第71話 朝倉宗滴との出逢い

 鷹の世話をする私と叔父の前に現れた老人は、徐々に私たちに近付いてくる。老人の眼光は鋭く、立派な髭を蓄えていた。私たちの鷹を目にして、笑みを浮かべてはいるものの、何処と無く猛禽類を思い起こさせる様な笑みである。

 目の前に現れた老人を評するなら、「鷹」としか答えてしまうかもしれない。

 老人は、私たちの前に辿り着くと、鷹を繁々と眺めている。こちらへ向かって歩んできた時から只者では無いと感じさせられた。いざ、老人が目の前に現れると凄まじい風格を感じてしまう。

 これほど風格のある人物に対面したのは、初めてのことであった。敢えて言うならば、塚原卜伝に近いと言えるが、歴戦の武将と言う感じがする。


「よく世話のされた良い鷹だ」


 老人は、目を細め嬉しそうに鷹を褒め、評し始めた。老人が指摘する点は、鷹書に書かれていることで派あるものの、的確である、時には私の知らない知識も語り始める。

 私たちの鷹の至らない点についても、指摘しつつ、改善すべきことを的確に語ってくれた。

 目の前の老人は、鷹に詳しく、本当に鷹が好きなことが窺える。


 老人の話を聞いていると、祖父の近衞尚通が、こちらにやって来た。


「太郎左衛門尉殿、こちらに居られたのか。厠に行ったまま戻らぬから心配したぞ」


 祖父は老人のことを太郎左衛門尉と呼んだことから、老人の通称が分かった。太郎左衛門尉と言う老人は、祖父の客だった様だ。

 客が厠に行ったのに、いつまでも戻って来なかったら心配するのは当然である。ましてや、老人だから、何かあったのではないかと気が気ではなかったことだろう。


「准后様、申し訳ございませぬ。鷹の鳴き声が聴こえたもので、ついつい釣られてしまいましたわ」


 太郎左衛門尉は、鷹に目が無い様で、鳴き声に釣られてやって来てしまったらしい。祖父は、太郎左衛門尉の言葉を聞いて呆れていた。


「太郎左衛門尉殿の鷹好きは存じておるが、度が過ぎるのではないか?」


「越前国から軍を率いてやって来たので、鷹には暫く見えておらぬので、仕方無いではございませぬか。鷹を連れて参陣する訳にはいきますまい」


 祖父は太郎左衛門尉の鷹好きを知ってはいるものの、度が過ぎているのではと指摘する。しかし、太郎左衛門尉は越前国からやって来た様で、鷹を連れて来れなかったと述べると、祖父は呆れ果ててしまった。


「太郎左衛門尉殿、こちらにおるのが、私の末子と孫ですぞ。子供たちよ、こちらにおられるのが越前国の朝倉氏の軍勢を率いて参った朝倉太郎左衛門尉殿じゃ」


 祖父は太郎左衛門尉に呆れつつも、互いを紹介する。目の前のいる老人は、越前朝倉氏の実質的当主として有名な朝倉教景こと朝倉宗滴であった様だ。

 朝倉宗滴程の人物ならば、凄まじい風格をは放っているのも納得出来る。


「ほほぅ。近衞家は有望な子息を抱えておられる様羨ましいですな」


 朝倉宗滴は、叔父と私に対して、値踏みをする様な視線を向けつつ、繁々と眺めてきた。そして、私に視線を向け、祖父に対して語りかける。


「近衞関白の御子息のことは、持明院宰相からも聞き及んでおりますぞ。鷹道に熱心であるそうで、公家でありながら珍しく鷹狩をされているとか」


 朝倉宗滴と言えば鷹狩を非常に好んでいることが有名である。鷹の知識も豊富であり、鷹道を家職とする持明院家とも繋がりがある様だ。そのため、持明院基規から、私の話を聞いていたのだろう。


「松殿殿は、良い身体付きと風貌をしておる。武士に生まれたならば大成されたであろう」


「残念ながら、多幸丸は比叡山延暦寺へ出家することが決まっておる故、武士として大成することはありますまい」


 朝倉宗滴は、私を見て武士として大成するだろうと評すると、祖父は直ぐ様、私が比叡山延暦寺へ出家することを告げる。

 祖父としては、その話題について触れて欲しく無かったのだろう。早々に話を打ち切ろうとする。


「何と…。それは残念なことにございますな。当家に話を持ってきてくだされば、御当主の嫡男に迎え入れたものの…」


 朝倉宗滴は、私の出家が決まる前に話してくれれば、越前朝倉氏の当主である朝倉孝景の嫡男として養子に迎え入れたのにと呟き、寺に入れるなど惜しいとボヤく。

 その言葉に対して、祖父は顔を顰める。本当のところは、比叡山延暦寺への出家は偽装であった。しかし、越前朝倉氏が支援している土岐頼武方の敵である土岐頼芸方への養子入りが決まっているなどとは口に出来ない。

 祖父としても、私が越前朝倉氏の当主になるよりも、長井新左衛門尉家を継いで、近衞家の分家にした方が実利は大きいのだ。


 その後、朝倉宗滴は鷹を触りたいと言い始め、腕に据えたり、放ったりする。そして、鷹の動きを観て、的確な指摘をしていく。

 朝倉宗滴が満足した頃には、祖父はやや疲れた様子を見せていたのが憐れであった。

 朝倉宗滴は祖父とともに屋敷中へと戻ることとなったが、何故か叔父と私も連れて行かれる。

 屋敷の中では、祖父と叔父も交えて鷹について語り合うこととなった。祖父は鷹の知識は有しているし、鷹道を学んでいる叔父も基礎的な知識は理解している。そのため、叔父は目を輝かせながら、朝倉宗滴の話を聞いていた。

 私も鷹を愛好する身であるため、朝倉宗滴との鷹談義に、ついつい熱中してしまう。朝倉宗滴の鷹への理解は、知識と実学に基づいており、奥深いものであった。

 朝倉宗滴との出逢いは、有意義なものであり、私の鷹への理解を深める貴重な体験となったのである。


 斯くして、朝倉宗滴は鷹を久々に触れたことと、鷹談義に満足したのか、近衞家の屋敷を辞去したのであった。

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