第13話 松殿忠顕の訪問

 祖父の近衞尚通と話し合いをしてから、数ヶ月が経った。

 祖父は、水面下で松殿家と交渉を進めていた様で、私は松殿忠顕の猶子となることが決まったのである。

 猶子とは、緩やかな擬似的親子関係と言って良く、家の相続権や継承権が発生する場合もあれば、ただの後見人で相続権が発生しない場合など幅が広い。

 本来は格上の家と結ぶのが多い様だが、この場合は相続権や継承権を引き継ぐためなのだろう。

 しかし、私は近衞を名乗り続けるため、引き続き近衞家の一員として過ごし続ける。

 松殿家は、嫡男であった左近衛少将の家豊が早世してしまったことで、跡継ぎを失ったため、このままだと家が断絶することになるのだ。

 私が実際に松殿家を継承するかは、祖父や父の判断次第と言うことになるだろう。


 私は祖父から、吉日に松殿宰相が当家を訪れることになったと告げられる。

 松殿宰相が訪れる日となり、彼の到着の報せを受けた私は、傅役を通じて祖父たちに呼ばれた。祖父たちは略礼装である狩衣を纏い、私は童直衣を纏っている。

 私は祖父の近衞尚通、父の近衞稙家と共に、松殿宰相が待つ部屋に入ったのであった。

 部屋に入ると、我々と同じく狩衣姿の男性が頭を垂れている。元々は摂家とは言え、零落し、当家とは大きな差がある。太閤たる祖父や摂家当主である父に頭を垂れざるを得ないのだ。

 祖父、父、私が着座すると、松殿宰相は挨拶の言葉を述べる。


「宰相、よう参ってくれた」


 父や祖父が松殿宰相に声を掛け、彼に私を紹介する。


「近衞多幸丸にございます」


 私も松殿宰相に名乗りを上げ、互いに言葉を交わした。

 松殿宰相は、草臥れた中年男性と言う印象だ。実際に草臥れているのだろう。嫡男が早世し、現段階で家は断絶が確定している。僅かな荘園の収入で、家臣たちを食わせていかなければならない。かなり苦労していることは想像が付く。


「太閤様、多幸丸殿を猶子に致しますが、当家を継いでいただける約定を誠でございましょうな?」


「如何にも。多幸丸には松殿家を継がせようぞ。なれど、松殿家は稀に権大納言を出すのみで、大方は参議であろう。摂家の子として任官すれば、一年で非参議じゃ。権大納言までも時は掛からぬ。権大納言になってから、松殿家を継がせれば良かろう。若くして権大納言になれば、松殿家とて内大臣か更に上に進めるやもしれぬぞ」


 松殿宰相が、私を養子では無く、猶子にすることで、松殿家を継いでもらえる約束が本当か確認をする。

 それに対し、祖父は摂家の子息として任官すれば、一年で従三位の非参議になれるので、権大納言になるのも時間は掛からないだろうと述べる。私が松殿家を継ぐのは、権大納言になってからでも良いだろうとの考えの様だ。

 確かに、権大納言さえ偶にしか出せず、参議留まりが定着している松殿家とすれば、摂家の子息を養子に迎えて参議留まりにするより、若くして権大納言になってから松殿家を継がせて、更に先を目指した方が良いだろう。


「仰る通り、権大納言に任官してから、継いでいただいた方が良いでしょう。太閤様が仰有った内大臣任官については、信じてもよろしいのでしょうな?」


「案ずるな。多幸丸は近衞が子ぞ。松殿家を継いだ後に、内大臣へ推そう」


 松殿宰相は、祖父の言葉に同意しつつも、将来の内大臣任官について念押しをする。

 祖父は、私が近衞家出身であるから、松殿家を継いでも内大臣任官を後押ししようと述べた。


 その後は、私が松殿宰相の猶子となる儀を行い、諸々の遣り取りを終えた。

 こうして、私は松殿宰相の猶子となり、松殿家の相続権と継承権を得たのである。

 しかし、私が松殿家の継承権を得るのは、史実では発生していない。果たして、私が松殿家を継ぐ未来があるのだろうか。

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