第12話『お医者さんごっこ』

「おままごとすごくたのしかった!」


 愛莉ちゃんはとても満足そうな様子で言ってくれた。氷織と俺がキスしたり、お互いに好きなところを言ったりしたからだろうか。そうなるように、葉月さんと火村さんが上手に誘導していったし。


「あたしも凄く楽しかったわ!」

「久しぶりにおままごとをしたッスけど、いいッスね!」

「私も凄く楽しめました。明斗さんとキスしたり、好きなところを伝え合ったりしましたし」


 氷織達もおままごとに大満足のようだ。


「久しぶりだったけど、俺も楽しかったよ。みんなとやったし、氷織とは夫婦役だったから」

「私もです」


 ふふっ、と氷織は優しく笑ってくれる。

 氷織とずっと一緒にいたいと以前から思っているけど、今回のおままごとを通じてより強くなった。氷織と結婚して、子供ができたらこんな感じなのかなとも思えて。そういったことを考えられたから、満足だけじゃなくて充実した時間にもなったな。


「みんなもたのしんでくれてよかった!」


 愛莉ちゃんはニッコリとした笑顔でそう言う。自分の好きな遊びをみんなも楽しんでくれると嬉しいよな。


「愛莉ちゃん。次は何をして遊びましょうか? おままごとをもう一度やりますか? それとも、何か他の遊びをしますか?」

「うんとね……おいしゃさんごっこしたい! おいしゃさんごっこもすきなの!」

「そうなんですか」

「うんっ! ちょーしんきもってきたの!」


 ちょーしんき……ああ、聴診器のことか。

 愛莉ちゃんはリュックサックから、ピンク色の聴診器を取り出す。見たところ、さすがに本物ではなくおもちゃのようだ。


「あら、可愛い聴診器ですね」

「結構リアルな感じッスね」

「おかあさんとおとうさんがかってくれたの!」

「そうなのね。それを使って、患者さんを診察するのね」

「うんっ!」


 愛莉ちゃんは嬉しそうに返事すると、聴診器を首にかける。お医者さんのようで様になっている。ピンク色なのもあって、愛莉ちゃんに似合っているな。


「愛莉ちゃん、似合ってるな」

「ありがとう、あきとくん。うれしい」

「じゃあ、次はお医者さんごっこをしよう。お医者さん役はその聴診器を使ったことがある愛莉ちゃんがいいなって思うんだ。愛莉ちゃん、どうかな?」

「うんっ! おいしゃさんやりたい!」

「そうか。氷織達はどう思う?」

「賛成です、明斗さん」

「あたしも賛成ッス!」

「賛成だわ! あと、愛莉ちゃんがお医者さんをやるなら、あたしが患者さん役をやりたい! 愛莉ちゃんに診察されたいわぁ……」


 氷織達も賛成してくれたか。

 あと、火村さんは患者さん役に立候補か。うっとりした表情になっているけど、愛莉ちゃんに何をされたいと思っているのかな。愛莉ちゃんは6歳だし、健全な診察しかさせないぞ。


「みんな賛成だな。じゃあ、お医者さん役は愛莉ちゃんに決定だ!」

「うんっ! がんばりますっ!」


 そう言って、愛莉ちゃんは敬礼のポーズをする。それは警察官とかがやるんだけど……まあ、やる気のあるお医者さんなのはいいことか。可愛いし。


「あと、患者さん役は火村さんがやりたいって言っているけど、愛莉ちゃんはそれでもいいかな?」

「うんっ、いいよ!」

「ありがとう! 患者さん役頑張りますっ!」


 さっきの愛莉ちゃんに倣ってか、火村さんはピシッと敬礼のポーズをとる。随分とやる気があって元気な患者さんだな。


「凄く元気な患者さんッスね」


 快活な笑顔で言う葉月さんのツッコミに、俺達5人は笑いに包まれる。


「始まったらちゃんと具合が悪そうな演技をするわ。何せ、数日前に実際に風邪を引いたからね! 期待していてね、愛莉ちゃん」

「うんっ!」


 火村さんは数日前に風邪を引いて、氷織と葉月さんに看病してもらったんだよな。氷織曰く、お見舞いに行った直後は結構辛そうにしていたみたいだし。患者さん役を演じるなら、火村さん以上の適任者はいないか。


「病院には看護師がいるッス。看護師役はあたしがやるッス」


 葉月さんは右手を挙げながらそう言ってくる。まあ、葉月さんは火村さんの看病をしたし、看護師役にはいいかもしれない。それに、高校生4人の中で唯一の理系クラスだし。


「いいと思うぞ」

「そうですね。では、看護師役は沙綾さんで」

「了解ッス」


 葉月さんも敬礼ポーズをしながらそう言う。役が決まったら、そのポーズをする決まりにでもなっているのか?


「医者、患者、看護師が決まったか。氷織と俺は何役をやろうか?」

「そうですね……患者の両親がいいかもしれません。誰かが付き添って病院に来ることは普通にありますし」

「そうだな。両親なら付き添うのも自然か。じゃあ、おままごとと一緒で、氷織が母親役で俺が父親役をしようか」

「そうですね、明斗さん!」


 俺とまた夫婦役ができるからか、氷織は嬉しそうな様子で敬礼ポーズをする。そんな氷織が可愛いと思いながら、俺は氷織に向かって敬礼ポーズをした。


「これで全員の配役が決まったわね」

「そうですね。……そうだ。せっかく聴診器がありますから、もっと医者らしい見た目にしましょう」


 そう言うと、氷織はクローゼットを開けて白い服を取り出す。あの雰囲気は……制服の長袖のブラウスかな。


「学校のブラウスです。これを白衣みたいに羽織りましょうか」

「うんっ!」


 なるほど。ブラウスを白衣に見立てるわけか。

 その後、氷織は愛莉ちゃんにブラウスを羽織らせる。袖が長いので何度か折り曲げて愛莉ちゃんの両手が出るようにする。ブラウスを羽織り、ピンクの聴診器を首にかけているので小さなお医者さんのように見える。


「うん、いい感じですね」

「あらぁ、可愛いじゃない! 小さなお医者さんね」

「俺も同じことを思ったよ」

「似合っているッスよ!」


 俺達に褒められて嬉しいのか、愛莉ちゃんは「えへへっ」と嬉しそうに笑う。そんな姿も可愛らしい。

 とても可愛いという理由で、火村さんは愛莉ちゃんにお願いして、お医者さんのコスプレをした愛莉ちゃんをスマホで撮影した。火村さんは画面と愛莉ちゃんを交互に見ながら興奮していた。


「では、そろそろ始めましょうか」

「そうだな。この部屋を診察室に見立ててやろう。だから、俺と氷織、火村さんは廊下に出よう」

「それがいいわね」

「了解ッス。準備ができたら、看護師役のあたしが呼びに行くッス」

「分かった」


 俺は氷織と火村さんと一緒に廊下に出る。

 今度はお医者さんごっこか。愛莉ちゃんは何度もやったことがあるし、おもちゃの聴診器を持ってくるほどだ。どんな感じになるのか楽しみだ。


「お母さん……お父さん……辛いよ……」

「もう始まってるのか」


 ついツッコんでしまった。

 火村さんは辛そうな表情をして、母親役の氷織の腕を横から抱きしめている。数日前に体調を崩したのもあってか、具合が悪そうな様子が伝わってくる演技をしているな。

 氷織は優しく微笑みながら火村さんの頭を撫でる。


「体が熱いですもんね。先生に診てもらいましょうね」


 火村さんに合わせてか、氷織は母親の演技を始める。おままごとのときといい、氷織はいい演技をするなぁ。母親になったらこんな感じなのかなって思わせてくれる。


『愛莉先生。次の患者さんを呼びますね』

『はーい!』


 部屋の中から、葉月さんと愛莉ちゃんのそんな会話が聞こえた。看護師役になりきっているのか、葉月さんの口調も普段とは違うな。

 そろそろお医者さんごっこのスタートか。

 2人の会話が聞こえてすぐ、部屋の扉が開く。中から葉月さんが姿を現す。


「お待たせしました。青山恭子さん、診察室にどうぞ」

「は……はいっ」


 火村さん、ちょっと嬉しそうだ。名字が青山だからかな。

 俺達3人は親子だから、火村さんの名字を変えたんだ。火村さんは氷織のことが大好きだから青山にしたと。葉月さん、気が利く女の子だ。

 あと、火村さんのことを青山恭子と呼んだから、俺は今、青山明斗になっているのか。婿入りしたんだな、青山家に。それもあり得る未来の一つだよな。同じようなことを考えているのか、氷織の口角は結構上がっていた。


「さあ、行きましょうか」

「行こう、恭子」


 父親役として、後ろから火村さんの体を軽く支える。

 俺と氷織と火村さんは氷織の部屋の中に入る。

 愛莉ちゃんはベッドの側まで動かした勉強机の椅子に座っている。その姿も先生っぽいな。


「あちらの診察台に座ってください」


 そう言って、葉月さんは左手でベッドの方を指し示す。ベッドを診察台に見立てているのか。


「分かりました。恭子さん、行きましょう」

「うん……」


 俺達はゆっくりとした足取りでベッドへ向かう。

 ベッドに到着し、火村さんは腰を下ろした。火村さんの体を支えるため、氷織も火村さんの隣で腰を下ろす。俺は氷織の側に立つことに。

 お医者さんモードになったのか、愛莉ちゃんは真剣な様子に。


「しんさつをはじめます。どんなしょうじょうがありますか?」


 しっかりとした口調でそう話す愛莉ちゃん。お医者さんごっこが好きだと言うだけあって、何度もお医者さん役をやったことがあるのだろう。


「えっと……熱があります。今朝、39℃くらいありました。あとは体がだるくて、頭が痛いです。だから、結構辛いです」

「おねつがあって、だるくて、あたまがいたいんですね。このちょーしんきで、からだのようすをたしかめましょう。おなかをみせてください」

「恭子さん、服をちょっと上げますね」

「あたしも手伝います」


 氷織と葉月さんが、火村さんの着ているブラウスを少しめくり上げる。そのことで火村さんのお腹が露わに。海でビキニ姿を見ているし、お腹くらいなら見ていても大丈夫か。ただ、じっとは見ないようにしよう。

 愛莉ちゃんは聴診器の耳当てを両耳に装着し、聴診器を火村さんのお腹に何度か当てていく。真剣な様子なので、本当の医者のように見える。風邪を引いて、医者に行ったときってお腹とかに聴診器を当てられるよなぁ。


「おなかのほうは、とくにもんだいないですね」

「良かったです」

「そうだな」

「では、つぎはあたまを」

『頭?』


 愛莉ちゃん以外全員の声が揃う。頭に聴診器を当てられたことはないので、思わず声が出てしまった。きっと、氷織達も同じ理由だろう。3人の頭の上に『?』が浮かんでいる気がした。


「頭にも……聴診器を?」


 俺が問いかけると、愛莉ちゃんはこちらを向いて小さく頷く。


「あたまがいたいといっていたので」

「……な、なるほど」


 痛いと言っている箇所には聴診器を当てようという方針なのだろう、愛莉医師は。ただ、実際に聴診器を頭に当てる医者はいるのだろうか。頭部を調べるなら、CT検査やMRI検査な気がするけど。


「はい、おでこだしてくださーい」

「……髪、失礼しますね」


 葉月さんによって髪がかき上げられ、火村さんの額が露わに。綺麗な額である。

 愛莉ちゃんは火村さんの額に聴診器を当てていく。何ともシュールな光景だ。額に聴診器を当てられている火村さんは苦笑いしている。

 ただ、シュールさと、聴診器を当てられているのが火村さんなのもあって……ちょっと面白く感じてきた。笑ってしまわないように気をつけないと。ちなみに、氷織はいつもと変わらぬ優しい笑顔だけど、葉月さんはちょっと噴き出しそうになっている。


「あたまもおかしくないです。だいじょうぶです」

「頭も大丈夫でしたか。良かったです」

「よ、良かったわ。頭、ズキズキしていて痛いから」

「良かったよ。脳には特に影響がなかったということかな」

「なるほど、脳への影響があるかどうかを調べていたんですね。勉強になります。さすがは愛莉先生」

「えっへん」


 葉月さんに褒められたからか、愛莉ちゃんは胸を張ってドヤ顔になっている。愛莉ちゃんのドヤ顔は本当に可愛いな。俺と同じことを考えているのか、氷織も火村さんも葉月さんも優しい笑顔になっていた。


「これでしんさつはおわりです。かぜぐすりをだします。それとも、ちゅーしゃがいいですか? おくすりよりもはやくなおります」

「お薬がいいです。注射は怖いので……」


 火村さん、食い気味に注射を断ったな。お医者さんごっこ中だけど、嫌そうな表情をしているし。注射が苦手なのだろうか。そんなことを考えていると、氷織は俺に顔を近づけてきて、


「4月の健康診断のとき、恭子さんが採血の後に気分が悪くなっていたのを思い出しました」


 と、耳打ちしてきた。

 ああ……健康診断で採血あったな。注射が苦手な人だと気分も悪くなるか。男子のクラスメイトや友達にも気分を悪くしている奴がいたな。


「わかります。せんせいもちゅーしゃこわいです」


 と言って、愛莉ちゃんは火村さんと頷き合っている。どうやら、愛莉ちゃんも注射は苦手なタイプのようだ。


「では、おくすりをのんでなおしましょう」

「ありがとうございますっ」


 火村さん、喜んでお礼を言った。演技じゃなくて素のように見える。


「それでは、しんさつはこれでおわりです。おだいじに」

「お大事に」

「愛莉先生、ありがとうございました」

「娘を診察してもらってありがとうございました」

「ありがとうございました。恭子、氷織、行こうか」


 熱があって体がだるい設定なので、氷織と一緒に火村さんを立ち上がらせて、火村さんの体を支えながら部屋を後にした。


『おわりー!』


 部屋の中から、愛莉ちゃんの元気な声が聞こえてきた。俺達3人が部屋を後にしたから、お医者さんごっこもこれで終了か。

 部屋の中に入ると、愛莉ちゃんはニコニコ顔になっていた。そんな愛莉ちゃんの頭を葉月さんは明るい笑顔で撫でていた。


「おいしゃさんごっこもよかった! たのしかった!」

「あたしも看護師さんをやって楽しかったッス!」

「あたしも楽しかった。愛莉先生に癒やされたわ。あと、額に聴診器を当てられたのは初めてだったから、新鮮な気分だったわ。あと、沙綾に青山恭子って呼ばれたのが嬉しかった」

「ふふっ。私も楽しかったです。恭子さんの母親役でしたけど、風邪を引いた七海に付き添って病院に行ったときのことを思い出しました」


 みんなお医者さんごっこも楽しめたようで良かった。


「俺は今回、側にいることがメインだったけど、みんなの演技を見ていて楽しかったよ。あと、愛莉ちゃんはお医者さんになりきっていたね。特に火村さんに聴診器を当てている姿はお医者さんそのものだったよ」

「えへへっ。あきとくんにほめられてうれしい。ありがとう!」


 愛莉ちゃんはニッコリとした笑顔でお礼を言ってくれる。こんなにも可愛いお医者さんが実際にいたら、この笑顔に癒やされて、受診した患者さんの体調が良くなるんじゃないだろうか。

 愛莉ちゃんは将来、どんなお仕事をするのだろう。お医者さんごっこが好きだから、医療関係の仕事に就いたりするだろうか。実際に仕事をする姿を見てみたいものだ。できれば、そのときには愛莉ちゃんの親戚の一人になって。

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