第64話 近衞親子の遣り取りー漆(近衞稙家視点)

○ 近衞稙家



 美濃国の日運から、当家の申し出に対する返信が届いた。私は書状を読み終えると、再び父上と美濃国の件について話し合うこととなったのである。


「美濃国の日運は、何と申してきた?」


「日運の書状では、当家の申し出は概ね受け入れると申して参りました。されど、当家の申し出に対して、土岐頼芸方も申し出があるとのことにございます」


 父上が、日運からの書状に何と書いてあったか問われたので、土岐頼芸方は当家の申し出は概ね受けると書いてあったことを申し述べる。されど、当家の申し出に対して、土岐頼芸方が申し出がある様だと述べると、父上は顔を顰められた。


「土岐頼芸方からの申し出とは、何であったか?」


「多幸丸を長井新左衛門尉とやらの嫡男である長井新九郎なる者の養子に迎えたいとのことにございます」


 私は、父上に日運から届いた書状を渡し、見ていただく。

 書状には、近衞家として申し出ていた、多幸丸を美濃国人として受け入れ、知行を与えることや東美濃の遠山庄を奪い返すことに助力することは吝かでは無いと書かれていた。

 しかし、私が書状に書いた美濃鷹司家の例を日運も持ち出し、美濃鷹司家は美濃守護の姫を娶ったため、国人として迎え入れられ、知行を与えられたと書いあったのだ。

 日運の書状には、多幸丸も土岐頼芸方との縁を結ぶことが求められると書いてあった。そこで、日運が示した案が、長井新左衛門尉と言う土岐頼芸方の重臣の養子に迎え入れると言うものだ。

 長井新左衛門尉とやらは、元々は日野庶流の北面の武士である松波家とやらの出の者らしい。長井新左衛門尉は、日運の仲介で美濃国の小守護代である長井氏に仕えることになったそうだ。その後、長井氏から家臣の西村氏を継ぐことを許され、重臣に取り立てられたらしい。

 此度の、土岐頼芸方の挙兵に伴い、長井新左衛門尉は活躍したそうだ。そのため、土岐頼芸から長井の家名を名乗ることを許され、直臣に取り立てられたとのこと。

 斎藤持是院家の居城である稲葉山城を落とした後は、その城を任され、土岐頼芸方の差配は長井新左衛門尉が執り行っていると言う。

 長井新左衛門尉には、長井新九郎と言う嫡男がいるものの、正室を迎えておらず、土岐頼芸から下げ渡された側室がいるだけだそうだ。

 そのため、長井新九郎の内々の跡継ぎとして、多幸丸を迎えたいとのことであった。多幸丸を跡継ぎとして明かさないのは、同じ土岐頼芸方の国人たちに、余計な事を勘繰られたくないからだそうだ。

 長井新九郎の跡を多幸丸が継いだ暁には、多幸丸を近衞家に復させても良いと言う。さすれば、近衞家の分家が美濃国の実権を握ることとなり、近衞家の力となるであろうとの案であった。

 因みに、多幸丸が跡を継ぐまでは、国人として知行を与えるので、近衞家の意向に沿わせることも吝かでは無いとのことである。


「うぅむ……。多幸丸を養子に迎え、後に跡を継がせるとな…。その後、多幸丸を近衞家に復させ、美濃国の実権を握らせるとは、当家にとって惹かれるものがある…」


 父上は、日運の案に惹かれつつも、顔を顰めて唸る。父上のお気持ちはよく分かるつもりだ。あまりにも、近衞家にとって手を出したくなりそうなほど、惹かれる案なのである。

 荘園が押領され、それを維持しつつ少しでも取り戻すため、公方との縁談を進めている。公方と縁談が纏まったからと言って、維持出来るか、取り戻せるかは未知であった。

 そのため、近衞家には力が必要なのである。その力を得られる案が、多幸丸を美濃国へ送り込むことであった。近衞家としての力を持つために。


「日運の話では、成り上がった長井新左衛門尉に対する妬みもある様で、自身の家を残すため、血筋や権威を求めているとのこと。多幸丸が長井新左衛門尉の家を継ぎ、近衞を名乗って、当家の分家となれば、美濃国人たちも押さえ込めると考えた様にございます」


「互いにとって都合が良いと言うことか…。土岐頼芸方は、公儀から守護として認められ、長井新左衛門尉は自身が築いた家を残し、大きくすることが出来る。当家は、分家として大きな戦力を持つことが出来るため、三方良しとな…」


 父上は、各々の思惑に合致してはいると分かってはおられる様だ。しかし、都合が良過ぎることに悩んでおられるのだろう。


「仕方なかろう。この申し出を受けるしかあるまい。後は美濃国に赴いた多幸丸に何とかさせるだけよ。日運には、同意の旨を伝え、話を進ませよ」


「かしこまりました。日運と話を詰めまする。公儀には土岐頼芸を守護にする様に、進めてもよろしゅうございますか」


「構わぬ。土岐頼芸が守護になってもらわねば、当家の利にもならぬからな」


 父上は、土岐頼芸方の申し出に乗ることにした。私も、近衞家が大きな利を得る機であると考えていた。父上のおっしゃる通り、送り込む多幸丸に何とかさせる他あるまい。

 私は、日運への返書として、土岐頼芸方の申し出を受け入れることとした。仔細は、これより詰めていくこととなる。

 私は、多幸丸を送り込む遣り取りと共に、土岐頼芸を美濃守護とすべく、手筈を整えていくこととなったのであった。

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