第10話『付け合った愛おしい印』

 お風呂から出た俺達はリビングにいる亮さんと陽子さんにお風呂が空いたことを伝えた。その際、陽子さんが、


「娘カップルを見習って、今日は私達も一緒に入りましょうよ」


 と、亮さんをお風呂に誘っていた。亮さんはそれを受け入れていたけど、俺達がいる前だからかちょっと照れくさそうだった。そんな2人を見ていると、お風呂では夫婦水入らずのいい時間を過ごしそうな気がした。

 氷織の部屋に戻り、髪を乾かしたり、氷織は化粧水や乳液でスキンケアしたりするなど、入浴後の習慣になっていることをこなす。また、髪についてはドライヤーを使ってお互いの髪を乾かし合った。


「これでスキンケアも終わりですね」

「お疲れ様」


 お風呂から出たとき以上に肌が潤っているな。日頃からスキンケアをしっかりとやっているのが、氷織が美肌である秘訣なのだろう。また、半袖の青い寝間着姿がとても可愛いのもあって、スキンケア中はずっと氷織を見つめた。眼福だ。


「今は……9時40分過ぎか。これから何をしようか」


 氷織の目を見ながらそう問いかける。

 ちなみに、氷織が俺の家に泊まったときは……入浴後すぐに氷織と肌を重ねたんだよな。あのときのことを思い出したらドキドキしてきた。氷織も同じなのか、頬を赤らめながら俺をチラチラと見ている。


「えっと、その……」


 そう言うと、氷織の頬の赤みがさらに強くなっていく。その赤みは顔全体に広がっていって。もじもじしている様子から、氷織が何をしたいのか容易に想像がつく。


「……えっちしたいです」


 氷織はそう言うと顔の赤みがもっと強くなる。熟れたトマトやりんごにも勝てそうなくらいに。氷織の放った言葉の威力が凄すぎて、思わず「おおっ」変な声が漏れてしまう。

 やっぱり、俺と肌を重ねることだったか。ただ、さっきの様子からして、


『明斗さんの家でお泊まりした夜と同じことをしたいです』


 といったように、ちょっと遠回しな表現で言うと思っていた。直接的だとしても、


『明斗さんとまた肌を重ねたいです』

『最後までしたいです』


 という感じで言うのかと。まさか、えっちしたいとドストレートに言うとは。そのことで胸が鷲掴みされてキュンキュンしちゃってる。俺の恋人……物凄くえっち可愛いな。


「ど、どうですか? 明斗さん」

「もちろんいいよ。ここに泊まることが決まってから、夜になったら氷織としたいって思っていたから。それに、氷織の家に泊まるときは、寝る前に肌を重ねようって約束したし」

「明斗さんの家に泊まったときに約束しましたね。覚えていてくれて嬉しいです」


 依然として真っ赤な氷織の顔に、言葉通りの嬉しそうな笑みが浮かぶ。氷織がとても可愛くて、俺は氷織をしっかりと抱きしめる。


「今夜もたくさんしような」

「はいっ。あと、している最中でも前後でもいいのですが……明斗さんとキスマークを付け合いたいです」

「キスマーク?」

「ええ。昨日買った恋愛漫画にキスマークを付け合うシーンがあって。そのシーンを読んだら、明斗さんと付け合いたくなって」

「そうなんだ」


 漫画のシーンに憧れたり、登場人物に自分達を重ねたりしたんだろうな。俺も氷織とお試しで付き合い始めた頃から、ラブコメ作品を読むと「氷織と俺だったら……」って考えることもある。だから、氷織の気持ちも分かる。

 キスマークを付け合いたくなったシーンが気になったので、氷織に見せてほしいとお願いする。氷織はナイトテーブルに置かれた漫画を手に取り、該当のページを開いて俺に渡してくれた。

 漫画を見てみると……制服姿の女子が男子から胸元を吸われ、キスマークを付けられている。氷織曰く、この2人はカップルになった直後らしい。そして、


『俺の女だっていう印を付けたかったんだよ』


 照れくさそうに言う男子のこのセリフに氷織はキュンときて、俺とキスマークを付け合いたくなったとのこと。


「なるほどなぁ。これなら、氷織が俺とキスマークを付け合いたくなるのも納得だ。俺も氷織にキスマークを付けたくなった」

「ふふっ、そうですか。そう思ってもらえて良かったです。お泊まり中に付けて合おうって思ったんです」

「なるほどね。じゃあ、キスマークを付け合おうか。せっかくなら同じ場所に」

「いいですねっ!」


 氷織は元気よく、そして嬉しそうに返事した。同じ場所に付けようと提案したのが良かったのかもしれない。


「キスマークを付けたい気持ちが膨らんできているし……今付けようか。している最中だと、そっちの方に集中しちゃいそうだし」

「分かりました。では、どこに付けましょうか?」

「そうだな……キスマークって胸元や首筋に付けるイメージがある」

「この漫画も胸元ですもんね。他の漫画でも、胸元や首筋にキスマークを付けるシーンを見たことがありますね」

「そうか。氷織は付けたい場所ってある?」

「胸元がいいですね。胸元のキスマークは漫画の男の子が言うように、所有や独占の意味がありますし。あと、胸元なら服で隠しやすいですからね。明斗さんはバイトしてますし、隠しやすい場所の方がいいと思います」

「なるほど」


 キスマークを見つけられたら、周りがどんな反応をするか分からないしな。

 それに、俺はカフェで接客しているし、お客様や同僚が見つけたらいい印象を抱くことはほぼないだろう。服とかで隠しやすい場所に付ける方が無難か。

 あと、彼氏として氷織のことを独占したい気持ちもあるし、氷織に独占されたいから胸元がいいだろう。


「分かった。じゃあ、胸元に付けよう」

「分かりました。服で隠しやすくするために……左の胸元に付けましょう」

「それがいいな」

「では……まずは私が明斗さんに付けますね」

「分かった。お願いします」


 俺は寝間着のボタンをいくつか外し、左側の部分をめくる。

 俺の素肌が見えたからだろうか。それとも、これからキスマークを付けるからだろうか。氷織は頬を赤く染めながら喉を鳴らした。


「で、では……失礼しますね」

「ああ」


 氷織は俺の体に顔を近づけてくる。吐息や鼻息がくすぐったい。

 それから程なくして、左の胸元に生温かい感触が。そして、

 ――ちゅーっ。

 という音と共に、左の胸元が吸われている感覚に。きっとキスマークを付けているのだろう。こういう感覚は未知のものだけど、氷織がもたらしているものなので決して嫌だったり、気持ち悪かったりはしない。

 10秒ちょっとで吸われる感覚はなくなった。果たして、キスマークは付いたのだろうか。


「……赤く付きました」


 氷織がそう言うので左の胸元を見ると……さっきはなかった赤い痕が付いていた。


「綺麗に付いてるね。氷織に付けられたから愛おしく思える」

「ふふっ、そうですか。良かったです。普段から明斗さんの体は色気を感じますが、キスマークがあるとより強く感じますね」

「ははっ、そうか。じゃあ、今度は俺が氷織に付ける番だな」

「はいっ」


 氷織も寝間着のボタンをいくつか外して、左側の方をめくる。そのことで氷織の綺麗な左の胸元が露わに。付けている下着が黒いので、氷織の肌の白さが際立つ。

 これからキスマークを付けるのもあってかなりドキドキする。顔中心に体が熱い。きっと、今の氷織以上に顔が赤くなっているんだろうな。


「じゃあ、付けるよ」

「お願いします」


 俺は氷織の左の胸元に顔を近づけ……氷織の胸が膨らみ始めている場所に唇を当てる。

 ――ちゅーっ。

 キスマークを付けるため、唇を当てた箇所を吸い付ける。その瞬間に氷織の「あっ」という甘い声が聞こえ、体がピクッと震えた。そういう可愛い反応をされると、もっと強く吸いたくなる。でも、どんな痕になってしまうのか不安なのでその欲を抑える。

 さっきの氷織と同じように、10秒ほど吸って一旦、唇を離した。俺の吸い付けたところには……うん、赤い痕がしっかり付いている。こうして見てみると、氷織の肌が白くて綺麗だから結構目立つ。服で隠れる場所に付けて正解だったな。


「氷織にもキスマーク付いたよ」


 俺がそう言うと、氷織は視線を下げて自分の左の胸元を見る。キスマークがついているのが確認できたのか、氷織はすぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、明斗さん。初めてのキスマークですから嬉しいです。愛おしく思えると明斗さんが言ったのが分かります」

「そう言ってくれて嬉しいな。ちゃんと付けられて良かったよ」

「上手だったと思います。あと……吸われるのが気持ち良かったです」


 ふふっ、と氷織ははにかんだ。


「初キスマーク記念に写真を撮りましょう」

「おっ、いいね」


 氷織はローテーブルに置いてある自分のスマホを手に取り、俺に寄り添うような姿勢に。

 俺と氷織のキスマークが見えるように調整して、氷織のスマホでツーショットの自撮り写真を撮った。


「いい感じに撮れました」


 氷織のスマホを見ると、画面にはツーショット写真が映っている。俺と氷織のそれぞれの胸元にある赤いキスマークもはっきりと。


「いい感じに撮れたね」

「ええ。LIMEで明斗さんに送っておきますね」

「ありがとう」


 それからすぐに、ローテーブルに置いてある俺のスマホのバイブ音が響く。

 さっそく確認すると、LIMEの氷織との個別トークに今撮った写真が送られてきていた。その写真をスマホに保存する。


「これで大丈夫だな。ありがとう」

「いえいえ。……明斗さんとキスマークを付け合ったら、えっちしたい気持ちが強くなりました」

「俺もだよ、氷織。じゃあ……しようか」

「はいっ」


 可愛らしい声で返事すると、氷織は俺を抱きしめキスをした。




 それから、俺と氷織は主にベッドの中で肌を重ねた。

 家に帰ってきてから、浴室や洗面所で一糸纏わぬ氷織の体をたくさん見たけど、部屋の中で見ると凄くドキドキする。左の胸元にキスマークがついているから、これまで以上に艶やかな印象になって。だから、氷織のことをもっと求めていく。

 自分から誘うだけあり、氷織が積極的になることが何度もあり、リードしてくれることもあって。そんな氷織は特に可愛くて。

 俺の家に泊まったときと同じように、肌を重ねている最中は「好き」とか「愛している」という言葉をたくさん囁き合い、唇や体にたくさんキスし合った。そのときを中心に見せてくれる氷織の笑顔は本当に素敵だと思った。




「今夜もとても気持ち良かったですね」

「そうだね。この前以上に気持ち良かったよ」

「私もです。いっぱいしちゃいましたね」


 氷織は笑顔でそう言うと、俺の左腕を抱きしめる力をより強くする。そのことで氷織からの伝わる温もりも強くなって。何も服を着ておらず、胸元までふとんがかかった状態だけど、今はこれがちょうどいい温かさに思える。

 壁に掛かっている時計を見ると、もう日付を越えて午前0時半だ。たくさんしたから、もうこんな時間になっていたんだ。


「明斗さんが胸と腋が大好きなのを再確認しました」

「……凄く魅力的だからな。俺好みだよ」


 正直にそう言うと、氷織は可愛らしく「ふふっ」と笑った。


「氷織も俺の首筋とか胸元とかたくさんキスしていたよな」

「……だって、凄く私好みなんですもん」


 そう言い、氷織は俺に向かってはにかんだ笑顔を見せる。こういう笑顔もまた素敵でキュンとなる。


「私のベッドで肌を重ねるという約束を果たせたのが嬉しいです」

「俺も嬉しいよ。氷織のベッドだから、この前よりも氷織を感じられたよ」

「そうでしたか。いつも自分が寝ているベッドで、大好きな恋人と愛し合える。これって凄く幸せなことなんだって思いました」


 そう話すと、氷織の頬が紅潮する。ベッドライトしか明かりを灯していない今の状況でも分かるほどに。そんな彼女の顔には幸せそうな笑みが。今の言葉と氷織の笑顔で俺も幸せな気持ちになっていく。


「そうか。俺も……氷織が泊まりに来たときには同じことを思ったよ」

「そうだったんですね」

「うん。あと、今回……恋人がいつも寝ているベッドで、恋人と肌を重ねられて幸せだよ。あと、胸元にキスマークを付けると所有や独占の意味があるって言ったよね」

「ええ」

「氷織にキスマークを付けて、肌を重ねたら……今まで以上に氷織を誰にも渡したくないって思ったよ。もちろん、俺は氷織だけのものだから」

「明斗さん……」


 俺の名前を呟くと、氷織は嬉しそうな笑みを浮かべ、キスマークを付けた左の胸元、俺の唇という順番でキスしてくる。


「凄く嬉しいです。私も明斗さんを誰にも渡したくないです。そして、私も明斗さんだけのものですからね」


 決して大きな声ではない。でも、氷織の声には力強さがあって。だからこそ、今の言葉を聞いて、とても嬉しくて温かな気持ちになれる。

 さっきの氷織のように、左の胸元と唇にキスする。どちらも唇が触れたのは一瞬だったけど、氷織の温もりはしっかりと感じられた。


「ありがとう。氷織、大好きだよ」

「私も大好きですっ」


 持ち前の柔和な笑みを浮かべながら、氷織はそう言ってくれる。そのことで、胸に抱いている温かな気持ちがさらに膨らんで。


「じゃあ、そろそろ寝ようか」

「はいっ。では、おやすみなさい」

「おやすみ」


 おやすみの言葉をかけ合うと、氷織は目を瞑り、唇を少しすぼめる。おやすみのキスをしてほしいってことかな。

 俺からおやすみのキスをすると、氷織は少し目を開けてニッコリと笑いかけ、再び目を瞑る。俺の左腕がいい抱き枕になっているのだろうか。それとも、たくさん肌を重ねたからだろうか。目を瞑ってすぐに可愛い寝息が聞こえてきた。

 ベッドライトを消して、俺も目を瞑る。

 バイトに七夕祭りに氷織の家でのお泊まり。今日は本当に盛りだくさんな一日だったな。一日の最後まで氷織の温もりや甘い匂い、柔らかさを感じられることに幸せだと思いながら眠りに落ちていくのであった。

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