第8話 近衞親子の遣り取りー壱(近衞尚通視点)

○ 近衞尚通



 今の近衞家の当主である稙家が、里内裏での務めを終え、屋敷に戻ってきた。

 私は頃合いを見計らって、稙家を呼ぶ。多幸丸と話し合ったことについて、稙家と話すことにしたのだ。


「父上、多幸丸と話して如何でしたか?」


「多幸丸と話してか……。多幸丸は我々が思っておるより賢しいやもしれぬ。とても三つの幼子とは思えぬぞ」


「多幸丸が賢しいのは分かっておりましたが、父上が改めて思い直すほどでございますか?」


 稙家が多幸丸との話は、どうであったか問うたので、私は多幸丸は幼子とは思えぬほど賢しいと伝える。改めて真面に話してみたが、稙家より年を経ているのでは無いかと思わされるほどだ。

 私の言葉に、稙家は少し戸惑っておる。確かに、稙家の言うとおりで、多幸丸について考え直させられた。


「其方より年を経た者を相手しているかの様であったわ。何か憑いておるのやもしれぬ。狐か霊か、はたまた神憑きか……」


「何か憑いておるとなると、誰ぞに診せますか?」


「止めておけ。本当に何か憑いておったら当家の名に傷が付く。当家に害を為すならば消せば良い。当家に利を齎すならば、庇護すれば良いだけのことよ」


 私が多幸丸に何か憑いておるのやもしれぬと言うと、稙家は動揺し、誰かに診せた方が良いのではないかと狼狽える。

 私は稙家に見せる必要は無いと伝え、その理由を述べれば、少し落ち着いた。

 多幸丸が近衞家に害となるならば、消せば良いし、利を齎すならば活かせば良いだけの話だ。我々、公家はそうやって生き永らえてきたのだからな。


「多幸丸が白粉に天花粉を使いたいと言う話には許しを与えておいた。はらや(軽粉)や、はふに(鉛白)は、鉛や水銀が元になっておるが、それらを口にして良いものかと言いよった。天花粉の元である栝楼根は生薬として飲み薬になっておるから、鉛や水銀に比して害にはならぬとな」


「確かに、鉛や水銀は口にしませぬが……。それどころか、水銀は人の身には毒にございます。多幸丸の言うとおり、水銀が元になる白粉よりは天花粉の方が害にはならないでしょうな」


 私が多幸丸と話した白粉の話をすると、稙家も水銀は毒である故、一理あると察した様だ。


「人が口にして害になる物なら、肌に塗っても害となるはずだから、調べてみよと言っておった。人の身に害を為すならば、妙な事が起こっているはずだとな」


「では、父上は多幸丸の言ったとおり、調べてみる御積りでございますか?」


「当主の其方が同意するならば、調べさせようと思う。もし、多幸丸の言うとおりならば、家中の者たちに毒となる物を使わせておく訳にはいくまい」


「その通りでございますな。真に毒となるならば、我等も使う訳にはまいりませぬ。父上がおっしゃる通り、調べさせるのが良いかと」


 私は当主である稙家が同意するならば、家僕たちに調べさせようと思っていた。稙家も自身にも害が及んでいるやもしれぬと思ったのであろう。当主として、調べることに同意したのであった。


「されど、もし白粉が毒となれば、多幸丸の言うとおり、天花粉を使わねばなりますまい。薬を使うとなれば、白粉より値が張りましょう」


 稙家も、多幸丸が稀に使うのと違い、家中の者が日頃から使うと、当家の財に厳しいと気付いた様だ。


「多幸丸は、当家の荘園で栝楼根を育てさせれば良いと申しておった。当家の荘園は武士たちに押領されているとは言え、他家よりは多い。そこで栝楼根を育てれば、それなりの量になるであろうとな」


「栝楼根を当家の荘園で育てさせるのですか?確かに、生薬である栝楼根を当家で揃えられるなら、天花粉を贖うよりは安く済みますが」


「うむ。されど、多幸丸は天花粉まで作ろうと考えておる様だ」


「天花粉を当家で作らせるのですか?」


 多幸丸の栝楼根を当家の荘園で育てる案を伝えたところ、稙家も納得をしかけておる。

 されど、多幸丸が天花粉作りまで考えていることを伝えると、困惑を隠せずにいた。


「多幸丸が言うには、跡継ぎの無い商家を傘下に収め、当家で使わぬ分の天花粉を売らせるつもりらしい。さすれば、余った天花粉を当家の御用と称して売ることで、当家の利を大きく得ることが叶うそうじゃ」


 私は、多幸丸が考えた案を稙家に語る。更に詳細を伝えたところ、稙家も呆れ果てておった。


「商家を傘下に収めて売らせるなど、多幸丸は商人にでもなるつもりでしょうか?確かに、当家の利は大きくなりましょうが、商いなど卑しい行いは公家のすることではございませぬ」


「多幸丸は商家を荘園に見立てておるらしい。荘園の主たる公家が、民たる商人たちから利を得て、何がおかしいのかと言っておった」


 多幸丸が商人になろうとしているのかと稙家が悩ましげにしおったので、多幸丸が申した商家を荘園と見立てる話をする。その話を聞いた稙家は、更に呆れておった。

 その後、多幸丸に荘園で栝楼根を育てることには応じたものの、天花粉作りは多幸丸に何とかする様にと言ったことを稙家にも伝える。

 また、傘下に収める商家を紹介出来る様な商人を教えてやることもだ。


「その様な信の置ける商人がおりましょうか?当家に参る商人たちは、大店であり、下心の多い商人ばかりにございます」


 稙家は多幸丸に与する様な信の置ける商人がいるか危惧しておる。当家に参る商人たちは摂家近衞家と繋がりを持ちたいと下心のある商人たちばかりである。

 しかし、私には一人だけ宛があった。


「主上(天皇の敬称)に献じておる奇特な商人がおろう。あれを多幸丸に引き合わせてやれば良い」


「なるほど、あの者ならば、多幸丸に力を貸すやもしれませぬ」


 日々の食事にすら喘いでおる主上に、朝餉を届けておる奇特な商人がいる。あの者ならば、幼き多幸丸にも力を貸してくれるやもしれぬと稙家に言うと、稙家も同じ様に思った様だ。


 稙家も務めで疲れておる様だが、もう一つ多幸丸が申して来た、多幸丸の将来の話をしなければなるまい。

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