第42話『誕生日は恋人と一緒に』

 6月19日、土曜日。

 今日も朝からシトシトと雨が降っており、天気予によると一日中降り続くそうだ。梅雨の真っ只中の時期なので、俺の誕生日の天気は雨なのが定番。ただ、今は氷織のおかげで雨が好きになってきているので、今年も雨で良かったと思っている。

 今日は午後2時頃に氷織が家に来てくれてお家デートだ。夕食を作ってくれ、今夜は泊まる予定になっている。ちなみに、夕食に作ってくれるのは俺の大好物のハンバーグと、コンソメ仕立ての野菜スープ。楽しみで仕方ない。

 午前中は部屋の掃除をしたり、昨日の深夜に録画したアニメを観たりして1人での時間を過ごした。また、氷織の妹の七海ななみちゃんから、


『紙透さん! お誕生日おめでとうございます! プレゼントを用意しましたので、お姉ちゃんに持っていってもらいますね!』


 というメッセージをもらった。まさか、七海ちゃんからも誕生日プレゼントをもらえるとは。すぐに、七海ちゃんへ『ありがとう』と返信を送る。

 氷織が家に来ることがより楽しみになったのであった。




「もうそろそろ来るかな」


 午後1時55分。

 氷織が家に来る予定の時間が迫っている。結構ドキドキして緊張する。お家デートは初めてじゃないけど、お泊まりするのは初めてだからだろうか。

 ――ピンポーン。

 おっ、インターホンが鳴った。部屋にあるモニターで来訪者を確認すると、画面に氷織の顔が映し出される。


「氷織か」

『こんにちは、明斗さん。ちょっと早めですが来ました』

「来てくれて嬉しいよ。すぐに行くね」

『はいっ』


 モニターのスイッチを切り、俺は玄関に向かう。

 玄関に行き、家の扉を開けると、そこには淡いベージュのロングスカートに、紺色のノースリーブの縦ニット姿の氷織が立っていた。お泊まりをするからか、氷織は青いボストンバッグを持っている。

 俺と目が合うと、氷織はいつもの優しい笑顔を見せてくれる。


「こんにちは、明斗さん」

「こんにちは、氷織。その服装も凄く似合っているな。ノースリーブの服もいいなって思う」

「ありがとうございます。あと、明斗さん。17歳のお誕生日おめでとうございます!」


 そう言う氷織の笑顔は、優しいものからニッコリと可愛らしいものに変わって。昨日から何度も「誕生日おめでとう」と言われているけど、祝福の言葉だから何回言われても嬉しい気持ちになる。それに、言ってくれる人が恋人の氷織だから。

 俺は右手を氷織の頭にそっと乗せて、ポンポンと優しく叩く。


「ありがとう、氷織。今日はずっと、うちで楽しい時間を一緒に過ごそう」

「はいっ!」


 氷織は元気良く返事し、首肯してくれる。今日はずっと氷織と一緒にいられることも、俺にとっては素敵な誕生日プレゼントだと思っている。


「明斗さん。こんにちはとお誕生日おめでとうのキスをしたいです。……私から」

「お願いするよ、氷織」


 自分からキスすると宣言してくれたので、俺は目を瞑って待つことに。


「お誕生日おめでとうございます」


 さっきよりも静かな口調で氷織は言うと、それからすぐに俺の唇には柔らかくて温かいものが触れる。これまで数え切れないほどにキスしたから、触れているものが氷織の唇だとすぐに分かる。いつものキスよりも優しい感じがする。

 10秒ほどして、唇に触れている感触がなくなったので、ゆっくりと目を開ける。すると、目の前には頬をほんのり赤くして微笑む氷織の顔があった。


「ありがとう、氷織。さあ、中に入って」

「はい。お邪魔します。今夜はお世話になります」

「こちらこそ。荷物、俺が持つよ」

「ありがとうございます。では、お願いします」


 俺は氷織から青いボストンバッグを受け取る。バッグはなかなかの重量があって。女の子のお泊まりだから、色々なものを持ってきているのだろう。あと、このバッグの中に俺への誕生日プレゼントが入っているのかな。

 氷織はリビングにいる俺の両親と、自室にいる姉貴に挨拶する。みんな氷織を歓迎し、姉貴に至っては氷織のことをぎゅっと抱きしめていた。

 俺の家族への挨拶が終わったので、氷織と一緒に自分の部屋に戻る。


「明斗さんの部屋には何度も来ていますが、何だかドキドキしますね。緊張もしてて。明斗さんとお泊まりするのが初めてだからでしょうか」


 俺をチラチラ見て、はにかみながらそう話す氷織。そんな氷織が可愛らしく思うと同時に、自分と同じなのだと安心もする。


「そっか。俺も、お家デートは初めてじゃないけど、今日は氷織が家に来ることにドキドキしたり、緊張したりしてさ。きっと、氷織と同じ理由だと思う」

「明斗さん……」

「そんなときもあるだろうけど、俺達なりに楽しい時間を一緒に過ごしていこう」

「そうですねっ」


 氷織は赤みの残る顔に可愛らしい笑みを浮かべる。その笑顔を見たとき、今回のお泊まりは俺達にとって楽しいイベントになると確信した。


「俺、何か冷たい飲み物を持ってくるよ。何がいいかな」

「アイスコーヒーをお願いできますか。ブラックで」

「ブラックだね。分かった」

「あと、お菓子は抹茶味のマカロンを持ってきました。お家デート中に明斗さんと食べようと思って、笠ヶ谷の東友で買ってきたんです。そのバッグの中に入っています」

「そうなんだ。じゃあ、とりあえずバッグはテーブルの側に置いておくよ。適当なところに置いておいていいから。アイスコーヒーを淹れてくるね」

「はい」


 俺はローテーブルの側に氷織のボストンバッグを置き、一旦、部屋を後にする。

 1階のキッチンへ行き、自分のマグカップと来客用のマグカップにアイスコーヒーを淹れる。氷織も苦味があるコーヒーは好きな方なので、俺のコーヒーと同じくらいの濃さで入れてゆく。

 部屋に戻ると、氷織はベッドの側にあるクッションに座り、スマホを弄っていた。また、ローテーブルにはマカロンが入っていると思われる緑色の箱が置かれている。


「ただいま、氷織」

「おかえりなさい、明斗さん。明斗さんはここに座ってくれますか?」


 ポンポン、と氷織は自分の隣にあるクッションを叩く。お家デートでは氷織と隣同士に座るのが恒例だからな。それでも、氷織から隣に座ってと指示してくれるのが嬉しい。

 氷織の前と自分が座る場所のところにマグカップを置き、俺は氷織の隣のクッションに腰を下ろした。

 氷織は俺が淹れたアイスコーヒーを飲んでいる。ゴクッ、ゴクッ……と。


「あぁ、冷たくて苦味もあって美味しいです。外は蒸し暑かったですから」

「今日も蒸し暑いよね。淹れた身としては、その飲みっぷりが嬉しいよ」

「ふふっ。さっそく、マカロンを食べましょうか」

「うん」


 氷織はローテーブルにある緑色の箱を開ける。すると、中には一口サイズの抹茶マカロンが8つ入っていた。ちなみに、どれも個別包装されている。


「おおっ、美味しそうだね」

「前に食べたことがありますけど、甘味はもちろん抹茶の苦味もあって美味しいですよ」

「そうなんだ」


 食べた上でそう言うのなら、より期待できるな。

 氷織は箱からマカロンを一つ手に取り、個別包装の透明な袋を開ける。その袋からマカロンを取り出して、氷織は俺の口元まで持ってきてくれる。


「はい、明斗さん。あ~ん」


 楽しそうにそう言ってくる氷織。普段なら、お菓子を食べるとき、最初の一口か二口は自分で食べる。ただ、今日は誕生日だから最初から食べさせてくれるのかな。ここは甘えよう。


「いただきます。あーん」


 俺は氷織に抹茶マカロンを食べさせてもらう。

 氷織の言う通り、甘味があるけど、抹茶の苦味もしっかりと感じられて。


「甘いけど、さっぱりしていて美味しいね」

「そう言ってもらえて良かったです。さっぱりした甘さが大好きで、たまに買うんです」

「そうなんだ。買ってきてくれてありがとう。じゃあ、俺も氷織に食べさせてあげる」


 俺は箱から一つ取って、個別包装の袋を開ける。マカロンを手にとって氷織の口元をまで持っていく。


「はい、氷織。あーん」

「あ~ん」


 氷織は少し大きめに口を開ける。あと、なぜか目を瞑っている。理由は分からないけど、目を瞑っていると凄く可愛いな。いつまでも見ていたいけど、氷織を待たせてはいけない。氷織に抹茶マカロンを食べさせる。

 氷織はマカロンをもぐもぐしているうちに、幸せそうな笑顔が浮かぶ。大好きなお菓子の力は凄い。


「とても美味しいです」

「そっか。マカロンが大好きだって分かる可愛い笑顔をしているよ」

「ふふっ、そうですか」

「……これも今日のいい思い出になりそうだ。スマホで撮ってもいいかな」

「もちろんです」


 それから、俺のスマホで抹茶マカロンの写真はもちろんのこと、抹茶マカロンを掴んだ俺達の自撮り写真を撮ったりした。自撮り写真については、LIMEで氷織に送った。


「ありがとうございます、明斗さん。この写真を見ると、今日のことをより楽しく思い出せそうです」

「俺もだよ、氷織」

「……明斗さん。これから何をしましょうか。明斗さんの誕生日ですから、明斗さんのやりたいことをしたいです」

「……実は、今日のお家デートで氷織と観たいBlu-rayがあるんだ」

「そうなんですか! どんな作品か楽しみです」


 ワクワクとした様子になる氷織。きっと、氷織も喜ぶ作品だと思う。

 俺はクッションから立ち上がって、テレビ台のところへ。


「明斗さん。テレビ台に、恭子さんからプレゼントされたみやびのぬいぐるみを飾ったんですね。あと……おさかつのヒロイン2人のミニフィギュアもありますね。これまで飾っていませんでしたよね?」

「フィギュアの方は筑紫先輩からプレゼントされたんだ。おさかつのヒロインが好きだって話をしたことがあって。それを覚えてくれていたんだと思う」

「なるほどです。可愛いですね」


 氷織は言葉通りの納得した笑みを浮かべ、テレビ台の方を見る。

 ぬいぐるみもフィギュアも可愛いので、テレビ台に飾ったのだ。テレビ台がそれなりに大きいので、テレビの画面に被ることなく置くことができた。

 テレビ台の収納スペースに入っているBlu-ray作品を取り出して、ローテーブルに置いた。その瞬間、氷織は「あっ」と可愛い声を漏らす。


「『鬼刈剣おにかりつるぎ』の劇場版Blu-rayですね!」

「そうだよ。今週発売された永遠列車編の初回限定盤。アニメイクで予約していたから、一昨日のバイト帰りに引き取りに行ったんだ」

「そうだったんですね」


 ちなみに、『鬼刈剣』とは大正時代を舞台にした、アクションやファンタジー要素のある少年漫画だ。一昨年、TVアニメが放送されたのをきっかけに大人気になった。永遠列車編というのはTVアニメの続きを描いた劇場アニメ。去年の秋に公開され、日本の興行収入の新記録を作るほどのメガヒットとなった。

 永遠列車編は俺も氷織も琴宿の映画館で鑑賞したことがある。先日の映画デートへ行く電車の中での話でそれを知ったのだ。氷織は葉月さんと一緒に観に行き、終わったときには一緒に涙を流したらしい。ちなみに、『鬼刈剣』の原作漫画は俺も氷織も持っている。


「もしかして、映画デートでの話を覚えていてくれたのですか?」

「うん。今日はお家デートするって決めて、永遠列車編のBlu-rayの発売日が誕生日直前だったからさ。お家デートのときに一緒に観ようって思ったんだ。開封してブックレットとかは見たけど、まだ本編のBlu-rayは観ていないんだ。最初は氷織と一緒がいいと思って」

「そうだったんですか! 嬉しいです。私も沙綾さんと劇場で観たとき以来です」

「そうなんだ。じゃあ、一緒にBlu-rayを初鑑賞しよう」

「はいっ!」


 プレイヤーに永遠列車編のBlu-rayを挿入して、俺はさっき座っていたクッションに戻る。

 それから程なくして、永遠列車編の本編が始まる。

 劇場で観たときはうるっときたくらいで涙を流すことはなかった。原作も読んでいるし、アニメは2度目だからさすがに泣くことはないだろう。

 本編が始まってから2、3分ほどで、氷織はいつも通り俺に体を寄せ、頭を俺の肩にそっと乗せてきた。氷織に目を合わせると、彼女は微笑んできて。

 誕生日に恋人と寄り添って観られることに幸せを感じながら、俺は氷織と一緒に永遠列車編を観るのであった。

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