第65話 細川六郎方と足利義晴の動き

 細川六郎方が京の都を占領した後、成敗は厳重に行われていたものの、都の治安は必ずしも安定していた訳では無かった。

 2月25日、相国寺の鹿苑院が何者かに放火されている。公家たちの間では、武運凋落の基などと囁かれ始めており、都の治安に対する不安が高まっていた。

 公家たちは、都に足利公方がいないことに対して、不安を抱くとともに、細川六郎方が擁する四国若君(足利義維)が上洛しないことを不審に思い始めている。


 3月になっても、四国若君の上洛はまだ決まっていない。都の治安は日を追うごとに悪化している。公家たちの間では、四国若君が上洛し、新たな公方となって都を治め、都の治安が回復することを願われていた。

 四国若君が上洛出来ない理由として、阿波国衆の三好元長と海部之親が対立しており、未だに和睦していないことが原因だと言う話が聞こえている。

 海部之親は、等持院の戦いで撤退に成功し、阿波国に帰還した後は、三好之長の地位を継承した様なのだ。そして、海部之親は阿波細川氏の家臣として勢力を伸ばすこととなった。

 反対に、三好元長は等持院の戦いで祖父の三好之長や一族を失い、阿波国衆における地位を海部之親に奪われている。

 細川六郎方の阿波国衆が上洛するにあたって、阿波細川氏と細川京兆家に両属する立場をどちらが継承するかを巡って、権力闘争が行われている様だ。


 3月22日、四国若君と細川六郎は、三好元長に奉じられ、堺へと上陸した。阿波国衆のいざこざで、四国若君と細川六郎は、畿内への上陸が果たせていなかったが、三好元長が伴っていると言うことは、三好方が海部方との権力闘争に勝ったのだろう。

 四国若君が堺に上陸したの報せが京の都に届く。しかし、四国若君と細川六郎は、堺の四条道場引接寺に滞在したまま、上洛する様子を見せない。細川六郎方は堺を拠点として京都を支配することとした様だ。



 4月4日、連歌師の肖柏が和泉国堺の紅谷庵で亡くなる。その報せは直ぐ様、京の都へと届けられた。都の公家たちや文化人たちは、肖柏の死を嘆き悲しむこととなった。

 肖柏は准大臣の中院通淳の子息である。早くに出家し、正宗龍統に禅を学んでいた。また、和歌を飛鳥井宗雅、連歌を宗祇に学んでいる。祖父の近衞尚通や三條西実隆と同じ様に、連歌師の宗祇から古今伝授を授けられていた。

 肖柏は、宗祇から伝授された「古今和歌集」や「源氏物語」の秘伝を池田領主の池田一門や堺の人々に伝えている。堺では、古今伝授の一流派である堺伝授の系譜を築くこととなった。東常縁から切紙伝授が行われる様になったが、堺伝授は切紙を通じて、堺の町人の家に代々受け継がれていく。しかし、歌人でない当主も多く、ただ切紙の入った箱を厳重に封印して受け継ぐ「箱伝授」となっていくのであった。

 


 四国若君は、4月になっても上洛をせずに、堺に留まったままであった。

 細川六郎方の動きとは逆に、桂川原の戦い以降、足利義晴方は積極的に行動をしている。

 桂川原の戦い直後の3月には、近江に没落した足利義晴を支援すべく、能登守護の畠山義統が十万疋を納めていた。また、伊勢国司の北畠晴具からは、馬や水銀が送られている。

 足利義晴は、朝廷や公家たちと常に連絡を取っている様だ。そこには、近衞家も含まれている。

 足利義晴は、昵懇公家などとの交流を続けるだけで無く、諸国の武家への御内書を盛んに発給するなど、足利公方として積極的に行動している様だ。

 足利義晴が各地に送っている御内書は、軍勢の催促であろう。この御内書の発給によって、動きを見せる大名が現れるかもしれない。


 足利義晴の積極的な動きに対して、細川六郎方は目立った動きを見せていない。京の都を押さえているにも拘わらず、上洛しようとしない。上洛しなければ、四国若君は征夷大将軍になることが出来ない。細川六郎方が動きを見せないのは不可解なことであった。

 それに対して、足利義晴は積極的に行動することで、自身が正統な公方であることを主張している。畿内はともかくとして、諸国の守護や国人たちは、どちらが正統な公方であると認識するだろうか。

 このまま、四国若君が上洛しないままでいると、足利義晴が有利になるかもしれない。

 京の都の人々にとっては、どちらでも良いから公方が上洛し、治安を回復して欲しいと言うのが、切実な願いだろう。

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