第62話 近衞親子の遣り取りー陸(近衞稙家視点)

○ 近衞稙家



「美濃国の土岐から日運の使者が参った様だな」


 美濃国の守護を巡り争っている土岐頼芸方から、日運の内々の使者が参っていた。近衞家に仕える斎藤宗家の伝手を辿って参ったのだ。

 そのことについて、父の近衞尚通と話し合うこととなったのである。


「左様にございます。日運は土岐頼芸を守護にしたいため、細川右京大夫を通じて公儀に根回しをしてもらいたいとのこと」


「ふむ。土岐頼芸を美濃守護にな。当家に利があるとは思えぬが、何か見返りを示して来ておるのであろう?」


 当家は、父上が細川京兆家当主の細川高国と親しくしているため、公儀を多少は動かすことも出来る。しかし、それには細川高国に借りを作ることとなってしまうこともあるので、父上は当家の利を気にしておられるのだ。

 今は、細川高国を通じて、公方と妹との縁談を進めている最中である。この婚姻が成されれば、武士共の押領を多少は防げ、取り戻せる荘園があるやもしれぬのだ。

 しかし、日運も分かったもので、それなりの見返りを示してきた。


「如何にも。日運は土岐頼芸が美濃守護になった暁には、東美濃の遠山庄を松尾小笠原から取り戻し、守護請として年貢を送りたいとのことにございます」


「遠山庄か……。信濃国の遠山共が押領し、源頼朝から地頭に任じられたなどの妄言を吐いておる荘園じゃ。奴等が遠山庄を押領したのは、足利の代になってからぞ」


 遠山庄の名を聞き、父上は顔を顰め、遠山氏への嫌悪を顕にする。源頼朝から地頭に任じられたと嘘を吹聴していることに怒りを抱いているのだろう。


「されど、遠山庄を松尾小笠原から奪い、守護請にするなど、全く見合わぬではないか。そのまま還すならまだしも。それに、岩村遠山などの松尾小笠原に従っておらぬ遠山庄はどうするつもりじゃ」


 日運が示した、松尾小笠原から遠山庄を奪い、守護請にすると言う案が見合わないため、父上はお気に召さなかった様だ。確かに、押領されたものを、そのまま奪い多少の年貢を送るだけでは、当家の利は少ない。

 また、父上の申される通り、土岐に従う遠山庄はどうするつもりなのか。


「うぅむ。関白よ、多幸丸を受け入れてくれそうな武家は見つかったか?」


 父上は多幸丸を受け入れてくれそうな武家の話を始める。もしや、美濃国に多幸丸を送ろうと考えておられるのだろうか?


「いえ、今のところは見つかっておりませぬ。私の伝手は、関東の北條氏くらいにございます。北條氏は戦で領地を増やしております故、多幸丸を受け入れてくれるやもしれませぬが、畿内から遠くございます。近衞の力となれるかどうか…。父上は如何にございますか?」


「私も上手くいっておらぬ。島津家は、島津陸奥守が後ろ盾の薩州家を切り、相州家から養子を迎えたそうじゃ。島津家はこれから荒れるであろう。ただでさえ遠い上に貧しいのじゃ。多幸丸を送る訳にはいくまい」


 私は、関東の北條のことを話すと、父の伝手はどうか尋ねる。しかし、父は島津は、これから荒れ、遠いこともあり、多幸丸を送るに相応しいとは考えておられる様だ。


「では、駿河国の今川氏にございましょうか?」


「駿河国の今川氏は、守護の今川氏親が亡くなったばかりで、安定しておらぬ。加えて、新たな守護となった今川氏輝は身体が弱く、生母の中御門家の娘が助けており、それどころではあるまい」


 駿河国の今川氏は、前当主が亡くなったばかりであり、新当主も病弱で母親に支えられており、それどころでは無い。


「ならば、越前国の朝倉氏にございますか?」


「越前国の朝倉氏は有り得るやもしれぬな。国人では難しいやもしれぬが。当主の朝倉孝景には子がおらぬ。朝倉孝景の養子に送り込み、世継ぎにすることは叶うかもしれぬな」


 父上は、多幸丸を朝倉孝景の養子とすれば、嫡子として朝倉氏の家督を継げるかもしれないと考えている様だ。


「では、朝倉孝景に養子に出すのでございますか?」


「いや、多幸丸が朝倉氏を継いでも、我が近衞家の力にはなるまい。朝倉の家臣たちの傀儡となり、朝倉氏の者として生きるだけであろう。ただ畿内の戦に巻き込まれ続けるだけじゃ」


 しかし、父上は朝倉孝景の養子に多幸丸を送り込むことを否定する。朝倉孝景の養子になって家督を継いでも、朝倉の者になるだけで、当家の力にはならず、利は小さいからだ。

 となると、父上は、話の始めに私が思い浮かんだ、美濃国に送るつもりなのかもしれぬ。


「もしや、多幸丸を美濃国に送り込むことをお考えでございますか?」


「うむ。多幸丸を美濃国に送り込み、土岐頼芸に遠山庄を近衞家に奪い返させ、遠山庄を多幸丸に任せれば、当家の力となろう?」


 父上は、美濃国に多幸丸を送り込み、美濃国の遠山庄の国人とすることで、美濃近衞家を立てさせ、当家の力とする御考えの様だ。確かに、美濃鷹司家もおり、美濃国は摂家の分家を受け入れやすいかもしれぬ。


「関白よ、日運には美濃国に多幸丸を送り込む故、受け入れる様に伝えよ。また、多幸丸に美濃国に領地を与えた上で、遠山庄を近衞家に取り返させる助力も約させるのだ。遠山庄だけでは足らぬ。少しでも美濃の土地を多幸丸に与えさせ、当家の力とするのだ」


「かしこまりました。日運の使者に書状を渡しておきまする」


 父上は、遠山庄だけ足りぬとお考えの様だ。多幸丸に美濃国で領地を与えさせ、美濃国人とする。その後、美濃守護の助力を得て、多幸丸に松尾小笠原から遠山庄を取り返させる。さすれば、多幸丸は美濃国人として領地を持ち、近衞家からは取り戻した荘園の遠山庄を預ける形で、大きな勢力を築くことが出来よう。

 私は、父上の示された案を書状に認め、日運の使者に持たせたのであった。

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