第19話『席替え』
「は~い、体育祭の出場種目は無事に決まりましたね~。みんな、当日は頑張りましょ~。先生も応援するね~」
『はーい』
「では、残り20分ほどありますので、予定通り席替えを行ないま~す」
『はーい!』
席替えの方がみんな元気良く返事した。高校生になっても、席替えはワクワクするイベントだもんな。俺も氷織の近くの席になるかもしれないので、今までの中で一番と言っていいほどにワクワクしている。
「私が担当するクラスでは伝統的にくじ引きで新しい席を決めます~。まあ、5年くらいしかない伝統ですけどね~」
今の高橋先生の言葉に一部の生徒が「あははっ」と笑う。火村さんと清水さんも楽しそうに笑っている。あと、今の言葉で先生の年齢がだいたい分かった。
あと、高橋先生はくじ引きで新しい席を決めるのか。小学校から振り返っても、この方法で席替えをするクラスが多かったな。公平に決めやすいからだろうか。
「ただ、くじ引きをやる前に、視力が悪くて前の方の席がいい人は言ってください~」
視力の悪い生徒に配慮してくれるのか。これはいいやり方だと思う。
メガネやコンタクトをしている男子1人、女子1人が前の方の席がいいと申し出た。2人は教卓のすぐ近くの席に座ることに。その2席はくじ引きで当たりたくないと思っていたので、申し出てくれた2人に感謝だ。ありがとう。
高橋先生は黒板に座席表を書き、窓側の一番前の席から順番に番号を書いていく。
氷織と近くの席になれたら、基本的にはどこでもいい。ただ、やはり窓側か通路側の席、一番後ろの席に憧れがある。番号が振られた座席表を見ると……窓側の席は1番から6番。通路側の席は29番から34番。一番後ろの席は6、12、17、22、28、34か。このうちのどれかを引き当てたい。
高橋先生は黒板に書いた座席表をスマホで撮影。そして、大きめの封筒をガサガサと上下左右に振る。
「これでくじも混ざったかな~。は~い、これから席替えのくじ引きをやります~。出席番号順にくじを引いてね~。黒板に書いてある新しい座席表に、自分の名前を書いていってね~。引いた場所が嫌だからって、座席番号をねつ造しちゃダメだからね~。先生のスマホに正しい場所の写真があるから~」
うふふっ~、と高橋先生は上品に笑う。
さっき、スマホで黒板の写真を撮ったのは、正しい座席番号順を証拠として残すためだったのか。いつも柔らかくて、ふんわりとした雰囲気の先生だけど、不正対策はしっかりとするようだ。
「では、出席番号順にくじ引きを始めま~す! 順番に先生のところまで来てね~。引いたくじは教卓に置いてね~」
そして、席替えのくじ引きが始まる。出席番号順なので俺は5番目に引くのか。
俺よりも前の出席番号の生徒が続々とくじを引き、黒板の座席表に名前を書いていく。さっそく、廊下側の席が一つ埋まった。
「は~い、次は紙透君だよ~」
「はい」
「いい場所を引けるといいな、アキ!」
「ああ」
俺は席を立ち上がって、高橋先生のところへ向かう。
「くじを1枚引いてね~。何が出るかな~」
「何が出るんでしょうねぇ」
そう言いながら、俺はくじの入っている封筒に右手を突っ込み、くじを1枚引く。
ドキドキしながらくじを開くと、そこには――。
「『6』ですね」
窓側最後尾の席。現在の和男の席を引き当てたぞ! 運がいいなぁ。
「あら~、窓側最後尾。紙透君なら、そこでも授業をしっかり受けてくれそうね~」
高橋先生はいつものほんわかな笑みを浮かべながらそう言う。随分と信頼されているんだな、俺。先生が担当する日本史と世界史の中間試験をどちらも満点近く取ったからかな。
6番のところに自分の名前を書き、くじを教卓に置いて自分の席へ戻る。
「ここを引き当てたか。さすがはアキだ。中間試験を頑張ったご褒美じゃないか?」
「ははっ、そうかな。いい席を引けて良かったよ」
「良かったな!」
中間試験のご褒美か。もしそうだとしたら、ご褒美効果が持続して氷織が俺の引いた席の前か右隣、右斜め前の席のくじを引いてほしい。ちなみに、前の席は5番、右隣が12番、右斜め前が11番だ。
「俺もいい席引きたいぜ」
「引けるといいな」
「次は倉木君ですよ~」
「うっす!」
和男は高橋先生のところへ向かい、勢いよく封筒に手を突っ込む。
「32番っす!」
「32番……廊下側の席ね」
おおっ、和男は廊下側の席か。座席表を見ると……廊下側で真ん中よりも少し後ろか。まあまあの席を引けたんじゃないだろうか。
和男は自分の座席の場所に大きく名前を書き、こちらに戻ってきた。
「お疲れ、和男」
「おう! 窓側か廊下側を希望していたから良かったぜ!」
「そっか。希望通りになって良かったな」
「おう! アキとは離ればなれになるが、俺達は変わらず親友だからな!」
「ははっ、これからも親友としてよろしくな」
「おう!」
和男から笑顔で固い握手を交わしてきた。
それからもくじ引きは進んでいく。いい席を引けて喜ぶ生徒、嫌な席を引いて嘆く生徒、微妙な席なのか無言な生徒など、引いた後のリアクションも様々だ。
やがて、男子生徒全員が引き終わる。この時点で、俺の新しい席のご近所枠は右斜め前だけが埋まった状態に。まだ、氷織が俺の前の席や、隣の席に来る可能性はある。
「は~い。ここからは女子の番ですね~。お待たせしました~。まずは青山さ~ん」
「はい」
氷織は自分の席から立ち上がり、高橋先生のところへ向かう。
「おおっ、青山が引くぞ」
「俺の近くに来てくれ……」
などと言葉を漏らす男子生徒がちらほら。氷織は俺の恋人だけど、自分の近くの席に来てくれたら、今後の学校生活のやる気が出るのかもしれない。
氷織は高橋先生が持つ封筒に手を入れる。さあ、俺の前の席の5番か、右隣の12番を引いてくれ!
「5番です」
氷織がそう言った瞬間「よっしゃあっ!」と心の中で叫び、右手を強く握りしめた。あと、凄く頬が緩んでいる。
氷織は俺の方に向いて満面の笑みを向けてくれる。そんな彼女に俺はサムズアップした。
「やったじゃねえか! アキ!」
「……きっと、中間試験のご褒美の効果が続いていたんだよ」
「おめでとうだぜ!」
そう言い、和男は俺の両肩を何度も思いっきり叩いてくる。痛いけど、嬉しい気持ちでいっぱいなので何も言わないでおこう。
その後も女子のくじ引きが進んでいく。リアクションをする生徒は男子よりは少ないが、何人かは喜んだ反応を見せていた。また、清水さんと火村さんは、
「あっ、和男君の後ろの席だ! やったー!」
「あら、美羽の左隣の席! 倉木の斜め後ろじゃない。2人ともよろしくね」
と、いい席の番号が書かれたくじを引けて喜んでいた。特に清水さんは大喜びしており、和男も「よっしゃああっ!」と雄叫びを上げていた。
色々なドラマがあった2年生最初の席替えもこうして終わった。
「は~い、全員の新しい席が決まりましたね~。では、荷物を持ってさっそく移動しましょ~!」
高橋先生がそう言い、クラスメイトは全員、バッグや机の中に入っている荷物を持ってさっそく新しい席へ向かう。まあ、俺の場合は一つ後ろの席に下がるだけだけど。
「よいしょっと」
和男が席を離れてすぐに、俺はバッグと机の中にある荷物を新しい席の机の上へ。そして、俺自身も新しい席へ移動。ものの十秒で引っ越し作業が完了した。
一つ後ろにずれただけなので、自分の席から見える教室の風景はさほど変わりない。そんなことを思いながら教室を見渡すと、バッグと荷物を持ってこちらにやってくる氷織の姿が見えた。俺と目が合うと氷織はニコッと笑う。
氷織はバッグと荷物を机に置き、椅子に座る。すると、すぐに俺の方に振り返った。
「明斗さんの一つ前の席を引けるなんて。しかも、この席は以前、明斗さんが座っていた席です。この上ない場所を引き当てられました」
「そう言ってくれて凄く嬉しいよ。これからしばらくの間は、氷織の後ろの席で学校生活を送れるなんて。幸せだな」
「私も幸せですっ。これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
氷織の頭を優しく撫でると、氷織は柔和な笑顔を見せてくれる。可愛いなぁ。
少し手を伸ばせば触れられるところに氷織がいるなんて。本当に運がいい。
和男達の方を見ると、和男と清水さんと火村さんが固まって座っているので、3人で楽しく話している様子が見える。俺の視線に気づいたのか、火村さんがこちらを向いて手を振ってくる。その流れで、俺達は5人で手を振り合った。
「みなさん、移動終わりましたね~。少なくとも、期末試験まではこの座席で学校生活を送ってもらうつもりです~。では、そろそろ6時間目も終わる時刻なので、このまま終礼もやっちゃいますね~」
少なくとも期末試験までということは、1ヶ月半くらいはこの座席なのか。これからしばらくは氷織の後ろの席での学校生活を大いに楽しむことにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます