第44話『誘い、誘われ、勉強会。』
5月11日、火曜日。
今日もいつも通りの学校生活を送る。
氷織のことをたまに見ながら授業を受け、昼休みには氷織と2人きりでお昼ご飯を食べる。そんな時間がとても楽しくて、放課後まであっという間だった。
「アキ! 2年生になってから、初めてこの時期が来ちまったぜ……!」
終礼が終わってすぐ。
背後から右肩をガッシリと掴まれ、和男のそんな声が聞こえてきた。力が強いからちょっと痛いぞ。
ゆっくりと後ろに振り返ると、和男が真剣な様子でこちらを見ていた。俺と目が合うと、和男は右目でウインクする。
「どうした、和男。あと、話を聞くから右肩を離してくれ。痛い」
「これはすまん。アキを頼りたい気持ちが強くてな」
和男は右手を俺の右肩からそっと離す。今までの言葉からして、和男が俺に何を話したいのかは容易に想像がつく。和男とは高校を入学したときからの付き合いだからな。それに、この時期ってことは――。
「アキ! 来週の中間試験に向けて一緒に勉強しようじゃねえか! 俺、理系科目全部と世界史Bがやべえんだ! アキが頼りなんだ!」
やっぱり、中間試験対策の勉強か。
笠ヶ谷高校では、定期試験1日目の1週間前から試験終了まで、全ての部活が原則活動禁止となる。中間試験は来週の火曜日からスタートするので、1週間前である今日から部活動が禁止となるのだ。ちなみに、氷織と葉月さんが所属し毎週火曜日と木曜日に活動している文芸部は、この影響で月曜日である昨日活動があった。
もし、赤点を取ってしまうと、科目によっては放課後に補習を受けなければならない。赤点の科目数が多いと、学校側から一定期間部活動に参加するのを禁止する処分が下される可能性もある。
和男は理系中心にかなり苦手な科目がいくつもある。なので、俺がバイトのある日以外の部活禁止期間の大半は一緒に勉強する。彼の恋人の清水さんも苦手科目があるので、1年生のときは3人で勉強会を開くことが多かった。
「紙透君! 今回の試験も助けて! 特に数学Bと化学基礎!」
気づけば、バッグを持った清水さんが和男のすぐ側に立っており、俺に懇願の眼差しを向けてくる。そんな彼女に倣ってか、和男も俺に懇願の眼差し。2年生になっても、2人に勉強を教えながら試験対策をすることは変わりないか。
「分かったよ。2人が不安なところは俺が教えるよ。教えるのもいい勉強になるし。赤点を回避しような」
「ありがとう、アキ!」
「ありがとね、紙透君!」
2人は大喜び。何も始まってもないのにバンザイしているし。定期試験の度にかなり頼ってくるけど、2人の頑張りもあって赤点になったことはない。今回も2人に付き合うか。
それにしても……勉強会か。氷織はいつもどうしているんだろう? 彼女は入学してからずっと学年1位の成績を取っている。自分1人でやっているのか。それとも、葉月さんと一緒に勉強することがあるのか。
「美羽さんに倉木さん、どうしたのですか? 明斗さんに向かってバンザイして」
考えていれば何とやら……っていう言葉はないけど、氷織を考えていたらその張本人が俺のところにやってきた。少し首を傾げる仕草が可愛らしい。
「中間試験対策の勉強だよ。高校最初の定期試験から、試験前になるとこの3人で勉強会を開くことが多いんだ。和男と清水さんは苦手な科目がいくつもあるから、俺が教えることが多いんだけど。今回も同じ形式になって」
「それで、2人がバンザイしていたということですか」
「アキは教え方が上手いからな!」
「同じことを何度聞いても優しく教えてくれるもんね」
「そうなのですね」
氷織は俺に優しい笑顔を向けてくれる。和男、清水さん……ありがとう。
「ところで、氷織は定期試験の勉強っていつもどうしてる?」
「1人で勉強することが多いですが、部活の女の子と一緒に勉強することもありますね。もちろん、高校に入ってからは沙綾さんとも。明斗さんのように、勉強を教えることも多いですね」
「そうなんだ。もし、氷織さえ良ければ、俺達と一緒に定期試験の勉強をしないか?」
「もちろんいいですよ。明斗さんと一緒に試験勉強をしたいと思っていましたし」
「じゃあ、決まりだな」
俺と一緒に勉強したい、という言葉がとても嬉しい。氷織も一緒に勉強するから、今回の勉強会は今まで以上に捗りそうだ。
「勉強を教えるのは好きですし、教えることで理解も深まります。なので、私にも訊いていいですよ」
「ありがとう、氷織ちゃん! 学年1位の氷織ちゃんもいるとより心強いよ!」
「こりゃ百人力だな!」
わーい! と和男と清水さんはさっきよりも喜んでバンザイしているぞ。まあ、1位を取り続けている氷織も一緒なら心強いよなぁ。
「もちろん、明斗さんもですよ」
「ありがとう。英語や数学の問題集で、解くのに苦戦する問題がたまにあるからさ。何度か訊くことがあるかもしれない」
「そのときはお任せください」
氷織は右手で自分の胸元をポン、と叩く。そんな彼女は明るい笑顔を浮かべている。頼れそうなオーラが凄く出ているな。
氷織も勉強会に参加するってことは、
「あたしも参加するわ!」
右手をピンと挙げながら、火村さんがこちらに向かってくる。やっぱりこういう展開になったか。
「美羽と倉木のバンザイが気になって耳を傾けてみたら、勉強会という素敵なワードが聞こえてきてね。氷織も参加するし、紙透も頼れそうだからあたしも参加する!」
氷織だけじゃなくて、俺がいることも参加する決め手になるとは。意外だ。それとも、火村さんも何か苦手な科目があるのかな。
「ちなみに、火村さんは何か不安な科目ってある?」
「数学Bと化学基礎はかなり不安。ちなみに、去年は数学Aで赤点取ったことあるわ」
「そうなのか」
赤点経験者とは。和男と清水さん以上に苦手な科目の成績が良くないようだ。そんな火村さんに、和男と清水さんは「仲間だね」と優しく語りかけている。火村さんを励ましているのか。それとも、同じ科目が苦手だと分かって仲間意識が生まれたのか。
「あとは世界史。内容によっては、好きだからすぐに覚えられたり理解できたりするんだけど、今回の中間の範囲はどうもね……」
「なるほどね。俺で良ければ勉強を教えるよ」
「私も教えますよ。恭子さんも一緒に勉強しましょう」
「うん!」
可愛らしい声で返事をすると、火村さんは氷織を抱きしめる。彼女の場合は氷織が教えた方が、分からないところや不安なところがすぐに解決できるんじゃないだろうか。
「この5人で勉強するなら、沙綾ちゃんも誘わない?」
「おっ、それは名案だな!」
「いい考えね。沙綾は理系クラスの子だし。この前、数学の課題で難しい問題のことを訊いたら分かりやすく教えてくれたわ」
「沙綾さん、理系科目はかなり得意ですからね。私も教えてもらったことがあります。では、私から沙綾さんにメッセージを送りますね」
氷織はバッグからスマホを取り出す。
葉月さん、氷織にも教えるほどなのか。さすがは理系クラスの生徒。そんな葉月さんがいれば、火村さん達もより安心できるだろう。
「沙綾さんに勉強会のお誘いメッセージを送りました。……あっ、既読になりましたね」
さて、葉月さんはどんな返信を送るか。
「返信来ました。一緒に勉強したいそうです。理系科目と英語なら教えられるとのことです」
「そうなのね。これでより安心だわ」
火村さんがそう言うと、和男と清水さんは首肯する。
ドームタウンに一緒に行った6人で勉強会か。お互いの苦手をカバーし合って、いい勉強会になるんじゃないだろうか。
「沙綾さんからまたメッセージが来ました。今週は掃除当番なので、うちの教室の前で待ってくれると嬉しいとのことです」
「あたしも今週は掃除当番だわ」
「じゃあ、2人の掃除当番が終わるまで待つか。……ところで、どこでやるか? 俺達はアキの家でやることが多かったけどよ」
「紙透の家……いいんじゃない? 今まで行ったことないし、紙透の部屋がどんな感じなのかちょっと気になるわ。ちょっとだけね」
「じゃあ、俺の家で勉強会しようか」
「では、沙綾さんにその旨のメッセージを送っておきますね」
俺の部屋の広さなら、6人一緒に勉強しても大丈夫だろう。
ただ、俺の部屋にあるテーブルだけだと6人はキツいかもしれない。クッションは6つもないし。
姉貴に、勉強会をするからテーブルとクッションを借りていいかとメッセージを送る。すると、10秒もしないうちに『いいよ!』と返事が来た。よし、これで勉強環境については大丈夫だな。
俺と氷織、和男、清水さんは廊下に出て、火村さんと葉月さんの掃除当番が終わるのを待つのであった。
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