第59話 細川高国邸の庭見物と公家衆との交流
柳本賢治・波多野元清・三好の連合軍が、京の都に入洛する前後、多少の混乱が見られることとなった。しかし、細川六郎方が治安維持と宣撫工作に取り掛かったため、次第に都の治安は安定している。
公家衆の間では、細川六郎方の成敗は厳重であるので、都が物騒になることはないと語られるなど、落ち着きを取り戻していた。
公家衆は、仲間たちと連歌や囲碁に明け暮れる者が多い様だ。
そんな公家衆の間では、細川高国の屋敷の庭園を見物するのが流行っているらしい。細川高国の屋敷など、町民などによる多少の略奪があった様だが、細川六郎方の治安の回復により、見物が出来るの様だ。
そのため、私も細川高国の屋敷へ庭園を観に行くことにした。
細川京兆家の屋敷であるだけに、門構えからして立派である。門で誰何されたものの、身分を明らかにすれば、すんなりと入れてもらえた。
門から敷地に入ると、立派な屋敷が目に入る。屋敷も整備が行き届いているのか、公家衆たちの屋敷とは随分と印象が違う。
「京兆家の屋敷は整っていて、公家衆の屋敷とは大違いだ」
私が思ったことを呟くと、同行していた松永久秀が苦笑する。旧松殿家の屋敷も修繕が必要なのだが、最低限の修繕しかしていないからな。隠している銭はあるものの、いきなり修繕してしまったら、目立つし怪しまれる。
私は供の者たちと、細川高国の庭へと向かった。細川高国は作庭が趣味だった様だ。そのため、京兆家の屋敷の庭も御自慢の庭だと伝え聞いている。
いざ、庭へ赴くと、見事な庭であった。近衞家の庭も公家衆の中では立派であろうが、細川高国の庭は主人が作庭が趣味なだけあり、力の入れようが違う。
庭には、幾人もの公家衆が見受けられ、屋敷からも公家衆が庭を眺めている。公家衆の中には和歌を詠む者も見受けられた。
私が庭を眺めていると声を掛けてくる者が現れる。
「松殿殿も参られておられたか」
私は庶子であり、武士になりたいと願っているため、公家衆との交流は少ない。父や祖父がなるべく公家衆と関わらせない様にしていた。そんな私に親しげに声を掛けてくる公家など、相当限られた人物だ。
私が声を掛けてきた人物に身体を向けると、そこにいたのは参議の持明院基規であった。私が鷹道を学んでいる持明院家の当主である。持明院家では何度となく顔を合わせており、教えも受けている鷹道の師と言える人物だ。
「持明院宰相ではございませぬか。持明院宰相も細川右京大夫の庭を観に参られたのですか?」
「如何にも。他の公家衆たちとともに参った次第。細川京兆家の庭など、なかなか入ること無いですからな」
持明院基規は、他の公家衆たちと共に細川高国の庭を観に来たらしい。持明院基規の後ろには、複数の公家衆が見受けられた。
持明院基規たちにとっては、細川高国の屋敷が珍しい様だ。私が細川高国の庭を観に行くと父の近衞稙家や祖父の近衞尚通に伝えたところ、何度も観てるから行かないと言っていた。多くの公家衆が訪れている光景を見ると、見慣れた庭が騒々しいのが嫌だったのかもしれない。細川高国は当家と関係が深く、祖母の維子とは従兄弟の関係にあるから、訪れる機会もそれなりにあったのだろう。
「持明院宰相、そちらの方は、何方ですかな?」
持明院基規と話をしていると、他の公家衆たちが、私が誰かを尋ねてくる。誰だか大体の当たりを付けてはいるのだが、持明院基規に紹介して欲しいとのことだろう。
「近衞関白の御子息の多幸丸殿ですぞ。三條西逍遥院殿には、松殿殿と呼ばれておられる」
持明院基規が他の公家衆たちに、私のことを紹介していく。その後、持明院基規は、私に公家衆たちを紹介していく。
権中納言・鷲尾隆康、権中納言・正親町実胤、参議・飛鳥井雅綱、勧修寺尹豊、中御門宣綱、山科言継など様々な公家衆たちと顔合わせをすることとなったのであった。
鷲尾隆康は、『二水記』と言う日記の著者として有名だ。その日記には、朝廷の行事、皇族の日常、足利幕府の動向、朝幕の交渉などが記されていた。また、巷の風聞などにも言及しているため、この時代の世情を伝える貴重な史料となる。
その他にも、有職故実に関連する情報が豊富に記載されていた。加えて、連歌、蹴鞠、囲碁、貝合わせなどの遊芸に関する記載も多く、鷲尾隆康の多芸多才が見て取れる。
『二水記』は、室町時代の末期の応仁の乱における京都の荒廃や下剋上の風潮によって、没落していく公家たちの記載が多い。著者の鷲尾隆康も、その一人であり、没落してゆく公家たちの悲哀も綴っている。
鷲尾隆康の書いた『二水記』は、祖父の日記とともに、後世に貴重な史料として用いられ続けることとなるが、まだ先のことだ。
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