第51話 河原者たちとの接触
中世の日本には、そこかしこに人の死が溢れている。21世紀の人間の価値観から考えれば、人の命の価値など、とても価値が低かった。
人の命よりも面子が重んじられる時代なのだ。面子のためなら、武士だけでなくあらゆる身分の者たちが争い、死をも厭わない。
そんな世界に慣れつつある自分に戸惑いながらも、目の前の光景が現実であった。
何故、急に感傷的になったかと言えば、洛外の河原者の元へ赴く途中、洛中において幾つかの死体を見掛けたからである。その死体が片付けられていないと言うことは、どこの共同体にも属していない者だったのだろうか。
中世の日本人は共同体への意識が強い。身内が殺されたとなれば、黙ってはいないはずだ。例え武家に対してでも報復することがある。
放置されている死体は、その内、誰かが鴨川の河川敷にでも運ぶのだろう。鴨川の近くを通っていると、河川敷には普通に死体が転がっている。
目の前に転がる多くの死体を見て、某マンガで硝石丘法を行っていたが、確かに死体は糞袋であるものの、屋根や雨水が入らない措置をせずに、硝石が作れたのだろうか?と考えてしまった。
死体から硝石を作るにしても、管理する者も取り出したい者もいないだろうか、作る気は無いが。
武野新五郎と家人の者に案内されて、屠殺や皮革を生業とする河原者の元へと向かっている訳だが、塚原卜伝や服部半蔵など手練の者たちも護衛に加わっている。
河原者の様な賤民として扱われている者たちの元を訪れると言うことで、護衛には念を入れられていた。
河原者の一軒目に到着する。そこは屠殺を専門にする家の様だ。敷地に入ると血臭が漂っていた。
武野新五郎の家人に、河原者の紹介を受ける。武野新五郎の家人は、私のことをさる貴人の子息であると河原者たちに伝えていた。
河原者たちは平伏していたが、作業が見たいと言うことで、敷地を案内させる。武野新五郎や家臣たちは、あまり良い顔をしていないが、個人的にはワクワクしている。
案内された解体場には、牛が一頭置かれていた。既に皮は剥がされている様で、赤身の肉が剥き出しとなっている。
「其方たちは、この肉を喰らうのか?」
私が、河原者の代表者に尋ねたところ、その者は口籠り、武野新五郎の家人に目配せをする。貴人の子息と言うことで、言葉を発していいものか迷ったのだろう。その後、武野新五郎の家人に促され、言葉を発する。
「我らは牛の肉を喰らいまする」
「ほぅ。牛の肉は美味であるか?どの様な味であるのだ?」
私は、前世で牛を食べたことがあるので、牛の味は知っている。しかし、この時代の人間が美味いと思うのか、どの様に調理して食べるのか興味を抱いていた。
河原者の代表者は美味であると答え、自分たちの調理方法を説明する。焼いたり、煮込んだり、汁物にしたりするそうだ。
聞いているだけで美味そうだ。他の者たちは、顔を顰めているが、当世では肉を食べる機会がそんなに多くないので、肉に飢えている。
その後は、河原者たちの牛の解体を見ながら、気になることを質問していく。解体される牛の各部位を、21世紀の名称で頭に思い浮かべていく。しかし、見た限りでは、21世紀の食肉に比べると、筋っぽくて脂の乗りも悪く、あまり美味くなさそうだ。
河原者の代表者に尋ねると、牛は殆どの部位を食す様で、無駄にはしない様である。
牛の解体の見学を終え、河原者の代表者に、鹿や猪などの牛以外の獲物を持ち込んで解体してくれるか尋ねたところ、応じてくれるそうだ。
私は、服部半蔵に指示をして、この河原者たちと伝手を作っておく様に命じた。服部半蔵たちも、一族の者たちを食わせるために、手練の者たちに鹿や猪を狩らせることに同意している。機関衆たちが狩った獲物を、此処に持ち込めば良い。皮も綺麗に剥いで、これから向かう皮革専門の河原者のところへ持ち込んでくれるそうだ。
屠殺専門の河原者たちの敷地を離れ、次に皮革専門の河原者たちの元へと赴く。
武野新五郎の案内で向かうが、先程の屠殺専門の河原者たちの近くで営んでいる様だ。皮を剥いですぐに持っていける様、近い方が都合が良いのだろう。
敷地に入ると、何とも言えない独特の臭いが立ち込めている。私だけで無く、家臣たちや武野新五郎も顔を顰めていた。
そして、武野新五郎の家人に案内され、河原者たちと引き合わされる。紹介されている間は、河原者たちは平伏しており、私は先程と同じ様に、さる貴人の子息であると紹介された。
その後は、河原者の代表者に敷地を案内され、皮を鞣したり、加工する作業を見学するが、敷地に入っときより強烈な臭いが漂っていた。
一通り説明を終え、敷地の入口に戻る。先程、屠殺専門の河原者に聞いた通り、狩ってきた獲物から剥いだ皮は、此処へ持ち込まれるそうだ。
鹿や猪の皮については、皮の買い取りもしているし、頼まれれば加工するとのことであった。この河原者についても、服部半蔵に伝手を作っておく様に命じておく。
河原者たちの見学を終えた私たちは、旧松殿家の屋敷へと戻った。武野新五郎と話すことがあるので、同行させている。
武野新五郎を部屋に通し、私も入室すると、私は新五郎に声をかけた。
「武野新五郎、大儀であった。其方の働きにより、河原者たちを知ることが叶った」
「有り難きお言葉にございまする」
私が、武野新五郎に河原者たちとの引き合わせたが上手くいったことを褒めると、新五郎は平伏する。
「武野新五郎には、約束通り三條西逍遥院殿と引き合わせてやろう。されど、三條西家は手許不如意である。言いたいことは分かるな」
「御意。委細承知しておりまする。三條西逍遥院様に相応しい物を御贈りする所存にございまする」
「分かっておるならば、良かろう」
三條西家は困窮しているので、それなりの贈り物が必要だぞと伝えると、武野新五郎も既に承知していた様で、準備するとのことであった。
その後、武野新五郎と雑談などを交わすこととなる。武野新五郎は、渡辺四郎左衛門と同様に、私に協力してくれることとなった。
細部の遣り取りは、松永久秀に任せることとなる。松永久秀が武野新五郎と意気投合した様だからだ。史実でも、松永久秀は武野紹鷗から茶の湯を学んでいるので、相性は良いのだろう。
こうして、私は河原者との伝手を得て、武野新五郎を味方にすることとなったのであった。
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