第44話『誕生日パーティー』

 姉貴はケーキに刺さっていたローソクを全て抜き、包丁でケーキを切り分けて各人の前に置いていく。


「ケーキも全員に渡ったし、夕食を食べようか! いただきます!」

『いただきまーす』


 姉貴の号令で、俺達は夕食を食べ始めることに。

 まずは氷織特製のハンバーグから。デミグラスソースがかかっていてとても美味しそうだ。両親も姉貴もハンバーグを食べようとナイフとフォークを持っている。

 自分の作った料理の評価が気になるのだろうか。氷織は緊張した面持ちで俺を中心に紙透家のみんなを見ている。

 ハンバーグにナイフを入れると、切り口から肉汁が溢れ出てきて。

 ナイフでハンバーグを一口サイズに切り分け、フォークで切り分けたハンバーグを口の中に入れる。

 咀嚼する度に肉汁が口の中に広がっていって。肉汁の旨みとデミグラスソースの味がよく合っているなぁ。


「とても美味しいハンバーグだね、氷織」


 氷織の顔を見て、俺はハンバーグの感想を伝える。

 すると、それまで氷織の顔に浮かんでいた緊張しさが一瞬にして解け、嬉しそうな笑顔に変わった。


「そう言ってくれて嬉しいです! 明斗さん!」

「本当に美味しいよ、氷織ちゃん!」

「子供達の言う通りね! とても美味しいわ」

「そうだね、母さん。美味しいし、ワインにも合う」


 両親と姉貴も氷織特製のハンバーグを大絶賛。そんな感想を受けてか、氷織は笑顔のまま胸を撫で下ろした。


「みなさんのお口に合って良かったです。安心しました」


 氷織はようやくナイフとフォークを持ち、自分のハンバーグを一口食べる。納得の出来なのか、氷織はモグモグしながら「うんっ」と頷いている。凄く可愛い。

 今度はコンソメ仕立ての野菜スープをいただくことに。具材で入っているキャベツに人参、玉ねぎをスプーンで掬い、口の中に入れる。

 どの野菜も、本来の食感を残しつつも食べやすい柔らかさになっている。スープも野菜の旨みが感じられる優しいコンソメ味で。


「スープも美味しいよ、氷織」

「ありがとうございます」

「本当に美味しいよね、明斗。テキパキと作っていたし凄いなぁ。料理は御両親から教わったの? それとも独学で?」


 と、姉貴が氷織に問いかける。


「両親……特に母が料理好きで。小さい頃はお手伝いでしたけど、小学生の頃からは主に母から教わりまして。自分のスマホとパソコンを持つようになってからは、ネットでレシピを調べて実際に試すこともあります」

「そうなんだね。いやぁ、いい子が妹になった!」

「まだ結婚していないけどな。まあ、いずれは義理の妹になるよ。そうなるように頑張る」

「ふふっ。小さい頃ですが、姉がほしいと思った時期もありましたからね。それがいずれ叶いそうで嬉しいです。……お義姉さん」


 氷織はいつもの落ち着いた笑顔でそう言う。これまで姉貴のことは名前で呼んでいたので「お義姉さん」呼びにはちょっとキュンときた。また、言われた本人の姉貴は嬉しそうに氷織を見ていた。

 それからも、5人での楽しいパーティーの時間を過ごしていく。

 氷織の作ったハンバーグと野菜スープは本当に美味しいなぁ。チョコレートケーキも美味しくて。


「明斗さん。あ~ん」

「あーん」


 と、たまに氷織にハンバーグとケーキを食べさせてもらって。両親と姉貴の前だとちょっと恥ずかしかったけど、氷織に食べさせてもらうとより美味しく感じられた。

 そして、ある程度夕食を食べ進めたとき、


「じゃあ、そろそろアキちゃんに誕生日プレゼントを渡そうか!」


 姉貴がそんなことを言ってきた。ちなみに、アキちゃんとは俺のこと。俺が小学生くらいまで姉貴はそう呼んでいた。ただ、今ではお酒で酔っ払ったときにしか言わない。テンション高めだし、頬が赤いし、姉貴は赤ワインで出来上がったようだ。

 氷織と両親も姉貴の提案を受け入れプレゼントタイムに。

 プレゼントを取りに行くために、氷織と姉貴、父親はキッチンを後にする。みんな、どんなプレゼントをくれるのか楽しみだな。ちなみに、去年は両親は現金、姉貴は俺の好きなアニメのイラスト集をプレゼントしてくれたっけ。

 父さん、氷織と姉貴の順でキッチンに戻ってくる。父さんはベージュの封筒、姉貴は白い紙の手提げ、氷織は文庫本が入るくらいの黒い袋と、青いリボンで結ばれた大きめの水色のラッピング袋、黒い袋よりも小さな青い袋を持っている。あの中に七海ちゃんのプレゼントもあるのだろう。3つ袋を持っているということは、氷織は誕生日プレゼントを2つ用意してくれたのかな。


「本命の氷織ちゃんはラストね」

「分かりました」

「お父さん。どっちからアキちゃんに渡す?」

「父さんから渡すよ。……母さんと父さんからのプレゼントだ。おめでとう、明斗」

「お誕生日おめでとう、明斗」

「ありがとう」


 俺は父さんからベージュの封筒を受け取る。封筒の中身を見てみると……そこには現金1万円が入っていた。


「おっ、1万円だ」

「去年と同じプレゼントだけどな。明斗の好きなように使いなさい」

「趣味はもちろん、氷織ちゃんとのデート代の足しにしてね」

「分かった。ありがとう」


 去年からバイトをしているけど、両親から自由に使ってと1万円をもらえるのは大きい。大切に使おう。


「じゃあ、次はあたしね! アキちゃん、お誕生日おめでとう!」


 はいっ! と姉貴は俺に紙の手提げを渡してくれる。それなりの重量があるな。どんな物が入っているんだろう。

 紙袋の中には……茶色の箱が入っている。その箱を取り出して、蓋の部分を見てみる。そこには、コーヒーカップの白いイラストが描かれており、その下には筆記体で『Coffee Collection』と書かれていた。


「『Coffee Collection』ってことは、インスタントコーヒーの詰め合わせとかかな?」

「大正解だよ、アキちゃん! 前からアキちゃんはコーヒー好きだけど、ゾソールでバイトを始めてからより好きになったみたいだから。スティックタイプとドリップタイプのインスタントコーヒーが入ったセットをプレゼントするよっ!」


 そう言って、俺にウインクをしてくる姉貴。プレゼント効果かもしれないけど、今年で一番可愛いと思った。


「確かに、バイトを始めてからコーヒーがより好きになったな。凄く嬉しいよ。ありがとう、姉貴」

「いえいえ! 氷織ちゃんと飲んでもいいからね! じゃあ、最後は氷織ちゃん!」

「は、はいっ! まずは七海からのプレゼントです。おめでとうと言っていました」

「うん」


 氷織から青くて小さな袋を受け取る。

 七海ちゃんはどんな物をプレゼントしてくれたんだろう。さっそく中身を取り出すと、それは青系の色を基調としたチェック柄のタオルハンカチだった。


「タオルハンカチか」

「素敵な柄のハンカチですね」

「ああ。さっそく学校に行くときとかに使おう」


 後で七海ちゃんにお礼のメッセージを送らないと。


「そして、私からですね。明斗さん、お誕生日おめでとうございます!」

「ありがとう」


 氷織から大きめの水色のラッピング袋と、文庫本サイズくらいの大きさの黒い袋を渡される。

 まずは大きな水色のラッピング袋から開けてみよう。青いリボンを丁寧に外して、中に入っているものを取り出してみると……シンプルなデザインの黒いショルダーバッグが出てきた。これには両親と姉貴も「おおっ」と声を漏らしている。


「おおっ、ショルダーバッグだ」

「はい。ショルダーバッグは両手を自由に使えますから」

「そうだね。俺はお出かけするときはトートバッグを持つけど、肩に掛けるとたまに落ちちゃうときがあるからね。ショルダーバッグは嬉しいなぁ」

「良かったです。あと、今はもちろん、大学生やその先でも使えるような黒くてシンプルなデザインのバッグにしました」

「確かに、これは何歳になっても使いやすそうなデザインだ。大切に使っていくよ。ありがとう。じゃあ、今度はこの黒い袋の方を……」


 黒い袋に張られたテープを剥がして、中身を取り出す。

 中に入っていたのは文庫本。茜色に染まった街の写真が表紙になっている。この本のタイトルは――。


「『あかねいろ』っていうタイトルなんだ」

「はい。その本の作者は、私の好きな作家の一人で。『あかねいろ』は切ない雰囲気の恋愛小説なんです。明斗さんは『空駆ける天使』にハマったので、この小説も楽しんでもらえるかなと思いまして」

「そうなんだ。恋愛系の作品は好きだし、切ないってことは読んだらきっと泣きそうだ」


 先日の映画デートを通して、この本を選んでくれたというのが嬉しい。


「2つも誕生日プレゼントをくれてありがとう、氷織」


 氷織の目を見てお礼の言葉を伝え、氷織の頭を優しく撫でる。氷織は頬をほんのりと赤くして、俺を見つめながら柔和な笑みを顔に浮かべる。


「喜んでもらえて嬉しいです」

「ありがとう。父さん、母さん、姉貴もありがとう」

「いえいえ。明斗にとって、17歳もいい1年になるように頑張りなさい」

「素敵な1年になるといいわね、明斗」

「氷織ちゃんとラブラブな1年を過ごすんだよっ! あと、こちらこそありがとうだよ、アキちゃん! だって、大好きなアキちゃんが生まれて、あたしは大好きなアキちゃんのお姉ちゃんになれたんだもん……! 今日はその記念日でもあるんだよっ!」


 姉貴は俺のところにやってきて、横からぎゅっと抱きしめてきた。そんな姉貴の両目には涙が浮かんでいて。お酒が入っているのもあり、このタイミングで感極まったのかもしれない。俺と目が合うと、姉貴はニッコリと笑って頬をスリスリしてきて。氷織がいる前だから恥ずかしいな。ただ、今日は誕生日だし、氷織も声を出して楽しそうに笑っているから離さないでおくか。

 それからも、5人で食卓を囲んでの誕生日パーティーは続くのであった。今までの中で最高だと思えるパーティーが。

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