第70話 川勝寺口の戦いと近衞家への来客
足利義晴は、御内書を発給することで、自身が正統な公方であることを主張し続けていた。足利義晴にとって重要なのは、公方として御内書を発給する行為そのものだったのである。まだ、自身が公方であることを世間に知らしめることへと繋がっていた。
この足利義晴の御内書発給は現実に効果を発揮することとなる。その最大の成果は、越前国の朝倉孝景の協力を得られたことであった。
足利義晴は、朝倉孝景に対して、桂川原の戦いより前から、何度も協力の要請をしていたのだ。だが、朝倉孝景は応じることがなかった。
しかし、朝倉孝景は今回は今までと違う様で、大叔父の朝倉宗滴を総大将として、朝倉景紀らを加えた兵1万を出兵させたのである。朝倉氏の軍勢は、足利義晴の元へ参陣させたのであった。
これには、3月に朝倉孝景の幕府御供衆への任命が内定したことが影響しているのだろう。御供衆への内定によって、朝倉孝景は、既に上洛を決定していた可能性がある。
10月頃には、足利義晴のいる近江国坂本に滞在していた三條実香が、京の都へと書状を送っている。朝倉宗滴の軍勢に加えて、六角定頼が軍勢を率いて坂本へ着陣したそうだ。
足利義晴は、細川高国、細川尹賢、六角定頼、朝倉宗滴の軍勢が合流し、約5万を称する軍勢が集まった。
こうして、足利義維たち細川六郎方は、堺で様子見してるばかりであった間に、足利義晴方は逆襲の準備が整ったのである。
10月13日、足利義晴方の軍勢は上洛に成功し、京の都の奪還したのであった。数ヶ月ぶりに、都に公方が戻ったのである。
足利義晴方は、都の奪還を果たすと、洛中から堺公方方の軍勢の駆逐を始めた。
上洛を果たした足利義晴の元へは、後奈良天皇からの使者として、武家伝奏の勧修寺尚顕が訪れている。その他にも、小倉前亜相、東坊城和長、三條西公條、万里小路秀房、中院通胤などの公家たちが、直垂で足利義晴の元を訪れた様だ。
また、晩陰黄門と呼ばれている四辻公音、少納言の高倉範久などが足利義晴や細川高国の陣に挨拶に赴いたらしい。
10月19日、堺公方の軍勢は西七条の川勝寺口(泉乗寺口)まで後退する。そこで、足利義晴方の軍勢を迎え撃ったのであった。
都に戻ってきた足利義晴は、10月末に陣替え行っており、東寺に陣を敷く。
その後、足利義晴の御供衆である大館高信や畠山次郎、以前に誓紙を出した伊勢貞辰と一色稙充、昵懇公家である高倉永家と烏丸光康、将軍就任直後から義晴を支えていた飯川国弘、政所世襲頭人の伊勢貞忠・貞能兄弟、
侍所開闔の松田左衛門大夫らが軍勢を率いて参陣したのである。
公方の直轄軍だけで、合計5千ほどの軍勢に膨れ上がっていく。都の公家たちの間では、足利義晴方の勝利は間違いないと噂されていた。
足利義晴方が、入洛したことで、一時的に治安が回復している。足利義晴方も堺公方方の様子を窺いつつも、都での活動を始めていた。戻ってきた足利義晴方と公家たちとの交流が再び始まったこと意味する。
私は、近衞家の屋敷に大鷹と鷹匠を移してした。祖父の近衞尚通は、叔父が帯解きの儀を迎えたならば、鷹を贈ると約束している。
しかし、都が戦に巻き込まれたため、祖父と父は大鷹を手入れることが出来なかったのだ。叔父も帯解きの歳であり、都の事情が分かっているため、我儘を言うのことは無かった。だが、叔父は楽しみにしていただけあり、何処と無く寂しそうである。
叔父も私と同じ様に、持明院家で鷹道を学ぶ様になっていた。鷹に対する知識を学び、準備は整っていたのである。
そこで、私は自分の鷹を叔父に譲ることなした。私は来年には比叡山延暦寺に赴かなければならない。鷹を連れて行くことは出来ないのだ。
そのため、叔父に譲り受けてもらった方が、鷹のためにも、叔父のためにも良いと判断したのである。
私が叔父に鷹を譲りたいと申し出たところ、叔父は複雑そうな表情を浮かべていた。私から譲られるのでは無く、自身の鷹が欲しかったのかもしれない。それとも、私と共に鷹狩をしたかったのか。
私が説得したところ、叔父は私の鷹を受け取ってくれることとなった。私が比叡山延暦寺に出家しても心配しなくて済む様に大切にしてくれるそうだ。
正式に鷹を譲るのは、帯解きの儀が終わってからと言うことで、話は纏まり、私は鷹匠と共に叔父に鷹の扱いを教える様になっていた。都の治安も公方の入洛によって多少は回復したとは言え、良いとは言えないのだ。
近衞家の屋敷では出来ることが限られるため、自ずと叔父とともに鷹の世話をする時間が増えたのである。
そんな或る日、叔父と共に庭で鷹の世話をする。叔父も鷹の扱いに慣れてきた様で、楽しげにしていた。
「ほほぅ。見事な鷹にございますな」
鷹の世話をしていた私たちに、不意に声を掛けてくる者が現れる。その者は、老人と言っても良い様な見た目の人物であった。
その老人は、明らかに近衞家の屋敷の者では無い。老人は私たちが戸惑っていることを気にすること無く、近付いて来るのであった。
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