第6話 祖父を説得せよー中

 祖父の近衞尚通に白粉の害への懸念を訴えた私は、更に踏み込んだ提案をしようとしていた。そのために、まずは私が天花粉を白粉として使う許可を得る必要がある。


「祖父上は、はらや(軽粉)、はふに(鉛白)を使っている者たちを調べてくださるとおっしゃいました。調べが終わるまでは、天花粉を白粉として使うことを許していただけますでしょうか?」


「仕方無い。水銀など口すれば毒となる物を塗っておるのだ。身体に悪いことがあるかもしれぬ。多幸丸が白粉を塗ることは、それほど多く無いであろうから、天花粉を白粉として使うことを許そう」


 私は祖父から天花粉を白粉として使う許可をいただいた。しかし、祖父はその後に言葉を言葉を繋げる。


「多幸丸が天花粉を使うことを許すが、白粉に毒があるやもしれぬことを口外することはまかりならぬ。特に家中の女子たちにはじゃ。家中の者たちが知れば騒ぎとなろう。毒か調べた後に、必要とあらば私が何とかしよう」


 私が天花粉を使用することは許可するものの、近衞家の家中の者たちには伝えてはいけないと祖父は厳命してきた。確かに、家中の女性たちが知ったら大騒ぎになるだろう。今まで塗ってきた白粉に毒性があったなんてことが分かったら、青天の霹靂である。

 白粉の毒について調べたならば、祖父が対応するつもりの様だ。なるべく騒ぎにならない様に対処するのであろう。


「祖父上、有り難くございまする。なれど、白粉の毒について分かったならば、如何なさいますか?家中の女子たちも天花粉を使うことになるのでしょうか?」


「うぅむ。家中の者たちにも天花粉を使わせてやりたいが、天花粉は薬であるが故に値が張る。稀に使うならまだしも、日々の暮らしで使うとなると難しいところだ」


 私が祖父に白粉の毒性が分かれば、家中の者たちにも天花粉を使わせるのか問うたところ、祖父も悩ましげにする。天花粉は薬であるため、日常的に使っている白粉より値段が高く、費用がかかるのだ。

 私はここで、祖父にある提案をする。


「祖父上、天花粉の値が張るのならば、作らせれば良いのではございませぬか?」


「天花粉を作らせるとな?」


 私は、祖父に天花粉を作らせることを提案したのだ。


「当家には減ったとは言え、畿内にはまだ荘園がございます。当家の荘園にて天花粉の元となる栝楼根を育てさせては如何でしょうか?そして、育てた栝楼根から天花粉を作らせるのです。さすれば、当家の家中で使う天花粉が手に入りましょう」


「うぅむ……」


 祖父は再び呻ると、思案を始めてしまった。まだ畿内に荘園があるとは言え、近衞家の現在進行形で押領されている。

 戦国時代前期の近衞家は40ヶ所前後の当知行の所領を維持していた。しかし、戦乱が続く中で近衞家も衰退していき、押領されていく。先の話ではあるが、大永4年(1524年)には、不知行の所領が当知行の所領を数倍上回る状態に陥ってしまうのだ。

 祖父は近衞家の荘園が減り、実入りが減る中で、キカラスウリの塊根である栝楼根の栽培などして良いものか考えているのだろう。


「荘園の民たちに手間をかけさせて、栝楼根を育てるのに、当家にどれほどの利があろうか?」


 暫く考え込んでいた祖父は、私に栝楼根を育てることが、近衞家にどの様な利益になるのかを問うてくる。それこそ、私が待っていた言葉であった。


「栝楼根を育て、天花粉を作らせ、当家で使う白粉から余った物を、当家の息のかかった商家に売らせれば良いのです。その際に、近衛家御用と名乗らせて販売すれば、白粉に箔が付きましょう。さすれば、商家より近衞家へ相応の礼が常に届くはずです」


「なるほど。当家で使う分より多く作らせ、商家で売らせれば、当家に実入りが入るな。当家に白粉を届ける商家に任せるか」


 私は、祖父に近衞家で使う分を差し引いた余剰分の天花粉を、商家に近衞家御用のブランド品として販売し、ブランド料を定期的に得るべきだと答えた。

 すると、祖父も納得した様だが、近衞家に白粉を進上している商家に任せようと言い出す。


「祖父上、お待ちを!当家に白粉を届けておる商家は大店なれば、はらや、はふにも取り扱っておりましょう。果たして、その様な大店が天花粉の白粉を真面に売るでしょうか?今まで取り扱っていた、はらや、はふにの方が商家の利としては大きいでしょう。さすれば、自ずと天花粉の白粉は売れず、当家の利は少なくなりましょうぞ」


 私は祖父が既存の商家に取り扱わせる様と考えているのを止める。近衞家に白粉を進上している商家は、大きな商家であるはずであり、軽粉や鉛白と言った今までの既存の白粉に大きな利権を持っているはずだ。そのため、近衞家にブランド料を払わなければならない白粉を真剣に売るはずがないだろう。そうすれば、近衞家に入る利益も少なくなると、祖父に伝える。


「さすれば、如何様にすれば良いのだ?」


 祖父は困惑した様子で、問い掛けてきた。


「跡継ぎのいない商家や傾きかけた商家に命じて、天花粉の白粉を売らせるのです。努めて小さな商家であれば、当家の言いなりにしやすくてよろしいかと」


「商家を当家の言いなりにするなど、近衛家に商いをせよと言うのか?」


 私は祖父に、後継者のいない商家や経営の苦しい商家に白粉を売らせることで、規模の小さな商家を近衞家の言いなりになる様にさせるべきと答えた。

 祖父は、商家を言いなりにさせることは、近衞家が商売をするのかと少し憤っている。商売は卑しい仕事とされてるから、祖父が憤るのも仕方無い。


「近衞家が商いをする訳ではございませぬ。跡継ぎの居らぬ商家や傾きかけた商家に当家の息のかかった商人を跡継ぎに据えるのです。さすれば、当家は新たな商家の当主に命じて商いをさせればよろしいかと。祖父上や父上が商人如きに御命じになられる訳にはまいりませぬ故、お許しいただければ私が商家に近衞家の意を伝えたく存じます」


「詭弁よな……。其方は商人にでもなるつもりか?」


 私は近衞家の息のかかった商人を新たな当主にして商売をさせるので、近衞家が商いをする訳では無いと答える。前当主の祖父や現当主の父が商家に指示する訳には行かないので、庶子である私が商家に近衞家の意思を伝えたいと答えた。

 その答えを聞いた祖父は呆れ果てた様で、私に商人になりたいのかと問う。


「左様なことございませぬ。私は商家などを荘園に見立てて、近衞家が新たな荘園を得ることを勧めておるだけです。荘園の民たる商人たちが稼いだ銭を、主たる近衞家が捧げられることの何がおかしいのでしょうか?」


 私は、商家を荘園に見立て、民に該当する商人たちが稼いだ金を税として受け取ることの何がおかしいのかと答える。


「ふぅ……、まぁ良い……。確かに多幸丸の考えの方が当家への利が大きかろう。其方が言い出しことだ。私が許す故、其方が為してみよ」


 祖父は溜め息を吐くと、私の提案に応じてくれた。そして、私に一任してくれるらしい。3歳の子供に任せて良いのか?と思ってしまうが、それほど期待していないのだろう。


「有り難くございまする」


「されど、傾きかけた商家はならぬ。当家から銭の持ち出しがあるやもしれぬからな。当家にその様な無駄な持ち出しをする訳にはいかぬ」


 私が礼を述べると、祖父は経営の苦しい商家は、近衞家から金を出さねばならない可能性があるのでダメだと言われた。確かに、経営の苦しい商家はリスクが高いだろう。


「荘園では、栝楼根を育てさせることしかせぬ。栝楼根から天花粉を作り、白粉にするのは、其方が何とかせよ。何ともならぬなら、栝楼根を売り払い、天花粉を得るまでよ」


 また、祖父は荘園ではキカラスウリの栽培だけで、天花粉や白粉は私に何とかする様にと言った。もし、天花粉や白粉を作れないなら、薬種問屋にでも栝楼根を売り、代わりに天花粉を得るつもりなのだろう。


「分かり申した。さすれば、跡継ぎの居らぬ商家にさせます故、その様な商家を存じておりそうな方を教えていただけませぬでしょうか」


「家僕に申し渡しておくが故、その者に尋ねるがよい。されど、其方は庶子とは言え、近衛家の子であれば、その本分を疎かにしない様にせよ」


 私は、祖父の言葉に同意し、商家を紹介してくれる人物を紹介して欲しいと伝えたところ、近衞家の家僕に命じておくので、担当者に聞くようにと言われる。

 また、祖父から近衞家の子息なので、近衛家の名誉を汚す様なことはせず、勉学や修養を疎かにしない様にと釘を差されてしまった。


 こうして、祖父とのやり取りは、天花粉を白粉として使うことから、近衞家の荘園でのキカラスウリの栽培、近衞家ブランドとしての白粉販売まで話を発展させた。

 荘園経営の面でも、キカラスウリの栽培は良い方向に進むと思う。キカラスウリの種子は脂肪を多く含むため、油脂を集めて灯火に用いる事も出来るらしい。また、熟していない果実は、塩漬け、粉漬け、汁の実の材料となる。慢性的な飢饉状態である戦国時代において、食糧となる物が少しでも増えるのは、荘園の民たちにとっても良いことだろう。

 キカラスウリの栽培の結果が出るまで、時間がかかるはずなので、商家の選定や事業について考えていく必要がある。

 また、商家を近衞家の荘園に見立てたが、祖父や父が直接経営をする訳では無い。私が実質的オーナーになって、思う様に采配することが叶えば、私が大きな利益を得て、将来の躍進に貢献してくれることだろう。

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