第50話 勘解由小路在富と算道

 私は、側仕えとして励んでいる松永久秀と黒田重隆に、更なるスキルアップの機会を与えたいと思っていた。

 しかし、両者とも身分は低く、軽んじられるに違いない。そのため、私が学ぶ横で聴講させる形で、学問を学ばせることもある。

 主な例としては、三條西実隆の教授に松永久秀を同席させていた。松永久秀には、三條西実隆が語った言葉などを記録させている。後で三條西実隆の教えを読み返すのに良いし、松永久秀は横で聞いて勉強になっている様だ。


 今回は、松永久秀だけでなく、黒田重隆を含めてのスキルアップを狙っている。

 そのため、祖父にある公家を紹介してもらうつもりだ。


「祖父上、暦について知りたい故、暦博士を引き合わせていただけないでしょうか?」


「暦なぞ知って、如何するつもりだ?」


 祖父の教授が終わった後に、暦博士を紹介してくれと頼んだところ、祖父は訝しげな表情を浮かべる。いきなり、暦博士を紹介してくれと頼めば、不審に思うだろう。

 取り敢えず、和歌や古典の参考にするため、暦の知識を軽く知りたいと、何とか言い包めて、歴博士を紹介してもらうこととなった。


 後日、旧松殿家の屋敷にて、暦博士の勘解由小路在富の来訪を待つ。勘解由小路在富は陰陽師であり、最近まで陰陽頭を務めていた人物だ。陰陽頭を退いた後は、宮内卿に任ぜられており、暦博士を引き続き務めている。

 勘解由小路在富が到着したとの報せを受け、待たせている部屋へと赴く。部屋に入ると、平伏する少壮の男が目に入った。この男が勘解由小路在富だろう。

 私が着座すると、勘解由小路在富は挨拶を述べる。

 挨拶を終えた勘解由小路在富に、暦について知りたいと伝えると、事前に聞いていたからか、暦について語り始めた。松永久秀や黒田重隆を同席させ、記録を取らせている。

 勘解由小路在富は暦の概略など、素人でも分かる様に説明してくれた。

 私は、勘解由小路在富に礼を述べ、礼の品を渡すと、嬉しそうに顔を綻ばせる。勘解由小路家の財政も非常に厳しいので、少しでも多くの収入が欲しいのだ。後に土御門家が下向して出仕しなくなると、陰陽頭の職務を代行させられることとなる。

 勘解由小路在富には、今後も暦について教えてもらうこととなった。


 何度か勘解由小路在富と会い、互いに慣れてきたところで、私は話を持ち出す。


「勘解由小路宮内卿よ、暦道においては、算道の術も用いると聞く。算道についても教えてもらえぬだろうか?」


「算道にございますか?」


 私の算道を教えてくれと言ったことに、勘解由小路在富は表情を曇らせる。算道を教えたくないと言うよりも、教えて問題にならないだろうかと考えているのだろう。

 この時代、算道は呪術の類いと見做されている。元々、唐から導入された当初は、他の学問と同等の扱いであった。

 しかし、算道が普及しなかったことなどもあり、朝廷の算生の定員を減らされて行く。算博士の地位も主税寮か主計寮の頭か助を兼務する様になり、五位史を兼ねることになっていった。算博士の職掌は、次第に算生の教育よりも中央の財務や経理を担当する官人としての意味合いが強くなっていく。

 そして、今では他の公家たちの様に、算道は家業となっている。現在、算博士を出しているのは、小槻氏の大宮家であった。大宮家では、自己の算道を家学として秘伝化していることであろう。


 しかし、算道を扱うのは、算博士ばかりでは無い。暦を作る上で、数学的素養が必要とされるからだ。そのため、勘解由小路在富も算道についての知識はそれなりにあるはずであった。

 かつては、陰陽寮で暦道を学ぶ暦生の中から、暦学に必要な数学を学ぶために、算道を兼修する暦算生が別枠として設置されている。

 しかし、実際に算博士の活動を示す記録が、奈良時代においては見つからなかったらしい。算術関係の記録に登場するのは、暦道出身者ばかりであったそうだ。

 奈良時代の時点で、実際に算道を教授していたのは暦博士であった可能性もあるのだ。

 なので、数学である算道を教授してもらうため、勘解由小路在富に接近したのであった。

 本来なら、算博士である大宮伊治に学ぶのが良いのだろうが、祖父に算道を学びたいなどと言っても、許してもらえるとは、到底思えない。

 まずは、算道の知識のある勘解由小路在富から学ぶのが始まりとして良いと思ったのである。


「算道が呪術の類いで無いことは承知しておる。本朝では、算学は廃れておるものの、唐土では用いられておると耳にした」


「若様のおっしゃる通り、算道は世で言われておる様な呪術の類いではございませぬ。されど、算道を若様に教えたと公家衆の耳に入ったならば……」


 私が、数学は呪術の類いでないと否定すると、勘解由小路在富はその意見を肯定する。しかし、私に数学を教えたのが公家社会の噂になったらと、口籠ってしまった。

 庶子とは言え、近衞家の子息に算道を教えたとなれば、爪弾きにされるかもしれないと言う想いがあるだろう。


「では、私の家臣たちに算道を教えてくれぬか?その者たちは、公家出身では無いが故、良かろう?」


「それならば…」


 私に教えるのがマズいのであれば、松永久秀と黒田重隆に教えてくれと頼んだところ、渋々ながら承諾してくれた。報酬について相談したら、渋い顔から晴れやかな顔になっていたが。

 反対に、松永久秀と黒田重隆が算道を学ぶことを渋っていたが、私の個人資産を管理しているのだから、数学ぐらい出来るべきだと説得しておいた。

 こうして、勘解由小路在富の協力を得られたことで、家臣たちに数学の素養を身に付ける機会を得る。松永久秀と黒田重隆は、算道を学ばされることとなったのであった。

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