第11話『おままごと』

 氷織のスマホによる写真撮影会が終わり、氷織は俺達3人のスマホにさっそく写真を送ってくれた。

 氷織から送ってもらった写真を見ると……愛莉ちゃんがとても可愛い女の子だと再認識する。氷織とのツーショット写真を見ると、従妹なのが納得できるほどに可愛いところが似ていて。

 和男と清水さんとビデオ通話で話したのもあり、氷織は愛莉ちゃんのみの写真と俺達5人が写っている写真を、いつもの6人のグループトークにも送信した。

 また、氷織は愛莉ちゃんのお母さんの友美さんにも、愛莉ちゃんが写っている写真を送り、火村さんや葉月さんとも一緒に楽しく過ごしているとメッセージも送ったそうだ。これで、友美さんもより安心できるんじゃないだろうか。


「これで、一通りの人に写真を送りました」

「お疲れ様、氷織」

「ありがとうございます。……愛莉ちゃん。これから何をして遊びましょうか?」

「どんなことでもいいわよ!」

「5人いるんで色々な遊びができそうッスね」

「そうだな、葉月さん」


 火村さんと葉月さんが来るまではアニメ鑑賞をしていた。愛莉ちゃんはそれを楽しんでいたので、引き続きアニメ鑑賞になるか。それとも、別の遊びをするか。どんなことでも、愛莉ちゃんを楽しませてあげたいな。


「おままごとやりたい! おままごとセットをもってきたの」


 おままごとか。愛莉ちゃんくらいの年齢の女の子の遊びの定番だな。おままごとセットを持ってくるほどだから、相当遊びたいことが窺える。


「おままごとですか。いいですね!」

「おままごとかぁ。小さい頃にやったわ」

「あたしもッス」

「私も七海や友達と一緒に遊びましたね。懐かしいです」


 氷織も火村さんも葉月さんも、女の子だけあって小さい頃におままごとで遊んだことがあるか。


「明斗さんは遊んだことはありますか?」

「幼稚園の頃に姉貴や姉貴の友達と一緒にやったことがあるよ」

「ふふっ、そうですか。では、この5人でおままごとをしましょう」

「うんっ!」


 おままごとをすることに決まったからか、愛莉ちゃんはとても嬉しそう。

 おままごとをするのは10年ぶりくらいだ。愛莉ちゃんはもちろん、氷織達も楽しませられたらと思う。

 愛莉ちゃんは部屋の端に置いてあるリュックのところへ行き、取っ手付きの赤い箱を取り出す。あれがおままごとセットなのかな。

 愛莉ちゃんは赤い箱をローテーブルに置き、蓋を開ける。その中にはプラスチックの食器や何種類ものの料理、調理器具など色々なものが入っている。


「これがおままごとセットか」

「色々な道具が入っているッスね」

「懐かしいわぁ。あたしもこういう道具を使っておままごとをしたわ」

「私もやりました。今も七海の部屋にあったと思います。このおままごとセットを使っておままごとをしましょうか」

「うんっ!」


 このおままごとセットがあれば、楽しくおままごとができそうだな。


「愛莉ちゃんは何かやりたい役はありますか? 遠慮なく言ってください。私達にしてほしい役でもいいですよ」

「うんっ。おとうさんやくはあきとくん、おかあさんやくはひおりちゃんがいいな」

「いいじゃない、愛莉ちゃん」

「2人はカップルッスからね。お父さん役とお母さん役は2人がピッタリだと思うッス」


 火村さんと葉月さんが賛同したからか、愛莉ちゃんは嬉しそう。


「私、お母さん役やりたいです。明斗さんがお父さん役ならもっとやりたいです」

「そうか。氷織がお母さん役なら、俺がお父さん役をやりたいな」

「じゃあ、おとうさんやくはあきとくん、おかあさんはひおりちゃんね!」

「分かりました!」

「分かった」


 お父さん役か。氷織がお母さん役だから、氷織の夫役でもあるのか。そう考えると、よりやる気になってきたぞ。


「あたし達3人はどうしようか。みんなで子供役がいいかな?」

「そうだね! あたしたちでさんしまい!」

「3姉妹いいッスね! あいりんは長女、次女、三女どれがいいッスか?」

「さんじょ! ふたりがおねえちゃんになってほしいから!」

「分かったわ。愛莉ちゃんが三女ね。あたしと沙綾、どっちが長女になってほしい?」

「う~ん……きょうこちゃんかな。きょうこちゃんのほうがせがたかいから!」


 背が高いから長女……単純で可愛い理由だ。俺と同じようなことを思っているのか、火村さん、葉月さん、氷織はみんなほんわかとした笑顔になっている。


「分かったわ。じゃあ、あたしが長女で、沙綾が次女ね」

「了解ッス、ヒム子お姉ちゃん」

「……な、なかなかいいわね。沙綾にお姉ちゃんって呼ばれるの」


 愛莉ちゃんと触れ合っているときほどではないけど、火村さんはニヤリとしている。お姉ちゃんと呼ばれることに憧れを抱いているのかな。火村さんには妹や弟がいないから。


「配役はこれで決まりですね。……愛莉ちゃん、どういう場面をみんなでやりましょうか」

「おとうさんがおしごとからかえってきて、みんなでゆうごはんをたべることがおおいよ」

「王道ですね。お料理のおもちゃもいっぱいありますもんね。今回もそれをやってみますか?」

「うんっ!」

「分かりました。お父さんが帰ってくるところからのスタートですから、明斗さんは一旦部屋を出てください。準備ができたら『スタート!』と声をかけますから」

「分かった」


 氷織の部屋を家に例えるってことか。

 俺は氷織の部屋から出る。これまでずっと涼しい部屋の中にいたから、廊下は結構熱く感じるな。

 氷織が妻で、子供が3人いる。これはあり得る未来の一つだ。そう考えると、おままごとだけじゃなくて、将来の予行演習のようにも思えてきて。ドキドキしてきた。


『スタート!』


 部屋の中から、4人の可愛らしい声が聞こえてきた。

 さあ、愛する氷織の夫であり、3人の可愛い愛娘達のお父さん役を演じよう。そして、それを楽しもうじゃないか。

 俺は氷織の部屋の扉を開ける。


「ただいま」

『おかえり~』


 部屋の中に入ると、クッションに座っている氷織達4人がこちらを向いてそう言ってくれる。みんな笑顔で言ってくれるから癒やされるなぁ。

 氷織はクッションから立ち上がって、俺の目の前までやってくる。


「おかえりなさい、あなた。今日もお仕事お疲れ様でした」


 優しい笑顔で氷織はそう言ってくれる。話し方も自然だし、まるで本当の夫婦になって一緒に住んでいるかのようだ。さすがは氷織というべき演技だ。


「ありがとう、氷織。愛する妻の氷織と娘達の顔を見たら仕事の疲れが取れたよ」

「ふふっ、嬉しいです。今日もお仕事を頑張ったあなたに……お、おかえりのキスをしたいです」

「……おかえりのキスか」


 ラブラブな夫婦っぽいな。あと、頬をほんのりと赤くしながらキスをおねだりする氷織が可愛らしい。

 ただ、火村さんと葉月さんと愛莉ちゃんが、こちらをじっと見ている中でするのは……何だか恥ずかしいな。

 それに、火村さんと葉月さんはともかく、愛莉ちゃんに俺達がキスする姿を見せるのは刺激が強いような。さっき、和男が清水さんを抱き寄せただけで、黄色い声を上げるほどだし。


「お父さんとお母さんはラブラブだから、キスするところを見たーい」

「ヒム子お姉ちゃんに賛同ッス! あいりんはどうッスか?」

「わたしも、おとうさんとおかあさんがキスするのみたい!」


 火村さんと葉月さんと愛莉ちゃんもとい娘達は、ワクワクとした様子で俺達のことを見ている。この様子なら、愛莉ちゃんもキスしている俺達を見ても大丈夫そうか。


「……しよう。おかえりのキス。氷織とキスしたいし、疲れがもっと取れそうな気がするし」

「はいっ。今日もお仕事頑張りましたね。おかえりなさい、あなた」


 嬉しそうな笑顔でそう言うと、氷織は俺のことをそっと抱きしめて、おかえりのキスしてきた。


「きゃーっ! ラブラブー!」


 氷織とキスした瞬間、愛莉ちゃんの黄色い声が響き渡る。6歳の女の子とはいえ、そういう反応をされると照れくさいな。


「お父さんとお母さん今日もラブラブッスね!」

「本当にラブラブね。あたしまでドキドキしてくる」


 葉月さんと火村さんからもコメントされたので、照れくさい気持ちがより強くなって。

 キスし始めてから10秒ちょっとで、氷織から唇を離した。俺と同じような気持ちを抱いているのだろうか。氷織は頬をほんのりと赤くしながらはにかんでいた。そんな氷織も可愛くて。もし、2人きりだったら、ここで俺からキスしていたと思う。

 3人の子供達の方を見ると……愛莉ちゃんはワクワクとした笑顔で、葉月さんはいつも通りの明るい笑顔で、火村さんはちょっと興奮した様子で俺達のことを見ていた。3人とも笑顔になっているから、氷織とここでキスして良かったのだろう。


「あなた」

「うん?」

「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……わ、私にしますか?」


 氷織は俺の目を見つめながらそう言ってきた。おままごととはいえ、その問いかけはとてもグッとくるものがある。氷織は今も俺のことを抱きしめているし。ドキッとして体が熱くなってきた。氷織と2人きりなら、氷織を選んでベッドに連れて行くところだけど、


「ご飯にしようかな。仕事をしてお腹がペコペコで」

「分かりました。今日は物凄く料理を頑張って、色々な夕ご飯を作りましたよ」

「そうなんだ。楽しみだな」


 愛莉ちゃんが持ってきたおままごとセットには、様々な種類の料理があったからな。だから、氷織は物凄く頑張ったと言ったのだろう。

 氷織と一緒にローテーブルに行き、クッションに隣同士に座る。また、俺達の向かい側には葉月さん、愛莉ちゃん、火村さんの並びで座っている。

 ローテーブルにはオムライス、ハンバーグ、カレーライス、グラタン、ラーメンと5種類のプラスチック料理が置かれている。5人いるから5種類用意したのだろう。


「わぁ、5種類も作ったんだね。頑張ったね。どれも美味しそうだなぁ。これを一度に作るとは、さすがはお母さん」

「ふふっ、嬉しいです。お父さんはどれが食べたいですか?」

「どれも美味しそうだから迷っちゃうなぁ。もし、お母さんも恭子も沙綾も愛莉も食べたい料理があったら、先に選んでいいよ」

「ありがとう! じゃあ、わたしはハンバーグにする!」

「あたしはカレーライスにしようかしら」

「あたしはグラタンにするッス」


 と、子役3人は自分の食べたい料理と、その料理を食べるのに適した箸やフォーク、スプーンといったカトラリー類を手にする。


「オムライスとラーメンか。お母さんはどっちがいい?」

「私は……オムライスにしましょう」

「……お母さん、オムライスが大好きだもんな」


 1学期の中間試験開けに行った映画デートの帰りに、お昼ご飯でオムライスを食べた。そのとき、氷織はとても美味しそうにオムライスを食べていたから。

 氷織も当時のことを思い出しているのだろうか。氷織はとても柔らかな笑顔になって、オムライスとスプーンを自分のすぐ近くまで動かしていた。


「じゃあ、お父さんはラーメンだ」


 俺はプラスチックのラーメンと箸を自分のすぐ近くまで動かす。スープの色からして味は醤油だろうか。


「それじゃ、みんな手を合わせましょう。いただきますっ」

『いただきまーす』


 氷織の号令で、俺達は夕ご飯を食べ始める。もちろん演技である。

 保育園児向けのおままごとセットなので、ラーメンのどんぶりも箸もちっちゃいな。だから持ちにくくて。昔、姉貴とその友達に付き合わされたときも、おままごとセットを使って食事の演技をしたけど、あのときは持ちやすかった。大きくなったらできることは増えるけど、やりにくくなることもあるんだな。そのことがちょっと面白いと思いつつ、ラーメンを食べる演技をした。


「うん。ラーメン美味しい」

「ハンバーグもおいしいよ!」

「グラタンも美味しいッス」

「カレーライス最高だわっ! さすがはお母さん……」


 愛莉ちゃんも葉月さんも火村さんも演技が上手だな。特に火村さんは凄く喜んでいるし。お母さん役の氷織が作った設定だから感情を込めているのかも。


「美味しく作れて良かったです。オムライスも美味しくできてます~」


 優しい声色でそう言うと、氷織はモグモグと口を動かして柔らかな笑顔を見せる。普段、美味しいものを食べているときの笑顔にそっくりだ。だから、気持ちが温かくなっていて。氷織の演技の凄さを実感する。

 お泊まりのときを中心に、互いの家で氷織と隣同士で座って食事をすることは何度もある。そのときに正面にいるのはどちらかの両親で。いつかはこうして、俺達の子供と向かい合って食事をするようになれると嬉しいな。


「ねえねえ、おとうさん、おかあさん」

「うん、どうした? 愛莉」

「どうかしましたか?」

「おとうさんとおかあさんはラブラブだけど、どんなところがすきなの?」


 ニコニコ顔でそう問いかけてくる愛莉ちゃん。

 まさか、俺と氷織の好きなところを訊いてくるとは。まあ、さっきキスして、俺達のラブラブさを示したからなぁ。お父さんお母さんと呼んでいるけど、愛莉ちゃんの様子からしておままごと関係なく気になるのだろう。これまで、愛莉ちゃんにお互いの好きなところは全然話していなかったし。

 火村さんと葉月さんは互いに視線を合わせるとニヤリと笑い、


「あたしも気になるぅ~!」

「聞かせてほしいッスね~! 今日はお父さんとお母さんの結婚記念日ッスから!」

「……そ、そう! 結婚記念日だからっ!」


 そう言いつつ、火村さんは葉月さんに向かって右手でサムズアップする。

 今はおままごと中だから、結婚記念日という体で、俺と氷織に互いの好きなところを聞き出そうとしているのか。火村さんの今の反応からして、結婚記念日設定は葉月さんがたった今思いついたようだ。機転が利くな。

 氷織の方を見ると……頬を赤くして、俺の方をチラチラと見ている。この様子だと、緊張とか照れくささですぐには言えないかもしれない。


「じゃあ、お父さんから言おうかな。お母さん、それでいい?」

「は、はいっ」


 そう言うと、氷織は体ごと俺に向けてくる。


「お母さん……氷織の好きなところはいっぱいあるよ。ただ、優しいところと、笑顔を中心に可愛いところが特に好きだな」


 氷織を中心に、4人のことを見ながら氷織の好きなところを言った。

 頬を中心に赤くなっている氷織の顔に、とても嬉しそうな笑みが浮かんだ。今の笑顔も可愛いよ。


「そうなんだね!」

「お父さんの言うこと分かるわぁ」

「優しいし、笑顔中心に可愛いッスからね」


 3人とも、俺の言った内容に満足してくれたようだ。良かったぁ。

 

「好きなところを言ってもらえて嬉しいですっ。では、私も」

「ああ」


 さっきの氷織に倣って、俺も体ごと氷織の方に向ける。


「私もお父さん……明斗さんの好きなところがいっぱいあります。ただ、その中でも、優しいところと、笑顔が特に好きです。明斗さんの笑顔を見ると楽しくなったり、幸せになれたり、安らげたり、ドキドキできたりしますから」


 氷織は持ち前の優しい笑顔で、俺を中心に4人のことを見ながらそう言ってくれた。


「そうなんだね!」

「お母さんの言うことも分かるわぁ」

「お父さん優しいッスからね。お父さんと一緒にいるお母さんは楽しそうだったり、幸せそうだったりするッスから」

「……嬉しいよ、お母さん」


 こうして氷織から好きなところを言われると、照れくささもあるけど、凄く嬉しい気持ちになるな。


「おとうさんとおかあさんのすきなところがわかってうれしい! とってもラブラブだね!」

「ラブラブですよ! これからもずっと一緒にいましょうね、あなた」

「ああ。ずっと一緒にいような」


 俺はそう言い、氷織にキスした。その瞬間、愛莉ちゃんは「きゃあっ」と黄色い声を出して。

 唇に一瞬触れる程度のキスだけど、唇を離すと、氷織はとても嬉しそうな笑顔を向けてくれた。それがとても可愛くて、嬉しくて。

 愛莉ちゃんのご希望のおままごとは、ドキドキしつつもとても温かい気持ちになれた。

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