第45話 近衞親子の遣り取りー伍(近衞稙家視点)
○ 近衞稙家
関白叙任と内裏での拝賀は恙無く終わった。関白叙任に伴う儀式も終わり、名実共に、私が関白となり藤氏長者となったのだ。
全ての公家の頂点に立った重みを感じられずにはいられない。他の関白たちも同じ想いを抱いたのだろうかと考えたが、そんなことは無いだろう。
一條家や二條家は同じ想い考えていたかもしれない。一條兼良など優れた方は居られたからな。
近衞家の分流である鷹司家などは、怪しい当主がいたの間違いない。そもそも、鷹司家は近衞家が助けなければ、存続すら危ういのだ。財を出し、人を出し、鷹司家を支えるのは、何時しか近衞家の役割になっていた。
近衞家が支えなければ、鷹司家は日々の生活すらままならず、儀式など行えない。儀式のための人すら出せないのだから。
しかし、近衞家の荘園が押領され続けていることで、鷹司家を支えることは大きな重荷となっている。近衞家を保つことも、日々厳しくなっているのだ。
それでも、近衞家は摂家筆頭として、公家衆を保つたねばならない。それが近衞家当主が代々築いてきた矜持である。
問題は、その様な矜持を持ち合わせているか疑わしい摂家があることだ。それは、九條家である。先代と当代の当主は、家僕の唐橋家当主を殺していた。その事で、九條家は公家衆たちから愛想を尽かされており、それは今もなお尾を引いている。当代は更に家僕を殺していた。
九條家を相手にしている家など限られたものだろう。九條家の娘が嫁いでおる二條家か、九條家に嫁いでいる三條西家か。大きなところはそんなところだろう。
九條家の摂家とは思えぬ素行には、ほとほと呆れ果ててしまうものだが、何故か近衞家を敵視しておる。九條家との政争は今もなお続いているが、近衞家が負けるはずも無い。
そもそも、九條流の嫡流は一條家であったものの、時の主上の寵愛を得て、九條家も九條流の嫡流となった。九條家は主上に取り入るのが上手いのだ。しかし、九條家は自家のことばかり考え、公家衆を顧みることは少ない。
九條家が近衞家と同じ摂家であり、関白になることを思うと、腹が立ってきてしまった。
私は、関白叙任を終えて落ち着いたところで、父の近衞尚通から呼び出されている。父上が待つ部屋へと訪れ、入室する。
「関白よ、諸々の儀が恙無く終わって何よりであった」
父上の対面に座ると、労いの言葉を賜る。改めて父上を見ると、大分老いた様に感じられた。その分、私も年を取ったのだろう。関白と右大臣に叙任されるまでは、それなりの時がかかっている。
私は、父上に礼を申し述べると、満足そうに頷かれた。
「これから、我らが考えねばならぬは、近衞家の行く末についてじゃ」
父上から、近衞家の行く末について考えねばならないと告げられる。父上のおっしゃる通り、近衞家だけで無く公家衆の多くの行く末は見通すことが難しい。
「細川京兆家の家督争いは激しかったが、一応は落ち着きを見せておる。大樹(足利将軍)を擁した細川高国によって、畿内は平穏が齎された」
「近衞家は、細川高国に近付くべしと父上は御考えでございますか?」
「如何にも。我らは荘園を失う訳にはいかぬ。荘園を保ち、取り戻すには大樹に近付く他あるまい。幸いなことに、日野家は衰え、公儀は朝廷で後ろ盾となる公家を求めておる」
「我ら近衞家が、大樹の後ろ盾となることで、公儀との繋がりを強めると言うことですな」
父上は、近衞家の荘園を保ち、取り戻すためには、大樹に近付くべきだと御考えの様だ。父上のおっしゃる通り、足利家と姻戚にあった日野家は衰え、朝廷にて後ろ盾となる家が無くなっている。細川高国とも関わりのある近衞のならば、公儀と繋がりを強めることは叶うであろう。
「左様。近衞家とそれなりに付き合いのある細川高国を通じれば、公儀との繋がりを強くすることは叶おう」
私は、父上と同じ考えに至ったことで、安堵する。関白になったとは言え、父上にはまだ遠く及ばないからだ。
「多幸丸のことも考えねばなるまい」
「多幸丸のことにございますか?」
父上が多幸丸のことを持ち出した。父上からは、学問に身が入り、日々励む様になり、成長しているとは伺っている。
「多幸丸が学問に励む様になったのは良いが、このまま公家にする訳にはいくまい。松殿家を相続させたが、再興は叶うまいよ」
「左様にございますな。近衞家も厳しいのに、松殿家を再興させても互いに苦しくなるのみ。仏門に入れまするか」
「多幸丸は仏門に合うとは思えぬ。武芸を好み、長じておる故な。多幸丸の言う通り、武士にした方が良かろう」
「武士にございますか……」
父上のおっしゃる通り、多幸丸に松殿家を再興させることは叶うまい。再興させたとしても、近衞家の重荷になるであろう。
私は多幸丸を仏門に入れるべきだと思ったが父上は、多幸丸が仏門には合わぬと御考えの様だ。
多幸丸が武芸に入れ込み、長じていることは聞いていたが、父上も多幸丸が武士に向いていると考えていたとは。
「どこぞの有力な武家に預け、国人にでもしたいが、当家と関わりの深い武家は畿内ばかり。多幸丸が畿内にて国人になったところで、取り潰されよう」
「左様にございますな。近衞の子が畿内で国人になっても、取り潰されるのみ。そもそも、畿内の武家が応じてくれるとは思えませぬ。ならば、薩摩国の島津にでも頼みましょうか?」
「薩摩国は不穏な様であるぞ。守護に力が無いため、分家の薩州家が力を持ってしまっておる。それに、薩摩国では貧しく、畿内からも遠いため、近衞家の利は僅かになろう」
近衞家と関わりの深い武家は畿内ばかりである。畿内の武家が多幸丸を受け入れてくれるとは到底思えない。
当家と関わりが強い武家は、薩摩の島津家であるが、守護の力が弱く、分家が力を持つと言う厄介な有様であった。父上のおっしゃる通り、畿内からも遠く、貧しい薩摩に多幸丸を送ったところで、近衞家の利になるとは思えぬ。
「近衞家と関わりが深い武家は限られるが、関わりのある家はそれなりにある。駿河国の今川家や越前国の朝倉家などな。私と稙家で、多幸丸を受け入れてくれそうな武家を探すこととしよう」
「相模国の伊勢家も北條を名乗る際に、力を貸しております故、探ってみましょう。私も伝手を辿ってみまする」
私と父上は、多幸丸を受け入れてくれる武家を探すことで一致した。なるべく畿内から遠くなく、近衞家の戦力となる様な地が良いであろう。私と父上だけでは手が足りぬ故、家僕たちの伝手も使い、多幸丸を国人にするため、奔走することになるのであった。
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