第45話『○○はあるッスか?』
火村さんと葉月さんの掃除当番が終わった。なので、俺達6人は笠ヶ谷高校を後にし、俺の家に向かい始める。
徒歩だと学校から20分以上かかる。火村さんと葉月さんは俺の家に行ったことがない。だから、どのようにして行くか訊くと、みんな徒歩でいいとのこと。なので、徒歩で行くことに。
家までのルートは俺に任せてくれたので、俺が登下校するルートで帰ることに。そのため、途中で氷織と待ち合わせする高架下も通る。高架下に差し掛かったとき、
「毎朝、ここで明斗さんと待ち合わせしています。明斗さんが決めてくれまして」
と、氷織は立ち止まって紹介していた。この高架下は数え切れないほどにたくさん通っているし、氷織と待ち合わせして学校へ行くことにも慣れてきた。それでも、ちょっと気恥ずかしい。
「いい場所じゃない。雨風がしのげそうだし」
火村さんが好意的な感想を口にする。葉月さん達も「うんうん」と頷く。そんな反応に安心する俺がいた。
それから、俺達は再び歩き出す。
火村さんと葉月さんの知らない道を歩いているつもりだったけど、一部の道は2人とも知っていた。ゴールデンウィークに、俺のバイト先から氷織の家へ行くときに歩いたのだそうだ。その日のことを思い出したのか、火村さんは「氷織の家での時間は楽しかった……」とうっとりとした様子で呟いていた。
自宅の近くにあるコンビニでお菓子と飲み物を買ってから帰宅する。ちなみに、俺が買ったのはブラックのボトル缶コーヒーと抹茶マシュマロだ。
「ただいま」
『お邪魔します』
「みんな上がって。俺の部屋は2階だから」
俺は家に上がり、人数分のスリッパを用意する。
「明斗、おかえり。あら~、氷織ちゃん。それに倉木君に美羽ちゃん」
氷織達の声が聞こえたからだろう。リビングから母さんが姿を現した。
「こんにちは、美佳さん」
「どうもっす!」
「みんなで試験対策の勉強会をすることになって。2年生になっても、和男君と一緒に紙透君に頼ろうかなと。今回は氷織ちゃんと沙綾ちゃんにも」
「明斗は面倒見がいいものね。……あら、初めて見る子が2人いるわね。しかも可愛い。いや、ゴールデンウィークに明斗から見せてもらった写真に写っていたかな。お友達だっけ」
ドームタウンから帰ってきたとき、みんなの写真を家族に見せた。母さんはそれを覚えていたのだろう。
「そうだよ。赤髪の子は俺達のクラスメイトの火村恭子さん。茶髪の子は理系クラスの葉月沙綾さん。氷織と同じ文芸部なんだ」
「そうなのね。明斗の母の美佳です」
「火村恭子です」
「葉月沙綾といいます。いやぁ、美人ッスねぇ!」
「そうね、沙綾」
「嬉しいわ。美人で可愛い女子高生にそう言われると若返った感じがするわ」
うふふっ、と笑いながら体を左右に揺らす母さん。火村さんと葉月さんに美人だと言われたのが相当嬉しいんだな。まあ、息子の目から見ても、大学生と高校生の子供がいるとは思えないくらいには綺麗かな。
「母さん。俺の部屋で中間試験の勉強会するから。6時か7時くらいまで」
「分かったわ。みんなお勉強頑張ってね」
そして、俺は氷織達を連れて2階にある自分の部屋へ連れて行く。
初めて来たからか、火村さんと葉月さんは家の中を色々と見ている。それがとても可愛らしい。
「ここが俺の部屋だよ」
扉を開け、氷織達を俺の部屋に通す。
火村さんと葉月さんは部屋の中を見渡し、「おぉ」と声を漏らしている。葉月さんよりも火村さんの方が、部屋の中をよく見ているように見える。
「この前、ひおりんが言っていた通りの素敵な部屋ッスね!」
「綺麗な部屋ね。結構広いし、ここなら6人一緒に勉強しても大丈夫そう」
「そういう感想を言ってもらえて良かった」
実は昨日のうちに一通り掃除しておいたのだ。今日から部活動禁止期間になる。高1のときは、和男と清水さんと俺の部屋で勉強会をすることが多かったから。しかも、今は氷織とお試しで付き合っている。火村さんや葉月さんとも一緒に遊ぶ仲だから、彼女達も一緒に勉強会する可能性があると思って。掃除して正解だったな、と思いながら自分のバッグを勉強机に置いた。
「俺、姉貴の部屋からテーブルとクッションを持ってくるよ。俺の部屋にあるだけのものじゃテーブルは狭いし、クッションも足りないから」
「俺も運ぶのを手伝うぜ!」
「ありがとう。頼むよ、和男」
「紙透君。本棚見てもいいッスか?」
「あたしも見てみたいわ」
「ああ、いいよ。荷物は適当な場所に置いといて。和男、行こう」
「おう!」
俺は和男と一緒に自分の部屋を出て、姉貴の部屋に入る。
俺の部屋のテーブルと姉貴の部屋にあるテーブルは同じもの。なので、くっつけて勉強スペースを拡張するにはもってこいだ。テーブルの上にはテレビのリモコンと漫画が置いてあったので、それらは勉強机に置いておく。
「アキ。テーブルは俺が運ぶぜ」
「ありがとう。俺の部屋にあるテーブルと同じものだから、くっつけてくれ」
「おう!」
和男は両手でテーブルと持ち上げ、姉貴の部屋を出て行く。さすがは陸上部。テーブルを軽々と持ったな。
足りない分のクッションを持って、俺も姉貴の部屋を出る。
自分の部屋に戻ると、和男と清水さんはテレビ側に隣同士の形で座っていた。テーブルを2つ並べると、結構広い勉強スペースになるな。
姉貴の部屋から持ってきたクッションをテーブルの周りに置く。これで、全員クッションに座って勉強できるな。
氷織と火村さん、葉月さんは3人で俺の本棚を眺めている。恋愛やラブコメの作品が多いので、火村さんと葉月さんも好きな作品があるんじゃないだろうか。
「あの、紙透君」
「うん、どうした?」
葉月さんが手招きしてくるので、俺は彼女のすぐ近くまで向かう。
すると、葉月さんはゆっくりと背伸びして、
「紙透君ってえっちな本って持っていたりするッスか?」
と、俺の耳元で囁いてきたのだ。「えっちな本」という言葉と、左耳にかかる葉月さんの生暖かい吐息のせいでドキッとしてしまう。
「……どうしてそんなことを訊くんだ?」
氷織や火村さんも近くにいるのに。
「中高生男子の部屋には、必ずどこかに1冊はそういう本が隠されているという説を友人から聞いたことがあるッス。その真偽を確かめたくて」
「……なるほど」
中学、高校と何人もの男子の友人の家に遊びに行ったことがある。全員じゃなかったけど、成人向けの本が家にある奴は何人もいたな。ちなみに、和男の家にはそういう類いの本はなかった。
「あと、もしあったら、今後の小説執筆の参考にちょっと読ませてほしいッス」
「……お試しの恋人がいる男の俺によく言えるね」
葉月さんが投稿サイトで公開している小説には、恋愛描写の激しい作品がいくつもある。だから、成人向けの本を読んで作品作りの参考にしたいのだろう。
「あ、明斗さん」
俺の側からそんな氷織の声が聞こえ、右の脇腹のあたりをつんつんと軽く押される。
声がした方に顔を向けると、氷織は頬をほんのりと赤くして、俺のことをチラチラと見ている。あと、火村さんも頬を赤くし、俺と葉月さんのことを見ている。
「さっきの沙綾さんの声が聞こえてしまったので。私も気になってしまって」
部屋の中は静かだし、近くにいたら、さっきの葉月さんの囁きも聞こえてしまうか。
ちなみに、和男と清水さんは、テーブルでさっき買ったお菓子を食べながら談笑しているので、こちらの会話には気づいていない。
「か、紙透は持ってるの? そういう……え、えっちぃ成人向けの本」
火村さんは少し目を細めながら、俺にそう問いかけてくる。あと、えっちぃっていう言葉の響きがえっちぃな。
お試しの恋人とその親友、クラスメイトという美少女3人に、成人向けの本を持っているか訊かれる高校生は俺くらいだろう。3人がじっと俺を見つめているし、正直に答えないと。
「成人向けの本は……1冊も持っていないよ。紙でも電子でもね。恋愛描写の激しい一般向け漫画はいくつか持っているけど」
「ほ、本当ですか? 明斗さん」
「うん。だから、葉月さんが友達から聞いた説は成立しないね。それに、そういう書籍を持っていない男の友達は何人もいるよ」
「そうですか」
「紙透は持ってなかったんだ」
「……持ってなかったッスかぁ。残念ッスねぇ」
氷織は微笑み、火村さんはほっとした様子で、葉月さんは残念そうにそれぞれ言った。葉月さん、そんなに成人向け漫画を読んでみたかったのか。代わりになるか分からないが、恋愛的な絡みのシーンが凄い漫画を紹介するか。
「3人は知っているか分からないけど……いや、氷織の家にはあったかな。下から2段目に入っている『ストロベリーにキスをして』っていう恋愛漫画は、かなり際どい描写があったね」
「私の家にあります。主人公とヒロインが結ばれて、最終話のラブシーンは濃密でした」
「その作品はうちにもあるッス。最終話は本当にドキドキしたッス」
「あたしは作品名だけは知っているわ。3人の話を聞いたら、ラストのシーンを見たくなるわ」
「見ていいよ」
俺は本棚から『ストロベリーにキスをして』の最終巻を取り出して、火村さんに渡す。
火村さんが本を開くと、中身を見たいのか氷織と葉月さんが両側に立つ。美少女3人が同じ漫画を見る光景……いいな。
「おおっ……これは……」
そんな声を漏らすと、火村さんの顔が見る見るうちに赤くなっていく。おそらく、最終話のラブシーンを読んでいるのだろう。氷織と葉月さんも頬がほんのりと赤くなっている。
「主人公もヒロインも相手への好意の強さが窺えます」
「そうッスね。ここのヒロインのうっとりしている表情がいいッスねぇ」
「……い、厭らしいのにページをめくっちゃうわ。絵が綺麗だからかしら」
火村さんは息を荒くしながらページをめくっていく。普段から、厭らしさを感じるシーンを読むときはああいう感じなのだろうか。
3人はそのまま最終話の最後まで、身を寄せ合いながら読んだ。
「久しぶりに読みましたけど、ラストのページを見ると本当に感動しますね」
「2人が結ばれて良かったと思えるッスね」
「いきなり最終話を見たけど、なかなかいい締めだったのは分かったわ。ありがとう、紙透」
「どうも」
火村さんから渡された漫画を俺は元の場所に戻した。
俺達4人はテーブルの周りにあるクッションに腰を下ろす。その際、俺は氷織と隣同士に座る。ちなみに、席順は俺から時計回りに葉月さん、和男、清水さん、火村さん、氷織という並びだ。
みんなコンビニで買ったお菓子や飲み物はもちろんのこと、バッグから教科書やノート、筆記用具などを出している。
俺は一度立ち上がり、勉強机にある自分のバッグから、筆記用具と今日の授業で出された課題プリントや問題集を取り出した。それらを持って、自分のクッションに戻る。
「明斗さんは何の勉強をするんですか?」
「まずは今日の授業で出た課題をやるよ。どの教科も、課題の内容は中間試験の範囲だし。それに、1年の頃から、和男と清水さんと放課後に勉強会をするときは最初に課題をやることが多いんだ」
現に今も、和男と清水さんは今日の数学Bの授業で配られた課題プリントを広げている。
「なるほどです。それは一石二鳥でいいですね。私も課題からやりましょう」
「あたしもそうするわ。数Ⅱも数Bも課題出たし……」
「あたしも課題をするッス。古典があるッスから。分からないところがあったら、ひおりん達にすぐに訊けるッス」
「じゃあ、みんなで課題を片付けるか」
『おー!』
氷織と俺以外は右手を拳にして突き上げた。みんな、苦手科目の課題が出ているから、この勉強会で片付けようと考えているのだろう。
こうして、2年生最初の勉強会が始まるのであった。
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