第43話『誕生日の夕食を作る恋人』

「映画館で観たときは泣かなかったんだけどなぁ」


 永遠列車編の本編の再生が終わり、Blu-rayのメニュー画面に戻ったとき、俺の両目からは涙が流れていた。

 原作を読んで、劇場でも一度観たはずなのに。終盤の展開に涙腺が刺激され、主題歌のバラード曲が流れ始めてからはもう涙が止まらない。先日の映画デートで『空駆ける天使』を観たのをきっかけに、涙腺が緩みやすい体質になったのか。それとも、涙腺が老化したのか。今日で年齢を一つ重ねたし老化説もあり得そうだ。


「いい映画だった……」

「そうですね。原作を読みましたし、劇場でも観ましたけど、何度も感動できますね……」


 氷織はそう言うと、持ってきたハンカチで涙を拭っていた。氷織は終盤になると、涙を浮かべながらテレビ画面を見ており、鼻をすすっていることが何度もあった。そんな氷織と一緒に観ていたことが、今回は涙を流した一因になったのかもしれない。


「永遠列車編をまた観られて嬉しいですし、明斗さんと一緒に観られたことがさらに嬉しいです。ありがとうございます」

「いえいえ。俺も氷織と一緒に観られて嬉しかったよ。それに楽しかった。ありがとう」


 映画はもちろん良かったし、氷織の笑顔を見ると、氷織と一緒にBlu-rayの初鑑賞をして良かったと思えた。

 これからしばらくの間は、永遠列車編はもちろんのこと、『鬼刈剣』の漫画やアニメに触れる度に今日のことを思い出しそうだ。


「今は4時半か。さすがに夕食作りにはまだ早いかな」

「そうですね。もう少しここで過ごしたいと思います」

「分かった。氷織は何か観たい作品ってある? もちろん、ゲームもいいけど」

「そうですね……テレビ台にフィギュアがありますし、おさかつを観たいです。原作の第1巻にあたる部分を観たら、夕食作りの準備を始めるのにちょうどいい時間になりそうですし」

「確か第3話までだから……ちょうど良さそうだね。じゃあ、おさかつの第3話まで観ようか」

「はいっ!」


 それから、俺達はおさかつ……『幼馴染が絶対に勝つラブコメ』のTVアニメ第1話から第3話までを一緒に観る。もちろん、氷織と寄り添った状態で。

 永遠列車編がシリアスな内容だったので、学園ラブコメのおさかつはとても気楽な気持ちで観ることができる。時折、氷織と楽しく笑い合ったり、この表情やセリフが可愛いと語り合ったりしながら。

 あっという間に第3話まで見終わり、時刻も午後6時近くになっていた。なので、氷織は夕食作りをすることに。

 俺と氷織は一緒に1階のキッチンへ。その際、氷織は家から持参した青いエプロンと青いヘアゴムを持って。

 キッチンへ行くと、そこには姉貴の姿が。


「おっ、氷織ちゃん。夕食を作りに来たんだね」

「はいっ。ハンバーグと野菜のコンソメスープを作りますね」

「うん。氷織ちゃんに教えてもらった材料を買ってきたから、確認してくれるかな。もし、足りないものが買ってくるから」

「分かりました」


 今日の午前中に姉貴が、夕食の材料を買ったり、予約していた誕生日ケーキを受け取ったりするために萩窪の東友に行ったのだ。

 姉貴が冷蔵庫から材料を取り出し、それを氷織が確認している。キッチンで恋人と姉が一緒にいる光景……いいな。


「これで全部かな」

「はい。これだけあれば、5人分の夕食を作れます」

「良かった」


 材料はちゃんと買えていたか。俺も一安心である。

 その後、姉貴は氷織に家にある調理器具やIHについて説明する。


「とりあえず、こんな感じかな。分からないことがあったら、私でも明斗でもうちの人間に遠慮なく訊いてね」

「ありがとうございます。では、さっそく作っていきますね」

「氷織。俺も何か手伝おうか?」

「ありがとうございます。でも、お気持ちだけ受け取っておきますね。明斗さんは誕生日ですからゆっくりしていてください。ただ、どうしても助けが必要なときはお願いするかもしれません」

「分かった。じゃあ、食卓に座って料理する氷織を見てもいいかな?」

「もちろんいいですよ」


 よし、夕食ができるまでは、料理を作る氷織の姿を楽しもう。

 これから料理をするため、氷織は青いエプロンを身につけ、ヘアゴムを使って髪をポニーテールの形で纏めていく。髪を纏めているときの氷織がとても艶やかで。ノースリーブの服を着ているからだろうか。

 氷織は夕食作りに取りかかる。そんな氷織の様子を、食卓に座りながら姉貴と一緒に眺めることに。

 まさか、自分の家のキッチンで、自分の恋人が料理する日が来るとは。1年前、16歳になったときには想像もしなかったな。


「うちのキッチンで、弟の恋人が料理をする日が来るなんて。しかも、誕生日に。明斗が16歳になったときには想像もしなかったなぁ」

「俺も同じようなことを思ったよ」

「そうなんだ! やっぱり私達姉弟だね!」


 姉貴、凄く喜んで俺のことを見ている。……姉貴が昔のように距離を縮めてくることも、16歳になったときには想像しなかったよ。

 以前、氷織の家で味噌ラーメンを作っているのを見たときにも思ったけど、料理の手際がとてもいいなぁ。そんな氷織の料理姿をスマホで何枚も撮影した。料理をする氷織も可愛いな。

 また、姉貴も俺と同じことを思ったようで、「上手だなぁ」とか「凄いなぁ」と何度も呟いている。たまに両親がキッチンにやってきて、氷織が料理する様子を見ていた。

 料理が進むにつれて、食欲をそそる匂いがしてきた。そのことでお腹も空いてきて。お昼ご飯以降に口にしたのは、氷織が買ってきてくれたマカロンと俺が作ったアイスコーヒーだけだからかな。匂いと空腹で、氷織の作る夕食がさらに楽しみに。


「はいっ、完成です!」


 そして、特に問題なく、ハンバーグと野菜のコンソメスープが完成した。

 食卓の準備をしようとしたら、「明斗は主役だから座ってていいんだよ」と姉貴に言われたので、俺は引き続き座ることに。

 両親と姉貴が食卓の準備をしてくれ、氷織はよそったハンバーグとコンソメスープを食卓に置いていく。


「ハンバーグも野菜のコンソメスープも美味しそうだ」

「ありがとうございます。明斗さん達のお口に合うと嬉しいです」


 そう言い、氷織は優しい笑顔になる。エプロン姿だから、氷織と一緒に住んでいる感じがしてくる。

 それから程なくして、食卓の準備が終わった。各人の椅子の前には氷織の作ったハンバーグと野菜コンソメスープが置かれ、食卓の真ん中には大きなチョコレートケーキが置かれている。また、両親と姉貴の前には赤ワインが注がれたグラス、未成年の俺と氷織の前にはアイスティーの入ったマグカップが置かれている。


「今年の誕生日ケーキ、去年までより大きくないか?」

「氷織ちゃんもいるからね。大きなサイズのケーキをお母さんが注文していたの」

「なるほどね。ケーキは好きだし、氷織に感謝だな」

「ふふっ」


 俺の隣の席に座っている氷織は楽しそうに笑った。

 ちなみに、俺の左斜め前に姉貴が座り、テーブルを介した正面に父さん、その隣に母さんが座っている形だ。

 俺は目の前に置かれているハンバーグとコンソメスープの写真、チョコレートケーキの写真、そして食卓全体の写真をスマホで撮影した。

 俺が写真を取り終わると、姉貴はケーキに俺の年齢と同じ17本のローソクを刺し、着火ライターで火を点けた。


「これで火もOKだね。じゃあ、これから明斗の17歳の誕生日パーティーだよ!」


 とっても元気良く言う姉貴。パーティーの進行役は姉貴なのかな。


「氷織ちゃん、お母さん、お父さん! 明斗におめでとうって言うよ! せーの!」

『お誕生日おめでとう!』


 氷織達4人は俺を見ながら笑顔でそう言うと、パチパチと拍手してくれる。


「どうもありがとう!」

「おめでとうございます、明斗さん!」

「おめでとう! 明斗、ローソクの火を消して!」

「分かった。そして、みんなありがとう!」


 俺は椅子から立ち上がり、ケーキに刺さっているローソクの火を吹き消していく。17本もあるので一気に吹き消すことはできず、3回に分けて消していった。

 全て吹き消すと、4人は再び拍手を送ってくれる。何歳になっても誕生日は嬉しいけど、今年は恋人の氷織もいるからより嬉しく思うのであった。

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