは無い様だ。
「服部の者よ。私はそろそろ坂本を出るつもりなので、備えておいてくれ」
「かしこまりました。若様が美濃国へ入れる様に助力させていただきます」
私は、機関衆の者に、そろそろ比叡山延暦寺を離れ、美濃国へ赴くことを伝える。機関衆は、私が美濃国へ入るための手助けを行う予定になっていた。
私が比叡山延暦寺を出ることを決めたのは、剃髪をする大体の日程が決まったからだ。剃髪の日までまだ日数はあるものの、いつ前倒しされるかも分からない。余裕を持って坂本から脱出したかった。
私が剃髪するのを嫌がっているのは、剃髪してしまうと元服が遅れてしまうからだ。足利公方であった足利義教や足利義澄は、僧籍から還俗したため、髻を結えるまで元服をすることが出来なかった。髻を結えることが元服の必須条件だったのである。
そのため、両公方は髻を結えるまで髪が伸びるのを待つ必要があった。史実では、足利義昭も還俗したばかりで髻が結えず、元服を行えなかったため、足利義栄に公方の地位を先に奪われている。
元服を終えた後に、出家して還俗するならば、髻など関係ないのだが、私はまだ元服をしていない。美濃国で、長井新九郎の養子となり、スムーズに元服するためには、剃髪する訳にはいかなかった。
私は、恵心院に戻ると、瀬田左京を探す。瀬田左京は何かしらの作業を行っていた様だが、私が近付いていくと、作業を止めて近寄ってきた。
「若様、どうかなされましたか?」
「そろそろ、出ようと思う。備えておいてくれ」
私が比叡山を出ようと思うと暗に伝えると、瀬田左京は神妙な顔付きをし、頷いたのであった。
その後、私と瀬田左京は密かに比叡山脱出の準備を進める。瀬田左京が夜の見回りなどの人員を調べ、隙のありそうな日を選定する。
私は、再び機関衆の者と接触をし、脱出の日取りを伝えた。機関衆は予定通り、私の脱出を手助けしてくれる様だ。主に、私の捜索の妨害であるが。
比叡山脱出の日の夜半、瀬田左京が部屋に入ってくる。
「若様、起きておられますか?」
「うむ。起きておるぞ」
瀬田左京と密かやかに言葉を交わす。私も身支度を整え、いつでも出られる様に準備をしていた。
私と瀬田左京は、恵心院を抜け出し、坂本の町を離れる。道中、見廻りの僧兵に見つからない様に街道へと進んだ。僧兵たちの見回りもザルな物で、酒を飲んでいる者もいると耳にしている。
隠れたり、僧兵たちを避けながら進み、街道へ辿り着くと、漸く気持ちを落ち着けることが出来た。何だかんだで、見つからないか心配だったのだ。
少し休憩をした後に、私たちは美濃国へ向けて歩き出す。京の都から近江国の坂本までは、ゆっくりと物見遊山で進んでいたが、これからは捜索などもあるので、道中は急がねばなるまい。
後は、機関衆の者たちが、どれだけ捜索の妨害をしてくれるかだ。一応は、恵心院宛の手紙を機関衆に渡してある。機関衆の者が上手いタイミングで渡してくれることを期待しよう。私たちがどこへ向かったか尋ねられたりしたら、見当違いのところを伝えることになっている。
斯くして、比叡山延暦寺の恵心院を脱出した私は、美濃国へ向けて、足早に進むのであった。私は、美濃国での生活への期待で胸がいっぱいである。
美濃国で上手く成り上がり、養父の斎藤道三の暗殺を何とか防がなければならない。美濃国での将来の課題は多いものの、私は自身の未来を掴むため、歩みを進めるのであった。
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