第14話 永正16年を迎えて商いの進捗など

永正16年(1519年)


 新年を迎えて、私は数えで4歳となった。

 昨年は、渡辺四郎左衛門との出会いや白粉に関する商いなどの話が進んだ。

 近衞家では、私の提案からすぐに荘園の民たちに命じてキカラスウリを探させた様で、キカラスウリの種と栝楼根を手に入れていた。

 キカラスウリの種は荘園の片隅に蒔いた様で、それなりの数が育った様だ。キカラスウリなんて本来は自然に生えているので、勝手に育つに任せているのだろう。

 しかし、当家の荘園は他家と同じ様に、常に押領の危機に晒されているので、どれだけの栝楼根が収穫出来るのか不安である。


 昨年、キカラスウリを探させた際に手に入れた栝楼根は、京に送られ、傘下に収めた白粉商人の元へ運ばれている。

 白粉商人は天花粉を作る職人を渡辺四郎左衛門とともに引き抜いていた。そのため、持ち込まれた栝楼根から天花粉の製造に成功している。


 白粉の害についても、祖父は家臣たちに命じて調べさせたらしく、異常症状や変死などの事例が数件見つかった様だ。

 この時代は医療が発達しておらず、戦乱が溢れているため、寿命が短い。水銀中毒や鉛中毒の症状が発症する人は少ないのかもしれない。

 しかし、祖父や父はその報告に怯んだのか、一族の者たちには、天花粉の白粉を使わせると判断した様だ。

 昨年、叔父が生まれた際には、乳母には乳まで白粉を塗らない様に命じていた。

 当家に仕える者たちにも、天花粉の白粉を使うことを勧めている様だ。

 当家の中で天花粉の白粉を使うことは、一族の者たちに普及し、家僕たちの間にも徐々に浸透している。


 白粉商人が当家に栝楼根の支払い分として進上してきた天花粉の白粉を除いた分は、白粉商人の商家にて販売されていた。

 天花粉の天花は百花の王である牡丹と近衞家の牡丹紋である花をイメージし、天花と天下を掛けて「天花白粉」と名付けられている。白粉が収められている箱には、牡丹紋があしらわれていた。

 近衞家御用の白粉として「天花白粉」は販売され始めたものの、軽粉や鉛白より高いため、なかなか売れていない様だ。しかし、祖父や父が他家に遠回しに売り込んだりしているからか、徐々に売上は上がっている。

 近衞ブランドを活用しているため、利益の一部を上納金として収めなければならない。上納金は僅かであるものの発生している。

 近衞家への上納金の額は、白粉商人と家礼での遣り取りでは無く、私が祖父か父と交渉し、今のところは「天花白粉」の進上で済んでいる。祖父や父も始めたばかりで、上納金など期待していない。

 それよりも、進上されている「天花白粉」に満足している様であった。


 近衞家に収めるべき上納金の一部は、私が中抜きしており、自由に使える金にするためプールしている。初年と言うこともあり額は僅かだ。

 来年以降は、当家の荘園で収穫される栝楼根が増えれば、中抜きした金も増えることだろう。

 プールした資金は、更なる投資に使うつもりだ。



「渡辺四郎左衛門、商家や商人は見付かりそうか?」


 私の御機嫌伺いに訪れた渡辺四郎左衛門に問い掛ける。

 予てから考えていた、後継者のいない商家に私の息のかかった商人を送り込む案を模索していた。渡辺四郎左衛門には商家と送り込む商人を探してもらっている。

 商才があるにも関わらず、様々な不幸によって店を失う商人などもいる訳で、その中には上手くやり直せない商人もいた。そういった商人に目を付け、近衞多幸丸の息のかかった商人として商家に送り込むつもりだ。


「跡継ぎのいない商家は、それなりに見つかりますが、送り込む商人がなかなか見つかりませぬ。商才があり、人望がある者は他の商人が助けます故、店を再興することが多いのです。見つかる商人は商才はあれど信が無いか、信があれど商才が無いかの、どちらかが多くございます。商人を選ぶには、まだ時間が掛かるかと」


 渡辺四郎左衛門は送り込む商家は見つかれど、送り込む商人が見つからないと言う。商才と信頼を兼ね備えた商人は、誰かしらが助けるらしい。見つかる商人はどこかしら問題がある人物の様だ。

 プールしてある資金も少ないので、まだ時間が掛かっても仕方無いだろう。


 私は渡辺四郎左衛門からも、資金の提供を受けている。先日、ちまきの案を渡したところ、一部を商品化したため、利益の一部を寄越してきたのだ。

 私は案を褒美として与えたので、金は要らないと言ったのだが、必要だろうとの強く押されたため、渡辺四郎左衛門の元でプールさせている。

 渡辺四郎左衛門は信の置ける商人ではあるが、商売っ気が薄いのと朝廷への忠義に篤いところが、商人としてどうかと思ってしまう。

 ちまきの一部を商品化と言うのは、砂糖が希少なため、案の通りに出来なかったからだ。江戸時代に比べると明らかに砂糖が手に入りづらい。そんな中で、案の通りに作るのは難しかった。

 渡辺四郎左衛門は、下賜された葛を上手く別の味付けにするなどして、商品にすることに成功したのだ。まだ完成とは言えないものの、商品として売り出して、それなりに売れているらしい。

 ちまきは朝廷にも献じた様で、主上もお喜びになられた様だ。


 昨年は、松殿家の猶子になったり、叔父の誕生など色々あった。商いもそこそこ上手くいっている様なので、今年は更に利益を出してもらいたいと思う。

 渡辺四郎左衛門と白粉商人には頑張って貰わなければなるまい。

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