第20話『試験順位』

 俺の新しい席は窓側の一番後ろの席。しかも、俺の座る一つ前の席には氷織がいる。それは俺にとって最高の環境だ。

 授業中に目の前にある氷織の後ろ姿に目が奪われて。窓の隙間から風が入ると、氷織の髪からシャンプーの甘い匂いが香り、そのことで癒されて。最初こそはそういったことが何度もあったけど、少し経てば慣れていき、授業にも集中できるようになった。

 また、前後の席だと、


「はい、明斗さん」

「ありがとう、氷織」


 授業中でも、プリントを配布されるときに氷織と交流できる。ちょっと疲れているときも、そのことで元気が出て。席替えのときは隣の席や斜め前の席でもいいと思っていたけど、前後の席になって本当に良かった。



 俺は和男と、氷織は火村さんと二人三脚の選手になったので、昼休みの最初の10分から15分ほどを使い、外で二人三脚の練習をする。清水さんは俺達のサポートをしてくれることに。

 俺と和男は、去年も二人三脚で体育祭に出場したので、すぐに感覚を取り戻して、結構な速さで一緒に走ることができている。

 また、氷織と火村さんの方は、


「氷織と肩組んじゃってる。胸とか色々触れちゃってる。匂いを凄く感じちゃってる。うへへっ……」


 鉢巻きで脚を縛って、肩を組むと火村さんが変態じみた反応を示す。俺という彼氏がいる前なのにな。まあ、そのブレなさが火村さんらしいけど。これで一緒に走れるのかと最初は不安だったけど、


「まずは歩くことから始めましょうか」


 と、氷織が先導する形で一緒に歩くことから練習を始める。清水さんが「いち、にー、いち、にー」とかけ声を出すのもあり、ゆっくりであれば走れるようになってきた。この調子なら、体育祭本番では結構な速さで走れるようになるだろう。

 練習が終わった後は、氷織と俺の席で2人きりでお昼ご飯を食べる。場所は変わったけど、氷織と一緒に食べるお弁当は変わらず美味しい。

 席替えをし、体育祭前なのもあり、学校生活もそれまでと少し変わった。ただ、氷織と前後の席になったから、今まで以上に楽しく思えるのであった。




 5月31日、月曜日。

 今日で春が終わり、明日からは夏がスタートする。日付だけでなく、朝から照りつける日差しの暑さでも実感させられている。

 今日も氷織との待ち合わせ場所である高架下までは自転車で向かい、高架下で氷織と会ってからは氷織と一緒に歩いている。

 高1までは月曜日の朝は気持ちが重くなることが多かった。だけど、高2になって氷織と同じクラスになり、氷織と付き合い始めてからは特に月曜日を迎えるのがいいなと思えるようになった。


「日差しを直接浴びると結構温かいですね」

「そうだな」


 氷織は長袖のブラウスに、紺色のベストを着ている。中間試験のあたりから、晴れると気温が高くなる日が増え、この制服姿になることが増えた。ベスト姿もよく似合っていて可愛らしい。


「明日から夏なのも頷けるなぁ」

「そうですね。制服も明日から夏服になりますよ」

「そうだね。……じゃあ、冬服姿の氷織はしばらく見られなくなるのか」

「今日が終わったら、次に冬服を着るのは10月です」

「10月かぁ」


 ということは……4ヶ月後か。夏休みも挟むから、随分先に思える。これから梅雨の時期がやってきて、夏の暑い時期がやってきて、その暑さが和らいできた頃と考えたら更に先に思えてきたぞ。


「冬服姿に見慣れていたから、10月になるまで見られないのはちょっと寂しいな。でも、夏服姿の氷織を見るのはとても楽しみだよ。去年の夏服姿の氷織を学校で何度か見たことがあるし、図書室で本を取ってあげたこともあるから、どんな姿は覚えているけどさ」

「嬉しいです。私も……夏服の時期に図書室で本を取ってもらったので、明斗さんの夏服姿は覚えています」

「嬉しいな」

「ふふっ。去年は数えるほどしか見ていませんし、去年の夏服の時期とは明斗さんとの関係性が全く違うからでしょうかね。私も明斗さんの夏服姿を見るのがとても楽しみです」

「そっか。俺も楽しみだよ」


 氷織の夏服姿を楽しみに、今日の学校生活を頑張れそうだ。

 和男は去年も一緒のクラスだし、清水さんは別のクラスだったけど、和男と3人でお昼ご飯を一緒に食べていたから夏服姿をよく覚えている。でも、去年は別のクラスだった火村さんと葉月さんの夏服姿は見覚えがない。だから、2人の夏服姿も楽しみだな。


「話が変わりますけど、そろそろ中間試験の順位が貼り出される頃ですね」

「もうそんな時期か。中間試験が終わって1週間以上経ったし、順位が確定してもおかしくはないか」

「答案も先週の間に全教科返却されましたもんね」

「そうだな。ところで、成績上位者の順位表には何位の生徒まで書かれるんだっけ?」

「確か 20位まででしたね」

「20位か……」


 1学年6クラスあるから、平均して考えれば各クラスの上位3、4人が順位表の名前に記載されるのか。

 氷織達との勉強会のおかげで、1年生のときよりも全体的にかなりいい成績になった。複数の教科が100点で、最低点数の化学基礎も88点だったから。初めて順位表に名前が記載されるといいな。


「俺、1年生のときは一度も上位に入ったことないからさ。今回の試験は初めて上位に入るのを目標にしていたんだ」

「そうだったんですか。明斗さんもいくつか100点満点を取っていましたし、上位に入る可能性は十分にあると思いますよ」

「そうだといいな」


 ちなみに、氷織は全ての教科で100点だった。なので、1位の生徒として順位表に名前が記載されるのは確実だ。氷織と一緒に『紙透明斗』と書かれていると嬉しいな。

 学校に到着して、俺達は2年2組の教室がある教室B館の昇降口へ向かう。

 昇降口に入ると、掲示板の前に生徒達が集まっている。いつもならこんなことはない。


「もしかして、順位表が貼り出されたのかな」

「そうかもしれませんね。B館ではあの掲示板に貼り出されますから」

「そうか」


 上位20番目に入っているかどうか、もうすぐ分かるんだ。そう思うと緊張してくる。

 俺達は上履きに履き替えて、生徒達が集まっている場所へ。


「おっしゃ! 8位に入ってた!」

「お前凄えな!」


「あたし、上位20人は入れなかった。自信あったのになぁ」

「いい点数だったのにね。上には上がいるってことだね」


 やはり、中間試験の成績上位者一覧が貼り出されているのか。名前が書かれていて喜ぶ生徒。書かれていなくて残念がる生徒の声が聞こえる。


「俺、1年の頃は2回入ってたし、今回はまあまあだったから、今回は入っていると思ったんだけどなぁ。まさか、2年は10位までしか書いていないなんて」


 10位まで……だと……!

 俺は思わず氷織の方を見てしまう。すると、氷織は見開いた目で俺のことを見ていた。この様子からして、2年生は10位までという事実を知らなかったようだ。


「10位までとは思いませんでした。思えば、今までは1年生のところしか見ていなくて。ですから、2年生も20位まで書かれているものと思っていまして。ごめんなさい……」

「ううん、いいんだよ。……もしかしたら、文系クラスと理系クラス別々で書かれているんじゃないかな。うちの学年は、文系と理系の人数はだいたい半分ずつだし」

「なるほど。文理別々のランキングであれば、割合的に考えて、上位10人ずつなのも納得できますね」


 氷織はそう言うと小さく頷いた。

 生徒の間を割って入って、俺達は掲示板が見えるところまで行く。

 掲示板には『1学期中間試験 成績上位者』と題した大きめの紙が貼られている。2年のところを見ると……俺の想像通り文系と理系で別々に上位者の名前と点数が書かれていた。

 2年生文系クラスのランキングを見ると、


『1位:青山氷織 (2-2) 1000点』


 すぐに氷織の名前を発見。中間試験は全10教科なので、全教科100点満点の氷織の点数は当然1000点である。さすがは氷織だ。


「1位おめでとう、氷織!」

「ありがとうございます! 順位は気にせずに勉強していたのですが……こうして自分の名前を見て、明斗さんにおめでとうって言われると嬉しいです」


 そう言う氷織の顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいて。今の言葉が本当であると分かる。

 2位以下の生徒名と得点を見ていくと――。


『5位:紙透明斗 (2-2) 938点』


「おっ!」

「明斗さんの名前ありましたよ!」

「ああ!」


 初めて成績上位者に名前が載ったぞ! 凄く嬉しい! 氷織の嬉しそうな笑顔を見ると、その気持ちがより膨らんでいって。心なしか、自分のときよりも氷織が嬉しそうにしているように見えた。


「おめでとうございます! 明斗さん! しかも、うちのクラスでは私の次ですよ!」

「ありがとう! 初めてだから、こうして自分の名前が書かれて凄く嬉しいよ」

「良かったですね! 明斗さんは試験対策の勉強を頑張っていましたから、その努力が実ったのでしょう」


 氷織は俺の頭を優しく撫でてくれる。そんな氷織の笑顔はとても優しいもので。氷織に「頑張ったね」って言われると、嬉しさが心にじんわりと広がっていくなぁ。

 俺も氷織に倣って、氷織の頭を優しく撫でる。それが予想外だったのか、氷織は体をピクッとさせた。


「あ、明斗さん……」

「勉強を頑張って、結果に結び付いたのは氷織も同じだから。順位が下の俺が言っていいのか分からないけど……頑張ったな」


 俺がそう言うと、氷織はニッコリと笑う。


「順位の上下は関係ありません。明斗さんの今の言葉と頭を撫でてくれるのは……私にとってとても嬉しいご褒美です。ありがとうございます」


 笑顔のまま俺の目をしっかりと見て、氷織はそう言ってくれた。氷織は本当にいい子だなぁ。

 俺はスマホを取り出して、自分と氷織が記載されている部分を撮影した。

 今回、初めて成績上位者の一覧に入ることができた。これを励みにして、今後の勉強を頑張っていこう。

 勉強会で一緒に勉強したメンバーの名前がないかと思い、文系クラスの6位以下と理系クラスの成績上位者を見ていくと、


『9位:葉月沙綾 (2-4) 904点』


 理系クラスの9位に葉月さんの名前があった。葉月さんは理系科目や英語科目は満点やそれに近い点数を取っていた。古典や日本史などの苦手科目も平均点を超えるくらいの点数を取っていたから、10位以内に入ることができたのだろう。


「おっ、あたしの名前もあったッス」


 気づけば、俺達の側には葉月さんの姿が。俺達と目が合うと、葉月さんは元気良く「おはようッス!」と挨拶をする。


「文系クラスの方で、ひおりんと紙透君の名前があったッスね。ひおりんは変わらず1位。さすがッス。紙透君も5位おめでとうッス!」

「ありがとうございます。沙綾さんも理系9位おめでとうございます」

「葉月さん、おめでとう。そして、ありがとう」

「こちらこそどうもッス!」


 嬉しそうに言うと、葉月さんは俺達に両手を出してくる。ハイタッチしようってことかな。

 俺達は3人でハイタッチして、2年2組の教室へ向かう。

 2組の教室に行くと、和男と清水さん、火村さんが既に登校していた。3人は俺達が成績上位者の一覧に載っていることも知っていたみたいだ。「おはよう」の言葉の次は「おめでとう」だから。

 和男と清水さん、火村さんはランクインしなかったけど、彼らにとっていい点数だったことは分かっている。なので、6人で中間試験の健闘を称え合った。

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