第35話『観覧車』

 お昼ご飯を食べ終わった後も、6人でアトラクションを廻っていく。

 コーヒーカップやゴーカートなどといった遊園地の王道のアトラクションに行ったり、2度目のジェットコースターに乗ったりと午後の時間を過ごす。その中で、氷織の笑顔をたくさん見られて嬉しかった。

 ただ、楽しい時間はあっという間に過ぎていくもの。

 気づけば夕方になっており、陽が傾き始めていた。ドームタウンの景色がほんのりと茜色に色づいている。


「夕方になったし、そろそろラストにするか。俺から提案なんだが、ラストはあれに乗らないか?」


 和男はそう言うと、観覧車の方を指さした。


「観覧車か。いいと思うよ、和男君!」

「あたしも賛成。観覧車は定番の一つだし、乗っておきたいわ」

「いいッスよ!」

「私も賛成です」

「絶叫系中心に廻ったからな。観覧車にゆっくりと乗って締めくくるのもいいと思う」

「おう! みんな賛成してくれて嬉しいぜ! じゃあ、観覧車へ行こう!」


 和男、凄く嬉しそうだな。

 提案した和男を先頭に、俺達は観覧車に向かって歩き始める。

 夕方になったのもあってか、お客さんの数が落ち着いてきた。明日から仕事や学校が始まるので、早めに帰った人がいるかもしれない。

 観覧車乗り場に到着すると、そこには待機列ができていた。俺達は最後尾に並ぶ。2列の形なので、ジェットコースターやフリーフォールと同じように、和男と清水さん、俺と氷織、火村さんと葉月さんという組み合わせで並ぶ。

 列を整備している係員さんの話だと、観覧車に乗るまでは20分ほどかかるそうだ。定番のアトラクションだけあって、乗りたい人が多いんだな。あとは、夕方になって、夕陽に照らされた都心の景色を見たい人が結構いるのかも。


「そういえば、和男君。ドームタウンの観覧車って6人も乗れたっけ? そこまで広くなかった気がしたけど」

「確かに広かった記憶はないな。俺の体がデカいからかもしれないが。ちょっと係員さんに訊いてくるぜ」


 和男は列を抜けて、列の先頭にいる係員のところに行く。

 観覧車のゴンドラを見た感じ、そんなに大きくはないな。7年前だけど、家族4人で乗ってちょうど良かった記憶がある。

 観覧車の方を見ると……結構ゆっくり動いているな。1周何分なのかスマホで調べてみると、15分ほどのこと。

 和男は小走りで戻ってきた。陸上部の短距離走選手だから、フォームがとても綺麗だ。大きな体なのもあって、並んでいる人の多くが和男を見ている。


「教えてもらってきた。ゴンドラの定員は4人までだそうだ」

「そうなんだね、和男君。全員一緒に乗れないのは残念だけど、定員が決まっているなら仕方ないね」

「そうだね、清水さん。定員は4人までか。どういう割り振りにしよう?」

「……あの」


 スッ、と氷織は右手を顔のあたりまで挙げる。


「今、隣同士で並んでいる人とペアで乗るのはどうでしょうか? 実は明斗さんと2人きりでお話ししたいことがありまして。その我が儘もありますが……」


 氷織はそんな提案をする。隣同士ってことは、和男と清水さん、俺と氷織、火村さんと葉月さんの分かれ方になるのか。カップルも2組いるし、これが一番無難そうかな。

 あと、俺と2人きりで話したいことって何だろう? お試し期間の更新についてかな。


「氷織の提案、いいと思うわ。カップルも2組いるし。それに、隣のゴンドラに乗っていれば、氷織の姿は十分に見られると思うから」


 火村さんがそんな肯定意見を口にする。6人の中で唯一、火村さんが反対意見を出しそうだったのに。氷織と一緒に乗れないからという理由で。俺と氷織、和男と清水さんカップルに気を遣ってくれているのかな。


「俺も青山の提案に賛成だ」

「あたしも賛成だよ」

「いいッスよ! ひおりん!」

「俺も氷織と一緒に乗れるなら。じゃあ、氷織の提案した形で乗るか」

「みなさん、ありがとうございます」


 お礼の言葉を言うと、氷織は優しく微笑んだ。

 それから、ゴンドラに乗るまでの間は今日行ったアトラクションの話をした。楽しかったアトラクションばかりだったので結構盛り上がって。

 そして、係員さんが言ったように、列に並び始めてから20分ほどで俺達の順番になった。


「じゃあ、また地上でな!」

「お先に!」


 最初に和男と清水さんがゴンドラに乗る。2人の体格差がかなりあるから、和男の方にゴンドラが傾いているように見えるけど……大丈夫だろうか。地上で無事に会えることを祈ろう。


「次のカップルさん、どうぞ」

「はい。じゃあ、お先に。火村さん、葉月さん」

「行ってきますね」

「楽しんでくるッスよ!」

「また地上で会いましょう」


 次に来たゴンドラに氷織と俺が乗る。

 4人乗りなので、隣同士でも向かい合う形でも座ることができる。ただ、氷織が俺に話したいことがあると言っていたから、とりあえずは氷織と向かい合う形で座る。

 座席に座り、夕陽に当たっている氷織の姿は凄く綺麗だ。今日はずっとみんなと一緒にいたから、2人きりのこの状況にドキドキする。

 あと、氷織の後方には次のゴンドラが見える。火村さんと葉月さんがちょうど乗るところだった。


「ひ、火村さんと葉月さんも乗ったな」

「そうですか。私の方からは美羽さんと倉木さんが見えます」


 氷織は後ろに振り返ると、火村さんと葉月さんが楽しそうに手を振ってくる。俺達もそんな2人に手を振った。

 俺が後ろを振り返ると、一つ前のゴンドラに乗っている和男と清水さんが見えた。2人に手を振ると、彼らはこちらに手を振ってくれた。


「何だか、2人きりだけど、2人きりじゃないって感じだな。って、矛盾してるか」

「ふふっ。でも、それが的確な表現だと思います」

「そうか」

「……さっそく本題に入りましょうか。明斗さんと2人きりで話したいこと……それはお試しの恋人関係のことについてです。本来は家に帰ってからテレビ電話で話す予定でしたが、直接お話ししたいと思って。いいですか? 明斗さん」

「もちろんいいよ」


 やっぱり、話したいことはお試しの恋人関係についてか。急に緊張してきた。背筋が自然と伸びる。

 氷織は優しげな微笑みを浮かべて、俺の目をしっかり見てくる。夕陽に照らされているのもあり、その姿が本当に美しくて。見惚れてしまう。


「明斗さんは私とお試しで付き合い始めてみて……どうですか?」

「毎日が凄く楽しいよ。夢のような時間を過ごさせてもらってる。氷織の家でお家デートしてからは、氷織の微笑みや笑顔を見られるようになって。それをとても嬉しく思っているよ」

「そうですか。そう言ってもらえて嬉しいです」


 今の言葉が本当であると示すかのように、氷織の微笑みが嬉しそうなものに変わる。そんな氷織を見て安心している自分がいた。


「氷織は俺とお試しで付き合い始めてみてどうかな?」

「私も同じ気持ちです。明斗さんと一緒にいる時間が楽しいと思っています。本やアニメ、猫などのことで話すときはとても楽しいです。お家デートや萩窪デート、今日もとても楽しい時間でした」

「そうか。嬉しいな」


 俺と同じ気持ちであることがとても嬉しい。心がどんどん温まっていく。


「中学時代の話をするときは緊張しました。でも、明斗さんは真摯に聞いてくれて。そして、笑顔を受け止めてくれる。私を守ってくれると言ってくれたのが嬉しかったです。微笑みや笑顔を見せられるようになったのは、今は明斗さん達が側にいることに安心できたからだと思います」

「なるほどね。一緒に来た4人は、何かあったときに氷織のことを支えてくれると思うよ」

「私もそう信じています」


 そう言うと、氷織は前後のゴンドラを見る。

 火村さん、葉月さん、和男、清水さん。彼らは氷織の心強い味方になってくれるだろう。彼らもいるからか、今日の氷織は微笑みや笑顔をたくさん見せてくれた。ドームタウンでの時間を楽しく過ごしていると分かる。


「一緒に過ごす中で、明斗さんの存在が私の中で大きくなっています。家にいるときに明斗さんのことを考えることが増えてきて。告白されたときのように、温かい気持ちを抱くことが何度もあって。今もまだ、はっきりとは分かりませんが……好意の可能性はあると思います」


 俺が告白したとき、氷織は温かな気持ちを抱いたことについて「好意かどうか分からない」と言っていた。だから、「好意の可能性はある」と言ってくれることが嬉しい。

 あと、今の氷織の話や、これまでの氷織を思い出すと……温かな気持ちを抱く理由は好意である可能性は結構ありそうな気がするけど。いや、それは自意識過剰なのかな。


「私は明斗さんと今のような時間を過ごしたいです。その中で、明斗さんへの想いをはっきりさせたいなと思っています。なので、お試しの恋人関係の期間を延長したいです。明斗さん、どうでしょうか?」

「もちろんいいさ。じゃあ、延長決定だな」

「はいっ」


 氷織はしっかりと首肯する。

 お試しの恋人期間を延長したいと言ってくれて、嬉しい気持ちとほっとした気持ちを抱く。明日からも氷織と一緒に過ごせるんだ。良かった。


「次の更新日はいつにしようか」

「今日は5月5日ですから……今月末にするのはどうでしょうか」

「いいと思う。じゃあ、次は5月31日に話し合おう。あと、俺への想いについては、氷織のペースで考えていいからね」

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 俺達は互いに頭を下げる。

 とりあえず、今月中はお試しの恋人関係が継続することになった。この間に氷織から想いを伝えてもらうことはあるのだろうか。好きであり、正式に付き合いたいと言ってもらえるのが一番いいが。俺にできることは、一緒にいて楽しいと氷織に思ってもらえるように日々を過ごしていくことかな。


「明斗さん。とても良い景色が広がっていますよ」

「……本当だ」


 お試し期間の更新について話していたのもあり、ゴンドラは結構高いところまで上っていた。それもあって、ゴンドラからは東京都心の広い景色を臨めている。夕陽に照らされているので、とても美しくて贅沢な感じがした。

 俺も氷織もスマホを取り出し、ゴンドラからの景色を写真に収めた。前後のゴンドラに乗っている友人達の姿も。


「いい風景がたくさん撮れました」

「俺も撮れたよ」

「……明斗さん。どちらでもいいので、壁側に寄ってもらえますか?」

「分かった」


 俺はシートの左側に寄る。

 すると、氷織は向かい合いのシートからゆっくりと立ち上がり、俺の右隣に座ってきた。そのことで、氷織の甘い匂いがふんわりと香ってきて。右脚や右腕から氷織の温もりが伝わってくるので、今まで以上にドキドキする。


「広めのシートなので、明斗さんの隣に座りたくて。明斗さん、ありがとうございます」

「いえいえ。俺も……氷織と隣同士で座りたいと思ってた」

「そうですか。嬉しいです」


 至近距離で微笑む氷織にドキッとし、心臓から全身へと強い熱が広がっていく。

 氷織は、俺の太ももに乗せている俺の右手に自分の左手を重ねてくる。


「さっき、明斗さんに話したいことがあるから2人がいいと沙綾さん達に言いました。それも本当です。ただ、一番は……明斗さんとドームタウンの中で2人きりの時間を過ごしたいと思ったからです。みんなで過ごすのもいいですけど、明斗さんと2人きりなのはとてもいいなって思います」


 甘い声でそう言い、氷織は俺の右肩に頭をそっと乗せてくる。そのことに体がピクッと震えた。氷織の髪から香るシャンプーの甘い匂いに鼻腔がくすぐられる。あと、氷織の胸の谷間がチラッと見えて。ドキドキが止まらない……!


「ひ、氷織さん?」

「……明斗さんの温もり……いいですね。お化け屋敷のときも、寄り添ったら安心できましたし」

「そう言ってくれて嬉しいよ。俺も……氷織の温もりがいいなって思う」

「良かったです。降りるまで、このままでいてもいいですか?」

「もちろんさ」

「ありがとうございます」


 今までで一番近い場所で、俺と氷織は笑い合った。


「氷織。今の俺達をスマホで撮ってもいいか?」

「いいですよ。後でもいいので、LIMEで送ってくれますか?」

「分かった」


 俺はスマホを取り出し、インカメラで自分達の姿を撮影する。その際、氷織は右手でピースサインをして、可愛い微笑みで写った。

 写真を見ると、俺達はかなり寄り添っているのだと分かる。そのことに氷織は照れくさそうにしていた。あと、前後のゴンドラから火村さん達がこちらを見ているし。それでも、ゴンドラを降りる直前まで、氷織は俺から離れることはなかった。

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