第2話『海水浴デート』

 8月19日、木曜日。

 いよいよ、氷織との海水浴デートの日がやってきた。

 今日は朝からよく晴れている。晴れて良かった。

 一昨日のお家デートで氷織が確認してくれたときから予報は変わらず、今日は一日ずっと晴天が続く予報だ。今日は一日中海で遊ぶ予定なので予報通りになってほしい。

 午前9時頃。

 俺は自宅の最寄り駅のNR萩窪はぎくぼ駅の上り線のホームにいる。


『萩窪駅、午前9時3分発東京行きの電車。10号車の一番後ろの扉だよ』


 と、LIMEというSNSアプリで、氷織にメッセージを送った。

 すぐに読んだことを示す『既読』マークが付いて、氷織から『分かりました』と返信が届いた。

 これから、俺は電車に乗って、氷織の自宅の最寄り駅である笠ヶ谷かさがや駅で氷織と車内で落ち合い、海水浴場へ向かう予定だ。

 今日のデートで行く海水浴場は、先月に親友の倉木和男くらきかずおや和男の恋人の清水美羽しみずみうさん、火村さん、葉月さんと一緒に行った神奈川県の湘南地域にある海水浴場だ。一昨日のお家デートで、どこの海水浴場に行こうか氷織と話し合ったときに、


「みんなで遊んだのが楽しかったので、デートでまた行くのも良さそうです」


 という氷織の提案をきっかけに、また行くことに決めたのだ。


『まもなく、4番線に快速・東京行きがまいります。まもなく――』


 おっ、乗る予定の電車がもうすぐ到着するか。特に遅れがなさそうで安心だ。

 アナウンスが流れてから程なくして、東京行きの電車が萩窪駅に到着した。

 扉が開き、車内に入ると……結構空いているな。今は8月で学生のみんなはお休みだし、9時を過ぎているので出勤ラッシュの時間帯を過ぎたからだろう。一番端の車両に乗ったので、空席となっている箇所もある。

 運良く、俺の乗った扉の近くで3席連続で空いているところがあった。なので、そのうちの1席に腰を下ろした。


「座れて良かった」


 午前9時とはいえ晴れているからなかなか暑いし、荷物もある。だから、涼しい電車の中に座れてかなり快適だ。

 それから程なくして、俺の乗る電車は定刻通りに萩窪駅を発車する。氷織に伝えた扉の近くにいるし、このまま乗っていれば氷織と会えるだろう。

 車窓からの景色を楽しみながら、車内での時間を過ごす。

 氷織の最寄り駅である笠ヶ谷駅は、通っている笠ヶ谷高校の最寄り駅でもある。ただ、普段は自転車通学をしていて、雨や雪が降ったときは徒歩で通学することが多いから、電車に乗ることはあまりない。だから、車窓からの景色は新鮮だ。


『まもなく、笠ヶ谷。笠ヶ谷。お出口は右側です』


 景色を楽しんでいたら、あっという間にもうすぐで笠ヶ谷駅か。萩窪駅から2分で着くだけあって速いな。電車に乗っているとほぼ毎回思うことだ。

 電車が減速していき、笠ヶ谷駅に到着する。

 俺の伝えた場所にある扉が開くと……そこには水色のノースリーブの襟付きワンピース姿の氷織が立っていた。氷織はプールデートや海水浴でも持っていた大きな桃色のトートバッグと、それよりも少し小さめのファスナー付きのベージュのバッグを持っている。

 氷織は俺と目が合うと、ニッコリと笑って手を振りながら乗車してきた。


「おはようございます、明斗さん」

「おはよう、氷織。会えて良かった」

「そうですね。隣、失礼します」


 氷織は今も空いている俺の隣の席に腰を下ろした。その流れで氷織は俺に「ちゅっ」とキスしてきて。おはようのキスかな。


「ノースリーブのワンピース、爽やかな雰囲気でよく似合っているな」

「ありがとうございます。明斗さんもVネックシャツが似合っていてかっこいいです」

「ありがとう。……あと、今日はベージュのバッグも持っているんだな。もしかして、その中にお昼ご飯が入っているのか?」

「はい、そうです」


 そう。氷織がお昼を作ってきてくれたのだ。これも、一昨日のお家デートでの話し合いの中で決めたことだ。

 みんなで海水浴に行ったときには、海水浴場の近くにあるコンビニでお昼を買った。ただ、今回はデートなのもあり、お昼を作りたいと氷織が志願してくれた。お昼ご飯と麦茶を持ってきてくれることになっているのだ。


「おにぎりや玉子焼きなどを作ってきました」

「おっ、玉子焼きがあるのか。氷織の玉子焼き好きなんだよなぁ」

「ふふっ。明斗さん好みの甘い玉子焼きを作りました。楽しみにしていてくださいね。あと、このランチバッグはファスナー付きですし、中に保冷剤やペットボトルの冷たい麦茶を入れてあるので、お昼まで大丈夫だと思います」

「そっか。お昼が待ち遠しいな。お昼ご飯を作ってくれてありがとう。飲み物まで持ってみてくれて」


 お礼を言って、俺は氷織の頭を優しく撫でる。それが気持ちいいのか、氷織は柔和な笑みを浮かべる。


「いえいえ。楽しく作れました。……今日の海水浴デート、楽しみましょうね」

「ああ、楽しもう」


 俺がそう言うと、氷織はニコッと笑って俺にそっと寄りかかってきた。車内が涼しいのもあって、氷織の優しい温もりが心地いい。

 それからすぐに、俺達の乗る電車は笠ヶ谷駅を出発する。

 笠ヶ谷駅から、目的地の海水浴場の最寄り駅までは電車を乗り継いで1時間半ほどで到着する予定だ。

 普段は電車に乗らない俺や氷織にとってはなかなか長い道のりだ。

 ただ、行くのは前回と同じ海水浴場だし、海水浴のことやアニメのことなどで氷織と話すのが楽しい。なので、最寄り駅までに到着するまではあっという間に感じられた。

 最寄り駅から海水浴場の方に向かって数分ほど歩くと、


「到着しましたね! 懐かしいですね」

「そうだな」


 目的地の海水浴場に到着した。みんなで遊んだ海水浴場にまた来たのもあり、氷織はワクワクとした様子だ。可愛いな。

 平日の午前中だけど、夏休み中で天気がいいのもあってか、今日も多くの海水浴客で賑わっている。賑わう光景や江ノ島、富士山といった綺麗な景色を見ると懐かしい気持ちになる。


「またこの海水浴場に来られて嬉しいです!」

「俺もだよ、氷織。しかも、今回はデートだし」

「そうですね! ……今日も結構賑わっていますね」

「そうだな。平日だけど夏休み中だもんな」

「ええ。……明斗さん。みんなで一緒に来たときのように、『海だ!』って叫びますか?」

「そうだな。叫ぶか」

「分かりました! じゃあ、いきますよ。せーの!」

『海だー!』


 氷織の号令で、俺達は海に向かってそう叫んだ。

 俺達の声は響き渡り、海水浴場にいる人達を中心に何人もこちらに顔を向けている。学生カップルによる叫びだと分かってか「あははっ」と笑う人もいて。先月に和男達とも一緒に行った際に海だと叫んだときも同じような反応をされたので、特に恥ずかしさはない。むしろ、大声で叫べて爽快感があるほどだ。


「気持ちいいですね!」

「気持ちいいな! 海に来たんだって実感するよ」

「私もですっ」

「今日はこの海でデートを楽しもう!」

「はいっ!」


 氷織は可愛い笑顔で返事をしてくれる。そんな氷織を見て、今日の海水浴デートは楽しい時間になると確信した。

 その後、更衣室に行って着替えることに。

 更衣室の前で待ち合わせることを約束して、俺は一人で男性用の更衣室の中に入っていく。

 更衣室の中は俺のような学生もいれば、親子と思われる大人の男性と小さな男の子、日焼けをする目的で来たんじゃないかと思える全身真っ黒のマッチョな初老の男性など様々だ。

 少し空いているところで俺は水着に着替える。

 俺の水着は、氷織とのプールデートや先月の海水浴でも穿いた青い海パンだ。今年の夏の間に再びこの海パンを穿けて嬉しいな。しかも、氷織との海水浴デートで。そんなことを思いながら海パンを穿いた。以前、海水浴に行ったときから体型は特に変わっていないので難なく穿けた。

 荷物をまとめて更衣室を出ると……氷織の姿はまだないか。氷織が来るまでは海を眺めながらゆっくりと待っていよう。

 海を眺めると……今日も穏やかだ。みんなと来たときと同じく、波は基本的に小さく、たまにちょっと大きめの波が来るくらい。海に入って遊んでも大丈夫そうだ。

 上半身裸なので暑いけど、柔らかな潮風が気持ちいい。


「あの茶髪の人、かなりイケメンだよね」

「更衣室の前にいる人だよね。凄くかっこいい。彼女と来てるのかな?」

「どうだろう? そうじゃなかったら声かけたいよね」


 などといった女性達の会話が聞こえてくる。更衣室前にいる茶髪の男ってことは……俺のことかな。

 そういえば、みんなと一緒に海水浴に来たときは、水着に着替える氷織達を和男と待っている間に女性達に逆ナンされたな。あのときは和男と一緒に「彼女と一緒に来ている」と断ったっけ。


「明斗さん、お待たせしました」


 更衣室の方から氷織の声が聞こえたのでそちらを向くと……目の前には黒いビキニに着替えた氷織が立っていた。俺と目が合うとニコッと笑う。


「氷織。似合っているよ。綺麗だし、可愛いよ。部屋で見たときも良かったけど、海水浴場で見るビキニ姿もいいな」

「ありがとうございます!」


 氷織は嬉しそうな笑顔でお礼を言った。


「明斗さんも青い水着がよく似合っていますね。素敵な水着姿を海水浴場でまた見られて嬉しいです」

「ありがとう」

「あと、前回の海水浴で水着姿になったときにも言ったけど……あのとき以上に色気が増した気がするよ。本当に素敵だ」

「嬉しいです。あれ以降も明斗さんとたくさんイチャイチャしていますから、そのおかげですよ」


 氷織は落ち着いた笑顔でそう言う。そんな氷織は大人っぽくて艶っぽさも感じられる。氷織の言う「イチャイチャ」の場面を思い出し、ドキッとする。体も熱くなってきて。直射日光を浴びているし、このままだと熱中症になっちゃうかも。


「明斗さんも前回の海水浴とき以上に色気が増しました。素敵です」

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 俺はビキニ姿の氷織のことをそっと抱きしめる。

 予想していなかったのか、抱きしめた瞬間に氷織は体をピクッと震わせて。また、「きゃあっ」という女性達の黄色い声が聞こえてきた。


「あ、明斗さん?」

「氷織に水着が似合っているとか色気が増したって言われたり、氷織のビキニ姿を海で見られたりしたのが嬉しくて……つい」

「ふふっ、そういうことでしたか。突然抱きしめられたのでちょっとビックリしましたけど、嬉しい気持ちになりますね。キュンとなりました」


 氷織は優しい笑顔でそう言うと、俺に「ちゅっ」とキスしてきた。そのことにキュンとなって。

 あと、さっき以上に周りから女性達の黄色い声が聞こえてきて。ちょっと恥ずかしいけど、周りの人達に俺達がカップルだと分かってもらえていいかもしれない。

 数秒ほどして、氷織から顔を話す。氷織は頬を中心にほんのりと絡めた顔に優しい笑みを浮かべていた。


「嬉しくてキスしちゃいました」

「今のキスでキュンとなったよ」

「ふふっ、嬉しいですね。……では、いい場所を確保しましょうか」

「そうだな」


 俺達は手を繋いで、海水浴場を歩き出すのであった。

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