第48話 大林菅助の修行、機関(からくり)衆の設立
私は武芸の鍛錬のために、旧松殿家の屋敷へ赴いたところ、大林菅助から話しがあると告げられた。旧松殿家の屋敷の一室に、大林菅助と共に入り、話をする。
「大林菅助よ、話したいこととは何だ?」
「若様、某は高野山にて暫く修行したいと思っております。暫くの間に、暇をいただきたく」
私が、大林菅助に用件を問うと、菅助は高野山に籠もって修行をしたいと申し出てきた。
大林菅助が、時折いなくなるのは、いつものことなので、高野山に籠もって修行するのは構わないと伝える。すると、今回の高野山の修行では、何か得るまで戻ってこないとのことなので、わざわざ暇乞いに来た様だ。
服部半蔵が私に仕えてから、大林菅助は半蔵たち服部一族と供に武芸の鍛錬をする様になった。更に、塚原卜伝が私の客分になってからは、卜伝に稽古を付けてもらっている。
その様な日々で、大林菅助も思うことがあったのだろう。服部半蔵たち伊賀者たちが身に付けている兵法の元となった山伏兵法を修行するために、真言宗の総本山「高野山」に参籠したいそうだ。
私は、大林菅助の意思を尊重し、高野山へと送り出すこととなったのであった。
私に用件があったのは、大林菅助だけでは無かった様だ。数日後には、服部半蔵からも話がしたいと言われる。
私は服部半蔵とともに、旧松殿家の屋敷の一室で話をすることとなった。
「服部半蔵よ、話とはを何であるか?」
「実は、申し上げにくいことなのですが、素破たちが不満を抱いておる様で」
服部半蔵の話では、硝石作りについて、素破たちの間で不満が上がっているらしい。今までは人糞桶の管理に不満を抱きつつも、報酬が良いことで、一部の者が管理していた。実際に掻き混ぜる作業などは乞食などにやらせていたからだ。
しかし、硝石丘からの硝石の抽出は、現在は秘中の秘と言うことで、服部一族の者たちが行っていた。
醗酵がある程度終わり、臭いが落ち着いたとは言え、硝石丘を水で溶いた上澄みを濾過させ、結晶を抽出する作業は、一部の者を除いて、嫌悪感を抱いているそうだ。嫌悪感を抱いていないのは、火薬の有用性を認めて割り切っている者ぐらいだとのこと。
服部一族の長である服部半蔵は大局的に見て、火薬や硝石の有用性を認めている。そのために増産したいが、服部一族の中で不満を抱くものが増えているそうなのだ。
はっきり言ってしまえば、服部半蔵の長としての管理能力に問題があるのではと思ってしまったが、そう言った段階を超え始めている兆候なのかもしれない。
これまでは、生きていくために服部半蔵と言う長を中心に素破として生きていくしかなかった。そして、私に一族纏めて素破として召し抱えられる。服部一族は生きていく糧を得たことで、長を中心とした一族としての結束が緩みつつあるのだろう。
加えて、私の意向で、服部半蔵は甲賀者などの一族以外の素破も取り入れ始めている。一族主体であった素破から、脱皮し組織的な情報機関へと生まれ変わる必要があるのだろう。
新たに組織化することで、身分を保障し、組織への帰属意識を高めて、忠誠心を抱かせる。役割を細分化させることで、専門性に不満を特化させ、能力を高めていくのだ。
硝石の抽出を嫌悪する者たちには、携わらせず、部署も異なるとなれば、不満も減ることだろう。
私は、服部半蔵に素破の組織化を提案した。
「左様にございますな。甲賀者など余所者も増えております。それ等の者を含めて結束させるには、若様のおっしゃる通りにした方が良いやもしれませぬ」
こうして、服部半蔵が束ねる素破を諜報組織へと変革することとなったのである。
私は素破の組織を「機関(からくり)衆」と名付けた。機関には、からくりと言う読み方もあった様に記憶している。
21世紀の頃の記憶では、「機関」と単独で指す場合は、情報機関のことを意味していたはずだ。将来、情報機関として発展していくことを考えると、安直ながらも、この名前が良いと思ったのである。
また、情報機関としての隠れ蓑として、私のための物作り集団を装わせるつもりだ。
組織として、今の所は、工匠方、細工方、工番方、工安方に分ける。
工匠方とは、匠の文字が入っていることから、特殊技能を持つ者たちの部署だ。服部半蔵の一族の中には、行者兵法を会得しているなど、身体的に優れた者がいる。そう言った者たちを敵地潜入や破壊工作担当として、工匠方に属させるのだ。
細工方は、基本的には情報収集が主任務となる。今まで、服部一族の素破の者たちが多く担っており、素破の多くが所属することとなるだろう。
工匠方と細工方を合わせて、工作方と呼ぶこととなる。情報機関の工作員としての任務を行うから、分かりやすいだろう。
工作方と毛色が違うのが、工番方と工安方である。
工番方は、機密としなければならない技術開発や技術漏洩を防ぐ部署だ。素破の多くから評判の悪い硝石抽出は、工番方の者が行う。硝石丘法の管理や火薬の調合も、工番方に任せるつもりだ。担当の部署が出来たことで、硝石丘の新規作製を許可しても良いかもしれない。
工安方は、今の所は私との秘密裏の接触、離れた位置からの私の警護、旧松殿家の屋敷内での情報収集などを担う。
以前から、私が外出した際など、遠くから警護させていたし、旧松殿家の家僕たちなどを調べさせていた。
将来的には、内部調査と防諜を専門とした部署に発展させるつもりだ。
工番方と工安方は、機密情報や防諜を担当する部署である。
機関衆の役職としては、服部半蔵を「蝶管」としして、引き続きトップに据えている。蝶は諜報の諜に掛けているだけの安直な者だが、諜報員を管理する者としての役職だ。
服部半蔵を補佐してきた者は、次管としている。
各部署の長は、蝶士と呼称することにした。諜報員の士官と言う意味である。何か良い名称が思い付いたら変えるつもりだ。
機関衆に属する人員は、総じて機関(からくり)者と呼び、表向きは私のために物作りをする者たちとしている。
機関衆の創設により、俸禄も服部半蔵に纏めて渡していたのが、個人への支払いになる。俸禄の支払いについては、松永久秀と黒田重隆をに任せることとした。
服部半蔵に纏めて渡していたため、俸禄と活動予算が混在していたが、別途に活動予算を渡したり、申請させる。その辺りの出納についても、松永久秀と黒田重隆に任せることとなる。
機関衆と言う組織を設けたことで、私の財産管理や出納は、松永久秀を衆に黒田重隆を補佐として、両者が担う事に決まってしまった。必然的に、私の財産を預かっている傘下の商人たちとの遣り取りも増える。
松永久秀と黒田重隆は、私の側仕えとして徐々に力を付けていくこととなるのであった。
機関衆として、素破を組織化し、身分を定めたことで、素破こと機関者たちの帰属意識は徐々に増していった。
何より、硝石作りは担いたい者だけが、行うことになったことが良かったのだろう。
機関者たちには、これからも私のために働いてくれることを期待するばかりである。
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