第5話 祖父を説得せよー上

 天花粉を白粉として使うため、祖父の近衞尚通と父の近衞稙家へ許可を求めて、傅役から報告が為されていた。父は家督を譲られ近衛家の当主となったとは言え、まだ若い。なので、家中の実権は隠居した祖父が握っている。

 天花粉を白粉として使うとは言え、頻繁に使う訳では無い。そして、費用などの細かい用立ては家僕たちに任せきりになる。

 しかし、それでもまずは祖父か父の許可が必要となる。両者の許可が得られれば、ある程度の融通が効くようになるのだ。


 父の稙家は朝廷の職務で忙しいため、天花粉の使用の許可は祖父の尚通が判断することとなった。傅役から説得して欲しかったものの、私の我儘と言うことで、祖父から私自ら説得してみろとの仰せになったそうだ。なので、私が祖父を説得することとなってしまった。

 数え年で3歳に大人を説得せよとはどうなのかと思うが、私は日頃から実年齢よりも年嵩な振る舞いをしている。そのため、祖父と顔を合わせて話す機会があり、祖父は私を賢しいと思っているのだ。なので、自分の意見を通したければ、自分で説得しろと言うことなのだろう。それでも、太閤たる前当主の祖父を説得するとなると、少し緊張してしまう。


 屋敷にて、祖父と向かい合う。私が天花粉を白粉として使いたい旨を伝えると、祖父は顎髭を撫でながら思案している。


「多幸丸が白粉を嫌っておるのは知っておるが、天花粉であるのは何故だ?はらや(軽粉)や、はふに(鉛白)ではいかんのか?」


「はらや、はふになどの白粉からは悪しき気を感じます。なれど、天花粉は生薬でありますれば、飲み薬や汗疹などの塗り薬として使われております。はらや、はふにに比べて身体に害を為すことは無いかと」


 思案を終えた祖父は、私に軽粉や鉛白では駄目なのかと問うてくる。そのため、私は既存の白粉からは悪しき気を感じると曖昧に答えた。鉛中毒や水銀中毒など、この時代では解明されていないので、その危険性を訴えても通じない。

 天花粉は、古くから生薬として飲み薬や塗り薬として使われているため、安全だと伝えた。


「確かに、天花粉は生薬として飲み薬や塗り薬として使われておる。身体に害を為すことは無かろう。しかし、はらや、はふにも昔から白粉として使っておる。害があるなど聞いたことは無いが」


「はらや、はふには水銀や鉛などから作られております。水銀や鉛を口にして、果たして人に害は無いのでしょうか?口にしなくても、肌に触れただけで害を為すものはございます。水銀や鉛とて、肌に触れても表に出ぬ害があるやもしれませぬ」


「うぅむ……」


 祖父は天花粉が有害では無いことは認識しているものの、既存の白粉に害があるなど聞いたことが無いと言う。

 私は水銀や鉛を口にして問題は無いのか、口にしなくても触れただけで有害なものがあると述べた。そして、人が口にすることの無い水銀や鉛にも、目には見えないが有害なのでは無いかと懸念を示す。

 すると、祖父は呻るとともに、再び思案を始めた。


「確かに、水銀や鉛は口にせぬ。水銀は古の唐土では仙薬などと持て囃されたものの、人の身には毒であるな。もしかしたら、鉛も人の身に害をなすやもしれぬ。されど、口にして毒なものを肌に塗って害をなすかは調べねば分からんな」


「なれば、白粉を塗っている者たちの中に、身体の悪い者や奇妙な行いをする者、奇怪な死を遂げた者などいないか調べてみては如何でしょうか?白粉塗らぬ者たちの中に似た様な者がいなかったならば、それこそが水銀や鉛の毒にございましょう」


 祖父も中国で仙薬と扱われて死人を出してきた水銀の毒性については知っている様だが、鉛の毒性については知らない様である。

 水銀や鉛を身体に塗った場合、毒かは調べないと分からないと言う。なので、私は白粉を塗っている者で体調不良や異常な者、変死などを調べる様に提案した。鉛中毒だと貧血や臓器異常、神経異常などの症状が起こる。

 白粉を塗っている者に発生して、と塗っていない者で発生しない症状こそ、鉛中毒や水銀中毒の症状だろうと伝えた。

 その後、白粉を塗っている家女房の乳を吸った赤子に障害や変死など無いか、本人が白粉を塗らなくても、白粉を塗っている女や遊女などと関係を持った者も中毒症状が出るのではないかと祖父に様々な可能性を提案してみる。すると、祖父は困惑しつつも、少し調べてみると応えたのであった。


 結果的に、祖父との話し合いで、私が天花粉を使用することは認められそうな雰囲気となる。しかし、それだけでは祖父との話し合いの場を折角得たのに勿体無い。

 私は祖父に更に踏み込んだ提案をすることにしたのであった。

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