第63話 長井新左衛門尉と日運の遣り取りー弐(長井新左衛門尉視点)

○ 長井新左衛門尉



 日運に近衞家との遣り取りを任せていたが、近衞家からの返書が届いたとのことで、わしを訪ねて参った。


「近衞家より、返書が届きましたぞ」


 互いに挨拶をして、早々に日運は話を切り出す。日運は既に書状を目にしているのだろう。これから、日運が話すことに、わしがどう反応するか気にしておる様子だ。


「近衞家は、我等の申し出を飲んだのであろうか?」


「いえ、近衞家からも追加の申し出が書かれておりました。我等の申し出では不足であった様です」


 顔を顰めたくなったものの、日運が反応を窺っておるため、顔には出さぬ様に努める。

 我等の申し出をそのまま飲まぬことは分かっておった。そのため、多少の穴を設けておったのだからな。


「松尾小笠原家以外の遠山庄からも守護請の年貢を寄越せとでも申してきたのであろう?その様な事、折り込み済みよ」


 わしは、近衞家が申し出てきたであろうことを述べ、鼻で嗤ってやる。すると、日運からは意外な答えが返ってきた。


「いえ、違いますぞ。近衞家からは、関白の庶長子を国人として受け入れ、知行を与えよとのこと。加えて、我等が申し出た松尾小笠原家の遠山庄を奪い返すのも、庶長子にやらせる故、助力せよと申しております」


「何だと!?」


 わしは、日運が持参した近衞家の返書を受けとると、書状に目を通す。そこには、わしが思っていたより多くの見返りを求める旨が書かれていた。

 関白に庶長子がいるので、国人として受け入れ、知行を与えよ。美濃国には摂家鷹司家の分家があるので、出来ないことはあるまい。

 我等が申し出た松尾小笠原家に属する遠山庄を奪い返すのは、国人となった庶長子に行わせるので、手助けをすること。そのまま、取り戻した遠山庄は、近衞家の荘園として庶長子に預けるなど、日運が申したことが書かれてあった。

 この申し出を受けるなら、細川高国などを通して公儀に話を持って行っても良いとのことである。


「近衞家は、庶長子を美濃国に送り込むなど、正気か?」


「関白の庶長子は武芸に長け、知恵者だと言われているとか。関白はまだ正室を迎えておらず、嫡出の末弟も近衞家の屋敷で育てておりますれば、庶子の一人を送り込んで上手くいけば、儲けものとでも考えておるのでしょう」


 わしは、摂家である近衞家が庶子とは言え、子息を他国へ送り込むなど考えてもみなかった。ましてや、家督相続で内輪揉めをしている国などに。

 そのため、私は関白の申し出に正気を疑ってしまった。

 しかし、日運の話では、関白の庶長子は、武芸に長け、知恵者であるらしい。嫡出の弟が家に残るならば、千載一遇の機と、子息を送り込んで、勢力を得たいと考えるのも分からなくはないか。

 美濃鷹司家を例に出しておったが、かつての守護様の姻戚であったため、知行を与えられて美濃国人となっている。家督争いのおかげで、知行として与えられる土地はあるが、そのまま受け入れるのは難しいだろう。

 関白の庶長子を国人として迎えるには、美濃家の様に、何らかの縁が求められる。


「近衞家は美濃鷹司家を例に出しておったが、守護様と姻戚になった故、国人として知行を与えられておるはず。しかし、近衞家の庶長子をそのまま受け入れると言う訳にはいくまい?」


「左様ですな。近衞家の庶長子を美濃国に受け入れ、知行を与えるにしても、何かしらの縁が要るかと。例えば、御主君の姫を娶るとか、御主君の養子になるなど」


 わしは、近衞家の庶長子を美濃国に受け入れるにしても、どうすれば良いか悩ましかった。そのため、日運に尋ねると、わしの考えていたり通り、土岐頼芸様の姫を娶るか、頼芸の養子になるなどの案を示す。

 しかし、土岐頼芸様には、姫はおられぬし、適当な養女を迎えて娶らすにも時が掛かる。ならば、土岐頼芸様の養子として迎えるしかないか。


「御主君には姫はおられぬ故、関白の庶長子を御主君の養子に迎えるしかないであろうか?」


「それは、それで新たな御家騒動の火種になるやもしれませぬぞ。御主君は御正室を迎えておられませぬが、男子がおられます。その間も不和になりましょう。後に御正室を迎えて、御嫡男がお生れになったならば、近衞家から迎えた養子と争いになることは明白かと。かつての細川京兆家の細川澄之の様になりますぞ」


 わしが、土岐頼芸様の養子に迎えるしかないかと申したところ、日運はその考えに反対する。

 新たな土岐氏の御家騒動の火種になると申すのだ。確かに、土岐頼芸様はまだ御正室を迎えておらぬ故、後に御正室との間に御嫡男がお生まれになられたならば、近衞家と言う貴種の出の養子と家督を争うに違いあるまい。

 日運の申す通り、摂家九條家から細川京兆家へ養子に入り、家督争いをした細川澄之の様になるであろう。


「されど、近衞家は美濃守護の土岐氏の家督など求めておりますまい。近衞准后は越前国の朝倉氏と縁があります故、国主の座を欲するならば、家督争いで疲弊した美濃国よりも、豊かな越前国を求めるはず。越前国の朝倉孝景は、子がおりませぬ故、近衞准后の申し出に乗ることは有り得るかと」


 確かに、日運の申す通り、近衞家が一国を欲するならば、越前国の朝倉孝景に申し出た方が良いであろう。

 ならば、近衞家は国主の養子では無く、自家の力を増したいと考えていると言うことだ。


「近衞家は、自家の所領と力を求めていると言うことか」


「左様にございましょう。越前国の朝倉氏に送っても、近衞では無く朝倉の子になりまする。それは、美濃国の土岐氏とて同じ」


「ならば、如何様にすれば良いと言うのじゃ?」


 わしが、近衞家が求めているのは、自家の力かと呟くと、日運は同意する。

 その日運の様子に、少し腹立たしさを抱いたので、どうすれば良いかを日運に問う。

 すると、日運はニヤリと笑みを浮かべ、申した。


「その答えは、新左衛門尉殿が既に行っておられるはず。美濃鷹司家をお忘れか」


「美濃鷹司家…。わしの養子として迎え入れろと言うことか?」


 わしは、此度の土岐頼芸様の挙兵の働きによって、その地位を上げていた。主君の長井長弘様と同じ長井の家名を名乗ることを許され、直臣に取り立てられている。更に、倅の新九郎は、土岐頼芸様より妾を下げ渡されていた。

 今では、土岐頼芸方を差配しておるのは、わしであり、席次では長井長弘様には及ばぬものの、ほぼ同格として扱われている。

 わしは、成り上がり者と他の国人衆たちに妬まれており、侮られぬ様に手を打っている最中であった。それは、同じ土岐頼芸様方の美濃鷹司家に子息を養子に入れることだ。

 わしは、嫡男の新九郎の弟二人を美濃鷹司家の養子に受け入れてくれる様に申し出て、色良い返事を得ている。美濃鷹司家は既に嫡男がおるため、わしの倅に家督を譲ること無い。そして、わしとの縁を結べるのだ。

 わしの方では、嫡男の新九郎に何かあった時、美濃鷹司家に養子に入った二人のどちらかが、跡を継ぐこととなろう。さすれば、摂家と同じ鷹司の家名の家となる。美濃国人たちの成り上がり者と言う誹りを避けることが出来るのだ。

 日運は、加えて近衞家の庶子を養子に迎えて、家督を継がせれば、近衞家の血筋となるため、舐められないと言うことであろう。


「されど、近衞家の庶長子を養子に迎えれば、嫡男の新九郎と揉めるであろう」


「なので、新九郎殿の養子に迎えるのです。新九郎殿は御主君の深芳野殿を下げ渡されとは言え、正室は迎えておりませぬ。深芳野殿は孕んでおられますが、側室扱いであるため、近衞家の養子に新九郎殿の跡を継がせれば良いかと」


 日運は、わしの養子では無く、嫡男の新九郎の養子として迎え、新九郎の跡を継がせれば良いと申した。確かに、日運の申す通りにすれば、わしから始まり三代目は近衞家の血筋となれば、侮られること無く、美濃国の有力な国人となれよう。


「日運の案は良い様に思えるが、近衞家は納得するであろうか?近衞家は自家の力を欲していよう?」


「近衞家には、庶長子が新九郎殿の跡を継いだ後に近衞家に復する様に約すれば良いのです。関白が存命であれば、近衞家当主の力で、近衞家に復することは出来るかと。さすれば、新左衛門尉殿の家は近衞を名乗ることが出来ましょうぞ」


 近衞家が自家の力を求めているのに、新九郎の養子になることで納得するかを日運に問う。日運は、庶長子が当家の家督を継いだならば、近衞家に復させれば良いと申す。さすれば、当家は近衞の家名を名乗れ、近衞家の一族になれる。

 土岐頼芸様が美濃守護となれば、当家も美濃国を差配する家となろう。更に家名まで近衞となり、摂家の一族と認められるならば、美濃国人たちからも侮らること無く、わしが成した行跡も残るであろう。

 わしは、日運の案に惹かれつつあった。そのため、日運が答えていないことを再び問う。


「近衞家の庶長子が当家の家督を継ぐまで、近衞家は待つであろうか?」


「それは、近衞家の申し出通り、庶長子に知行を与えるのです。新九郎殿の養子となれば、御主君や小守護代様も否とは申しますまい。近衞家からの養子となれば尚更にございましょう。その後は、知行を与えた養子に、近衞家の意向を受け入れさせれば、近衞家も満足致すかと。その養子が遠山庄を押さえれば、新左衛門尉殿の御家の力は更に増しますぞ」


 わしは、日運の案に感じ入り、近衞家との話し合いを進める様に頼んだ。わしは、土岐頼芸様方の家中に根回しをせねばならぬ。暫くは忙しくなりそうだ。

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