第9話『氷織とお風呂-後編-』

 髪と体を洗い終わったので、俺は氷織とポジションを入れ替わる形に。バスチェアに座る氷織の後ろに膝立ちする。

 長い銀髪で背中の結構な部分が隠れているけど、それでも氷織の背中が綺麗なことは十分に伝わってくる。

 髪を洗う直前だし、さっきまで3時間近くお団子ヘアーにしていたのに、氷織の銀色の髪は真っ直ぐで綺麗だ。日頃からケアをしっかりとしている賜物だろう。


「氷織。髪と背中……どっちからする?」

「髪からお願いします。バスラックにある桃色のボトルがリンスインシャンプーですので、それで洗ってもらえますか」

「分かった」


 シャワーで氷織の髪を丁寧に濡らし、氷織がいつも使っているリンスインシャンプーで髪を洗い始める。

 長髪なのもあって、俺よりもかなりボリュームがあるな。このボリュームでも綺麗に保てているのだから凄い。髪が傷まないように気をつけて洗っていかないと。

 あと、このシャンプーの匂いは頭を撫でたり、抱きしめたりするときを中心に感じるので馴染みがある。


「どうかな、氷織」

「気持ちいいです。今のような感じでお願いします」

「了解」


 氷織に気持ちいいと思ってもらえて良かった。


「以前、明斗さんの家でお風呂に入ったときにも思いましたが、明斗さんは髪を洗うのが上手ですよね。私のように、ご家族の髪を洗っていたのですか?」

「ああ。俺が小学3年生までの間だけど、姉貴にな」

「そうだったんですね。小学3年生ということは……8年前ですか。それほどのブランクがあるのに、こんなに上手だなんて。明斗さんは凄いですね」

「ありがとう。まあ、小3までは結構一緒に入っていたからな。そのときは髪を洗うことが多かったし。今の氷織みたいに気持ちいいって言ってくれて」

「なるほどです。きっと、たくさん経験したことで、今でも両手が覚えていたんですね」

「そういうことだろうな。あと、両手が覚えていたっていうの、何かかっこいいな」

「ふふっ、そうですね」


 鏡には楽しそうに笑っている氷織が映る。そんな氷織の笑い声につられて、俺も声に出して笑う。

 そういえば、姉貴とも髪を洗ってあげながら、こうやって楽しく話をしたっけ。共通して知っている漫画やアニメの話を中心に。鏡越しにお互いの顔を見ながら笑い合って。

 姉貴と一緒に風呂に入ったのは小3の頃が最後だけど、今後、一緒に入ることはあるのだろうか。……一時期は鳴りを潜めていたブラコンが復活しているから、意外と近いうちに入ったりして。


「さあ、氷織。シャワーで泡を落とすから、しっかりと目を瞑ってね」

「はいっ。泡を流したら、タオル掛けにかかっている青いタオルで髪を拭いてください」

「分かった」


 氷織が目を瞑ったのを確認して、俺はシャワーで氷織の髪に付いているシャンプーの泡を落としていく。長髪だから、流れる泡の量も結構多いな。

 泡を全て落とし、タオル掛けにかかっている氷織の青いタオルを使って、氷織の髪を丁寧に拭いていく。タオルで拭いただけなのもあるけど、洗う前と比べて氷織の髪に艶やかさが増している。


「よし、これで一通り拭き終わった。このくらい拭けば大丈夫かな」


 俺が問いかけると、氷織は自分の髪を軽く触る。


「はいっ、大丈夫です。ありがとうございます。では、ヘアグリップで纏めますね」


 そう言うと、氷織は洗い終わった髪を纏めていく。日頃やっているのか慣れた手つきに見える。そんな氷織の姿はとても綺麗で。黙って鏡越しで見入ってしまう。

 とても長い髪だけど、氷織はスムーズに髪を纏めて、ヘアグリップで留めた。そのことで氷織の白くて綺麗な背中が全て露わになる。その後ろ姿にとても色気を感じられ、ドキッとする。


「これで髪は大丈夫ですね。では、次は背中をお願いします」

「ああ、分かった」

「ボディータオルもタオル掛けにかけてあります。その水色のやつです」


 氷織は少しだけこちらに振り返り、右手の人差し指でタオル掛けの方を指さす。指さす先には水色のボディータオルがある。俺はそのボディータオルを手に取った。


「これ?」

「そうです。濡らして、ボディーソープを泡立てるので私にください」

「うん」


 氷織に水色のボディータオルを渡す。

 氷織はお湯の張った洗面器でボディータオルを濡らし、ボディーソープを泡立てていく。そのことで再びピーチの香りが。これから氷織の背中を流すからだろうか。さっきより甘く感じる。


「はい、明斗さん」


 俺は氷織から泡立ったボディータオルを渡される。


「じゃあ、背中を洗っていくよ」

「はい、お願いします」

「洗いやすくするために、肩や背中、脇腹あたりを触ることがあるかもしれない」

「分かりました。事前に行ってもらえると心構えができます」


 鏡越しで俺に微笑みかけながらそう言う氷織。前触れなく背後から触られるのが苦手なのかもしれないな。

 ボディータオルを使って氷織の背中を洗い始める。俺の誕生日の翌朝、一緒に入浴したときに洗ったときの力加減を思い出しながら。


「氷織。どうだ?」

「とても気持ちいいですよ。今の感じで洗ってください」

「分かった」


 氷織が気持ちいいと思ってもらえる洗い方で良かった。本当に気持ちいいようで、「あぁ……」とか「気持ちいい……」と甘い声を漏らすことも。

 また、氷織の背中を洗っている途中、肩や背中に手を置くことも。ただ、前もって言っていたからか、手が触れた瞬間に氷織が嫌そうな反応することはない。


「明斗さん、背中を流すのが本当に上手ですよね」

「ありがとう」

「これも明実さんと一緒に入浴していたことで身に付けた技術ですか?」

「そうだな。背中を流してあげることも多かったよ」

「やっぱり。あと、背中を流してくれるのが明斗さんだと安心しますね。七海だと、突然指で背中をなぞられたり、脇腹をツンツンされたりすることがあって。それがくすぐったくて。しつこくて、七海から背中を洗ってもらうのを拒否した時期もありましたね。まあ、大きくなってからは全然しなくなりましたが」

「ははっ、そっか。俺も姉貴に背中を洗ってもらったとき、そういういたずらをされていたことがあったよ。背中を洗ってもらうのが不安で仕方なかったな」

「分かります」


 うんうん、と氷織は何度も頷いている。可愛らしい笑顔を浮かべていて。自分と似た経験をしたことがあるのが嬉しいのかな。

 あと、兄弟姉妹がいる人の多くは、入浴しているときにいたずらされた経験が一度はあるのかもしれない。


「氷織。背中を流し終わったよ」

「ありがとうございます。とても気持ち良かったです」

「良かった」

「あとは私がやりますね。明斗さんは髪も体も洗い終わっているので、先に湯船に浸かってもいいですよ」

「分かった。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 この広い湯船に一人で浸かったらどんな感じなのか興味あるし。

 俺は氷織にボディータオルを渡し、両手に付いたボディーソープの泡をシャワーで洗い落とした。これで大丈夫だな。

 湯船にゆっくり脚を踏み入れる。……うん、ちょうどいい湯加減だ。

 腰を下ろして、脚を伸ばす。そのことで胸元までお湯に浸かる形に。また、今の体勢だと左斜め前方に体を洗う氷織の姿が見える。ここからでも、大きな胸や腰のくびれのラインがはっきりと分かるなぁ。


「あぁ、気持ちいいな……」


 体の芯までお湯の温もりが染み渡っていくなぁ。それがとても心地いい。今日は朝から夕方までバイトして、夜には氷織と七夕祭りにも行ったからだろうか。


「ふふっ、気持ちいいのがとても伝わってきますね」


 体を洗っている氷織は、鏡越しでこちらを見ながら楽しそうに笑う。


「本当に気持ちいいよ。あと、この湯船は俺の家の湯船よりも広いな。脚を伸ばしてもまだまだ余裕があるし。逆に家の湯船に入ったとき、氷織に狭いって思われたんじゃないかって思うほどだよ」

「……確かに、明斗さんの家の湯船はここよりもサイズは少し小さいです。でも、特に狭いとは感じませんでしたよ。十分に脚を伸ばせましたし、気持ちよく入れました」

「それなら良かった」


 今の氷織の言葉を聞いて安心した。

 ただ、氷織が泊まりに来たときのことを思い返すと……氷織は満足そうな様子で俺の部屋に戻ってきていたっけ。

 それにしても、お湯がとても気持ちいい。今日の疲れが取れていく。体と顔を洗う氷織を見ていると気持ちが癒やされて。このまま湯船に浸かっていれば、氷織との夜の時間もたっぷり楽しめそうだ。


「さてと、私も入りましょう」


 俺が湯船に浸かり始めてから数分ほど。

 体と顔を洗い終えた氷織はそう言い、バスチェアから立ち上がった。氷織が湯船に浸かりやすいように、俺は体育座りのような体勢に。

 氷織は湯船に入り、俺と向かい合うような形でお湯に浸かる。そのことで、つま先に氷織の足のつま先が触れる。


「あぁ、気持ちいいです」


 俺を見つめ、まったりとした様子で言う氷織。お湯から出ているのは胸元から上側だけだけど、今の氷織は凄く大人っぽくて艶っぽい。高校生とは思えないほどの色気が感じられる。


「気持ちいいな。あと、体は触れるけど、つま先だけだな」

「そうですね。明斗さんの家のお風呂では、足首くらいまで触れていましたね」

「ああ。こういうところでも、この湯船の広さを実感するよ。これだけ広ければ、氷織と七海ちゃんと葉月さんの3人でもゆっくり浸かれそうだ」

「あのときは、狭いとは感じませんでしたね。それに、沙綾さんは私や七海を抱きしめるときもありましたから。3人で湯船に浸かるのが楽しかったです」

「そうだったんだ」


 女の子同士らしいエピソードだな。俺、小学校や中学校の修学旅行で友達と一緒に風呂に入ったとき、抱きしめるなんてことはしなかったもん。周りに抱きしめ合う男子もいなかったし。やったことといえば、お湯をかけ合ったり、どれだけ顔をつけられるか勝負したりしたくらいか。

 あと、今の話を火村さんが聞いたら、お泊まり女子会のときに絶対に同じことをやりそう。下手したらのぼせそう。


「あの、明斗さん」

「うん?」

「そっちに行ってもいいですか? どんな広さの湯船でも、明斗さんとはくっつきながら入りたくて」

「いいよ。……おいで」


 氷織とくっつきやすいように俺は両脚をできる限り広げる。


「ありがとうございますっ」


 嬉しそうにお礼を言うと、氷織はゆっくりと俺に近づいてくる。俺の脚の間に入り、やがて氷織の体が俺の前面に触れるように。お湯の温もりよりも、氷織の柔らかな肌から感じる温もりの方が強く感じた。

 俺は氷織のことをそっと抱きしめる。そのことで、より氷織と体が密着するように。湯船に浸かって温まった体がより熱を帯びてきた気が。

 至近距離で氷織と目が合うと、氷織は恍惚とした笑みを浮かべる。


「やっぱりいいですね。明斗さんに触れながらお湯に浸かるの。今までで一番気持ちいい家のお風呂です」

「そっか。それは嬉しいなぁ。俺もさっきまでよりも格段に気持ち良くなってる。お湯だけじゃなくて、氷織の温もりも感じているからだろうな」

「嬉しいです。もっと、明斗さんの温もりを感じさせてください」


 静かな声色でそう言うと、氷織は俺にキスしてきた。そのことで、口からも氷織の温もりを感じられて気持ちいい。氷織も同じだったら嬉しいな。

 10秒ほどキスした後、氷織の方から唇を離す。氷織の顔は結構赤いけど、可愛らしい笑みが浮かんでいる。


「キスしたら、唇からも明斗さんの心地良い温もりを感じました。体の内側からも温かくなって。もっともっと気持ち良くなりました」

「俺もキスしたらより気持ち良くなったよ」

「……良かったです。もっとキスしたいです」

「いいよ。俺からもさせてほしい」

「はいっ」


 明るい声で返事をしてニッコリと笑顔を見せる氷織は、少し幼さも感じられてとても可愛い。

 それからしばらくの間、俺と氷織は抱きしめ合ったままお風呂に入り続けた。たまにキスしながら。そのことで俺は強い温もりに包まれるけど、のぼせてしまうことはなかった。

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