第10話 近衞親子の遣り取りー参(近衞尚通視点)
○ 近衞尚通
私は、多幸丸が武士になることだけでは無く、松殿家へ養子入りを申し出たことを稙家に伝えることにした。
「多幸丸は仏門に入るのを疎うている故、他の案もある様でな。松殿家への養子入りなど申し出てまいった」
「松殿家への養子にございますか?余程、仏門に入りたくないのでしょうか。武士になれぬなら、公家でも構わぬとは。松殿家は左少将が早世した故、嗣子がおりませぬが」
稙家は、仏門に入らずに済むならばと、松殿家への養子入りを申し出たことに呆れ果てておる。私も呆れた故、気持ちは分かるがな。
「松殿家は零落したとは言え、元々は摂家であり、当家と同じく藤原北家の嫡流じゃ。庶子である多幸丸が養子入りしてもおかしくはあるまい」
「父上は、多幸丸を松殿家へ養子に入れよと御考えですか?」
「否。多幸丸は賢しい故、松殿家の養子にするには惜しい。この先、当家の役に立つやもしれぬからな。されば、多幸丸を松殿宰相の猶子にすれば良いかと思ってな」
「多幸丸を宰相の猶子にございますか?」
稙家は、私が多幸丸を松殿家へ養子に入れるべきと考えているのと問うた。私は、養子入りは否定し、宰相の猶子にするのが良いのではないかと考えていると告げる。
猶子は親子関係は結ぶものの、子の姓は変わらず、仮の親が一種の後見人となる様なものだ。本来であれば、上の家格の者と結ぶ。
されど、結んだ相手との縁を深めることを狙ってすることもある。親の家に属する訳では無いので、家督や財産などの相続や継承をしないことが多いが、相続することが無い訳ではない。
近衞家の嫡出の子であれば、松殿家の猶子にするなど有り得ぬが、庶子であれば、稀ではあるものの無いとは言い切れぬ。
多幸丸が公家として生きるならば、それなりの官位に就いた後に、松殿家を継がせれば良い。
多幸丸が元服する前に、宰相が身罷れば、多幸丸の相続を名分に、僅かばかりの松殿家の荘園を得られるしのぅ。
「宰相もそれなりに老いておる。このまま松殿家を断絶させるのも惜しかろう。仮に、宰相に何かあったなら、松殿家の少ない荘園や財を当家が得ることが出来ようぞ」
「なるほど、多幸丸が猶子になれば、松殿家の荘園や財を得ることが出来ましょうな。当家も荘園の押領が続いておりますれば、僅かとは言え、実入りが増えるのは良いことかと」
多幸丸が松殿家の猶子になることで、松殿家の荘園などが手に入ることも有り得ると、稙家に伝えたところ、稙家は意を同じくした様じゃ。
「猶子であれば、多幸丸は当家に属したままじゃ。猶子であれば、どこぞの武家と縁を持たせて、分家を成すことも出来よう」
「左様にございますな。では、松殿宰相に多幸丸を猶子にする様に話を進めることでよろしいでしょうか」
「うむ。稙家は朝廷での役目がある故、私が話を進めて行こうぞ」
稙家は、多幸丸が松殿宰相の猶子になることに応じる。稙家には、私が宰相と話を進めることを伝え、その後は細かい話などをした。
多幸丸には、当家の駒として用いるため、多くの道があった方が良かろう。猶子ならば、有力な武家と縁を結び、美濃の鷹司の様に武家として、分家を立てられるやもしれぬ。
多幸丸には、近衞家の役に立って貰わねばならぬからのぅ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます