第52話 三條西実隆への紹介と大宮伊治
武野新五郎に河原者を案内させた後、三條西実隆と約束を取り付けて、武野新五郎を伴って、三條西家を訪れた。
三條西家の一室に通されたが、慣れている私に対して、武野新五郎は緊張しているのか、動きが固い。
暫くすると、三條西実隆が入室してきた。
「逍遥院殿、急に申し訳ございませんな」
「いえいえ、松殿殿の頼みとあらば。私に引き合わせたい者がおられるとか」
私は三條西実隆に、会う時間を作ってくれたことを詫びる。三條西実隆はあまり気にした様子を見せなかった。それよりも、武野新五郎に興味がある様だ。
「この者は、堺の商人『皮屋』の子息で、武野新五郎と申す。京に参って、連歌師と称しております。逍遥院殿のお役に立てるかと思い、連れて参りました」
「堺の商人、武野信久が一子、武野新五郎にございます。お見知り置きください」
私は、三條西実隆に武野新五郎を紹介し、新五郎は緊張しながらも、挨拶と自己紹介を述べた。
その際に、武野新五郎は銭200疋の折紙などを贈り物として進上する。折紙とは、目録であり、後で正式に渡すと約束するものだ。
この頃の200疋は、約2貫文(2000文)分の銭であり、21世紀の日本の価値に換算すると約15万円程度だ。
貴人に初対面の挨拶で渡すなら、無難な金額と言えるのでは無かろうか。
折紙の中身を目にした三條西実隆は、頬を緩ませる。三條西家は高名であるものの、懐事情は苦しい。それなりの金額が貰えることを約束してもらい、嬉しいのだろう。
「武野新五郎とやら、有り難くいただくとしよう」
三條西実隆は、家僕に盃の用意をさせると、武野新五郎に御礼として盃を取らせる。
その後、三條西実隆と話をし、武野新五郎は、後日に教えを受ける機会を得ていた。
教えを受ける度に、三條西実隆に贈り物をしなければならないので、金がかかりそうなものだが、豪商の子息にとっては、端金なのかもしれない。
三條西実隆にとっても、金銭を得られて、都合の良いのだろう。
因みに、私の三條西実隆の授業料
本来なら、数年後に連歌師の印政が、三條西実隆に紹介するのだが、別に問題はなかろう。
三條西実隆に会って、盃を受けるなど、武野新五郎は感激したのか、興奮した様子を見せている。河原者を紹介した程度では見合わないとして、私にも銭を贈ってくれると約束してくれた。金はいくらあっても困らないので、正直ありがたい。
勘解由小路在富に頼んで、松永久秀と黒田重隆へ算道の教育を行ってもらっている。松永久秀と黒田重隆は、元々が賢いからか、算道の覚えも早い様だ。
勘解由小路在富は、自身だけで無く、算博士からも算道の教えを受けては如何かと提案された。算博士出身の小槻氏では、算道が秘伝として伝わっているらしく、暦博士の勘解由小路在富も、算博士の大宮伊治と交流がある様だ。
私は、勘解由小路在富に大宮伊治を紹介してもらうこととなった。大宮伊治は様々な寄り合いに頻繁に参加している様で、思ったより都合が合わない。思ったよりも時間がかかったものの、勘解由小路在富とともに旧松殿家の屋敷へ来訪してもらった。
勘解由小路在富と大宮伊治が待つ部屋へ赴くと、両者は平伏して待っていた様だ。
私が、面を上げるように声を掛けると、勘解由小路在富が、大宮伊治を紹介する。
「松殿殿、此方が算博士の大宮左大史にございます」
「松殿殿、お初にお目にかかります。大宮左大史にございます。お見知り置きを」
勘解由小路在富の紹介の後に、大宮左大史は挨拶の言葉と自己紹介を述べる。その後、なかなか会う日取りの都合がつかなかったことを謝られた。
大宮左大史こと、大宮伊治は、官務家である小槻氏嫡流の一つである大宮家の当主だ。
官務とは、太政官における公文書、太政官厨家の管理、宣旨の発給実務、先例の調査・勘申を担当している。そして、その地位は小槻氏が世襲していた。
小槻氏の館に収められた公文書の入った文庫は官文庫と呼ばれている。本来の保管場所である官文殿が衰微廃絶すると、公文書は小槻氏の官文庫で保管されるようになった。
その官務の地位を巡って、大宮家と壬生家は長年争っていたのだ。しかし、応仁の乱が始まると、争いに巻き込まれたことで、大宮家の官文庫が焼失してしまう。そして、大宮家は史の職に支障をきたすこととなり、壬生家が優勢となったのだ。
最近でも、官務巡る争いに、大宮伊治は敗北し、現在は世襲の算博士となっている。
「大宮左大史よ、勘解由小路宮内卿から話を聞いておると思うが、我が家臣に算道を教えてもらいたい」
「勘解由小路宮内卿より、お話は伺っております。されど、算道は家の秘伝にござりますれば、松殿殿の御家臣に算道を教えるのは…」
私が、大宮伊治に、家臣たちに算道を教えてくれと頼むと、秘伝だと渋り始める。本当に教えるのが問題があるならば、勘解由小路在富を通じて申し出ているはず。わざわざ、旧松殿家の屋敷まで訪れたからには、教える気はあると言うことだ。
問題は、報酬についてだろう。報酬についても勘解由小路在富から、大体の話を聞いているはずである。
隣にいる勘解由小路在富は、大宮伊治に対して、呆れた視線を向けていた。
「大宮左大史には、それ相応の礼はさせてもらうつもりだ。案ずることはあるまい」
私は大宮伊治に対して、報酬は払うつもりだと告げる。大宮伊治は申し訳無さそうな顔から一変して、顔を綻ばせた。
分かりやすい者である。こう言った者の方が、何を考えているか分からない者より扱いやすい。
その後、報酬の額について話し合うと、大宮伊治は算道を教えることに同意したのであった。
大宮伊治は経済的に困窮している。しかし、大宮伊治は、物書会や蹴鞠などの多様な寄り合いに頻繁に参加しているのだ。出費は多いことだろう。少しでも金銭が欲しいからこそ、私の提案に応じて、松永久秀と黒田重隆に算道を教えることになったのであった。
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