第47話 今川芳菊丸と九英承菊との出逢い
或る日、祖父の近衞尚通が赴くとのことで、同行を命じられた。祖父は、建仁寺に訪れるとのことだ。
何故、自分が祖父ともに建仁寺に赴かなければならないのか分からず、祖父の部屋を訪れる。しかし、部屋に祖父はいなかった。
祖父の部屋の机の上に、書き付けが置いてあるのが目に入る。気になった私は、悪いことだと思いつつも、その書き付けに目を通す。
そこには、足利家の歴代将軍の正室について記載されている。そして、日野家出身の正室を迎えた将軍が、嗣子早世や相続無しだと書き連ねてあったのだ。
日野家から正室を迎えても、跡継ぎが出来ず、将軍の地位を巡って争うことになる。要は、足利義晴の正室は日野家から迎えない方が良いと言いたいのだろう。
祖父は、足利義晴の正室に日野家では無く、近衞家の者を送り込もうと考えている様だ。叔母の慶寿院が足利義晴の正室になるので、祖父の目論見は成功するだろう。
しかし、祖父は日野家に否定的なことを書いた紙を誰に送るつもりなのだろうか?最大の候補は細川京兆家の当主である細川道永(高国)だろうな。
細川道永と近衞家は深い繋がりがある。私の祖母の維子の生母は、細川高国の叔母なのだ。そのため、祖母と細川高国は従兄妹の関係にある。
叔母が嫁ぐとなれば、足利義晴の御台所が細川道永の血縁者となる。細川道永にとっても都合が良いのだろう。
私は、その書き付けを見なかったことにして、祖父の部屋を離れたのであった。
その後、祖父と話したところ、建仁寺の住持である常庵龍崇に用があるそうだ。常庵龍崇の父親は東常縁であり、叔父の正宗龍統の弟子であった。
東常縁は飯尾宗祇に古今伝授を行い、以降は飯尾宗祇から相伝されたものが、古今伝授となる。そのため、東常縁は古今伝授の祖とされたのであった。
祖父と三條西実隆は、飯尾宗祇に古今伝授を相伝されているため、東常縁の子であり、文化人の常庵龍崇とは交流があるのだ。両者の教え子であることから、常庵龍崇に顔繋ぎしておこうと言う考えなのだろう。
これから向かう建仁寺は、臨済宗の寺であり、京都五山第三位に列せられている。
祖父と共に近衞家の家僕たちに囲まれながら、建仁寺へと向かう。祖父がいるため、私が旧松殿家の屋敷へ向かう時と護衛の数と緊張感が違う。
細川高国による支配が安定し始めたとは言え、治安は良いとは言えない。祖父に何かあったらマズいので、家僕たちも真面であった。
建仁寺に着くと、僧たちによって、寺の一室に通される。祖父と私は、住持の常庵龍崇が現れるのを待つこととなった。
暫く待つと、常庵龍崇が入室する。しかし、常庵龍崇は一人の僧と子供を伴ってやって来たのであった。
祖父が常庵龍崇に挨拶をし、私のことを紹介する。三條西実隆に師事していることを知ると、顔を綻ばせていた。才能があって師事させてもらっている訳では無く、凄い師の元なら勉強するだろうと言う要らぬ配慮のせいなんだが。
「近衞准后は、駿河守護の今川修理大夫殿とも交流がございましたな。此方は、今川修理大夫殿の子息で、今川芳菊丸殿にございます」
常庵龍崇は、伴ってきた子供を紹介する。何と、駿河守護の今川氏親の子息だそうだ。後の今川義元であろう。
「今川芳菊丸にございます。お見知り置きくださいませ」
今川芳菊丸は、優雅な所作で挨拶し、自己紹介をする。印象としては、幼いながらも利発な子供であった。
「もう一人は、私の弟子である九英承菊でございます」
常庵龍崇は、もう一人の僧を紹介した。常庵龍崇の弟子である九英承菊だそうだ。後の太原崇孚である。太原雪斎と呼び名が有名であろう。
「九英承菊にございます。御高名な近衞准后様にお目にかかれて、光栄至極にございまする」
九英承菊もまた、丁寧な挨拶を行い、祖父に会えたことを喜んでいる。
その後は、祖父と常庵龍崇が中心となって、和歌や連歌など芸事の話で盛り上がった。
加えて、九英承菊と今川芳菊丸から、駿河国の話を聞く。駿河守護の今川氏親は、飯尾宗祇の弟子である連歌師の宗長を召し抱えているそうだ。宗長は度々、上洛して親交のある祖父や常庵龍崇と旧交を温めているらしい。
一通り話し終え、祖父と私は近衞家の屋敷へと帰ることとなった。
「多幸丸殿、よろしければ、また当寺へ訪ってくだされ。芳菊丸殿と交流を深めていただければ、この子のためになりましょう」
帰り際に、常庵龍崇は時間がある時に、建仁寺を訪れてくれと言う。今川芳菊丸の話し相手に良いと考えたのかもしれない。
「私でよろしければ」
私は常庵龍崇に返事を述べると、側にいた今川芳菊丸は嬉しそうな表情を浮かべる。九英承菊は、今川芳菊丸の様子に温かい眼差しを向けていた。
「多幸丸殿、また来てくだされ!」
今川芳菊丸に、再訪を請われつつ、私と祖父は供の者たちに囲まれて帰宅する。
此度の、建仁寺への祖父との同行により、祖父が交流している常庵龍崇だけでなく、未来の今川義元と太原雪斎と知り合うこととなった。今後は、建仁寺を訪れる機会を持ち、今川芳菊丸・九英承菊と交流を深めていくこととしよう。
その頃の私は、今川芳菊丸・九英承菊との出逢いは珍しい出来事だと思っていたが、それが祖父の近衞尚通が意図していたものだと知るのは、もう少し後になるのであった。
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