第44話 近衞稙家の関白就任

 私が三條西逍遙院殿に学問を習う様になってから、学問や教養への理解が深まっていくのを感じていた。流石は、当代の公家文化の最高権威の教えと言うこともあって、非常に勉強になっている。

 また、三條西逍遙院殿の学問の教授の際に、松永久秀の同行を願ったところ、逍遙院殿から許されている。三條西逍遙院殿の教えを松永久秀に部屋の隅で記録させているのだ。松永久秀自身も、三條西逍遙院殿の教授を聞ける良い機会だと喜んでいた。

 三條西逍遙院殿の教授が始まったのと同時期に、近衞家の屋敷でも、祖父の近衞尚通から学問の教授を受ける様になっていた。

 祖父も三條西逍遙院殿に並ぶ文化人ではあるが、その教授は三條西逍遙院殿より厳しい。身内なだけあって、遠慮することが無いのだろう。祖父の教えからは、私にしっかりと学問や教養を身に付けて欲しいとの意思が感じられる。

 三條西逍遙院殿と祖父の硬軟織り交ぜた教育により、私は学問や教養について目覚ましい成長を見せる様になっていた。

 しかし、学問を勉強する時間が増大したため、旧松殿家の屋敷に赴ける日が限られてしまう。そのため、私が旧松殿家の屋敷へ赴けない日には、松永久秀に近衞家の屋敷まで、旧松殿家の屋敷の様子などの報告事項を報告させる様になった。松永久秀としては、裏口からとは言え、近衞家の敷地に入れて喜んでいたが。

 私が傘下の商人たちとの話し合いも、日が限られる様になる。もしも、私がいない時に、傘下の商人たちが訪れた際の対応は、松永久秀に任せている。松永久秀は有能なため、現在のところは問題は起こっていない様だ。

 早く、学問の時間を減らして、旧松殿家の屋敷に赴ける時間を増やしたいと言うのが切実な願いである。


 3月5日、青蓮院の尊鎮法親王の御所で、花会を催したと言う話を耳にした。この花会では、池坊専応の立花が非常に見事であったそうで、「池坊は六角堂の執行で花の上手なり」と賞賛されたそうだ。

 池坊と言えば、21世紀でも華道で有名である。尊鎮法親王に気に入られた様なので、今後は益々活躍の場を増やしていくことだろう。


 4月5日に父の近衞稙家が関白に任ぜられることとなった。関白になることで、父は藤氏長者にもなる。

 しかし、関白就任のため、天皇に拝賀しなければならず、拝賀などの儀式に費用がかかるのだ。

 一昨年の右大臣就任に伴う諸々の儀式の費用と言い、短期間に儀式が行われることで、近衞家の出費は大きい。そのため、近衞の懐事情も苦しいものとなっていた。

 何故なら、近衞家の荘園押領が更に増えており、収入も減っているからだ。荘園押領に伴い、白粉商人へ卸す栝楼根も減っており、そちらからの収入も減っている。

 私の傘下にある商人たちの実態は、近衞家では把握していないので、白粉商人からの上納金に合わせて、僅かだが近衞家に収めることにした。出納担当の家僕には感謝されてしまったが、本当はもっと出せるので、ほんの少しだけ良心が痛む。

 関白就任の拝賀や、それに伴う儀式の資金も予定通り集まり、慌ただしくも準備を終えていく日々であった。

 父は、恙無く関白に就任し、藤氏長者になったのである。やはり、関白とは公家社会で別格の存在であり、父は祖父や曾祖父の様に、公家社会を背負っている責任の重さを担った様に感じられた。今までの父と言う雰囲気よりも、関白の風格の様なものを漂わせる様になったことに、当世の父の姿に誇らしさを感じずにはいられなかったのであった。



 4月21日、細川高国は、細川京兆家の家督を嫡男の細川稙国に譲り、出家した。細川高国は、剃髪して道永と号し、隠居している。

 しかし、この隠居は細川高国が厄年であったため、これを機に嫡男の細川稙国に家督を譲ろうとしたものであった。そのため、細川高国本人には、政治活動を隠退する気持ちを持っている訳ではなかったのだ。なので、細川京兆家の実権は引き続き細川高国が維持することとなる。

 細川高国の出家によって、公儀や畿内の勢力図が変わる訳では無く、引き続き高国の支配によって、畿内の安定は保たれ続けるのであった。

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