第4話 白粉を何とかしよう

 私にも傅役が付き、行動の幅や自由な時間が増えたので、戦国時代に逆行転生してからの長年の問題を解決することにした。

 生まれてからの長年の問題と言えば、白粉白粉である。乳母の乳房に白粉が塗られているのを目にした時から、私は拒絶していた。

 しかし、3歳の髪置きの儀式を終え、今後は白粉を塗る機会も増えるかもしれないので、自身の為に害の無い白粉を用意しようと思う。


 白粉は7世紀頃に唐土(中国)から、その文化が伝わると同時に「はらや(軽粉)」や「はふに(鉛白)」と言った水銀や鉛が主原料の白粉が入ってきた。

 軽粉は塩化水銀が主成分で、室町時代には日本でも生産される様になっている。

 鉛白は塩基性炭酸鉛が主成分であり、安価であったことから、江戸時代中期になると需要が増え、普及することとなる。鉛白は安価であり、泰平の世となったため庶民たちに普及したのだ。

 流石に戦国時代では庶民に普及してはいないものの、公家や上級武家では使用されている。公家衆の大半が困窮に喘いでいるとは言え、高位の公家の家中では白粉は日常的に使われていた。


 しかし、軽粉や鉛白と言った一般的な白粉の原料が水銀や鉛であることから分かる通り、中毒症状が懸念される。

 白粉に鉛白が使われていた時代は、鉛中毒により、胃腸病、脳病、神経麻痺を引き起こして死ぬことが多かった様だ。また、日常的に多量の鉛白粉を使用していた役者などの職業の者たちは、特に鉛中毒の症状が顕著であったらしい。

 特に注意すべきは、子供の鉛中毒であり、胸元や背中まで幅広く白粉を使用していたため、授乳の際に経口で鉛白を摂取したために、赤子が鉛中毒によって死亡したり、重篤な障害を蒙る場合があった。

 金属製の白粉は大人から子供まで関係無く健康被害を齎す可能性があるのだ。


 戦国時代は乱世であるので、そもそも長生き出来ないから中毒症状が出るものが少なかったかもしれないが、備えておくに越したことは無い。

 私が目を付けたのは、植物性の白粉である。穀粉などと呼ばれ、米粉などのデンプン質のものが原材料に使われていた。

 しかし、慢性的な飢饉状態にある戦国時代に米などの食物を使う白粉が普及する訳も無い。

 そこで、私が用意しようと思ったのが、天花粉である。天花粉の原料はキカラスウリの塊根である栝楼根だ。栝楼根は生薬として扱われ、解熱、止渇、消腫などの作用がある。

 天花粉は栝楼根を潰し、何度か水でさらした後に、乾燥させる事によって出来ている。出来上がった天花粉を加工し、白粉の原料とするのだ。白粉以外には、あせもの予防と治療などに用いられている。

 この時代では稀に白粉として使われているかもしれないが、殆ど普及していないはずだ。


「当家に天花粉はあるか?」


「天花粉ならあるはずですが、持ってこさせましょうか?」


「うむ」


 私が傅役に天花粉があるか問うと、あるはずとのことなので、持ってこさせることにする。天花粉は赤子の頃から、あせもに使っていたのは知っていた。最初は白粉だと思って拒否していたが、家女房に白粉では無く、天花粉と言う薬だと教えられ、宥められた過去がある。

 本当は髪置の儀式の際にも、既存の白粉では無く天花粉を使いたかったが、髪置の前で発言力も無く、今まで使われてきた白粉を使わないなど前列を否定することが出来なかったからだ。

 傅役が家僕に持ってこさせた天花粉を見てみると、白粉として使える様に思える。


「天花粉を白粉として使えると聞いたのだが、直に見てみると使えそうだな」


「天花粉を白粉にでございますか?私は耳にしたことはございませんが、白粉として使えそうですな」


 傅役は天花粉を白粉に使えると言う話は聞いたことは無かった様だが、実物を改めて見ると、白粉として使うことが出来ると思った様だ。


「私が白粉を嫌っておるのは知っておろう?しかし、髪置きを終え、これからは白粉を塗ることも増えよう。ならば、天花粉を白粉として使おうと思うのだ」


「若様が白粉を嫌っておられるのは存じておりますが、天花粉ならよろしいのですか?」


「うむ。天花粉は白粉では無いからと、塗られておったが、嫌な気はしなかった」


「若様は白粉を嫌っておられたので、どうしたものかと思っておりました。しかし、天花粉は生薬なれば、値が張りまする。太閤様(近衞尚通)か御当主様(近衞稙家)のお許しが要りまする」


 傅役に今後は白粉を塗る機会が増えるだろうから、天花粉を使おうと思うと伝えたところ、傅役も私が白粉を嫌っていることを懸念していた様だ。そのため、天花粉で用が済むならば良かったと安堵した様である。

 しかし、天花粉は生薬であるため、費用が嵩んでしまうのだ。なので、白粉として使うには祖父か父の許可が必要になる。

 私が天花粉を白粉として使うため、祖父か父を説得しなければならないのであった。

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