第34話『お化け屋敷でのお礼』
「いやぁ、お化け屋敷楽しかったッス!」
出口に辿り着き、お化け屋敷の外に出ると、葉月さんは満足そうに言った。終始、葉月さんはテンションが高かったからなぁ。葉月さんが一緒にいたおかげで、お化けや幽霊などが出ても、怖さや驚きがすぐになくなっていった。
「無事に出口まで辿り着けたんですね……」
「お、終わったのね。ここのお化け屋敷は何度来ても怖いわ」
氷織と火村さんは外に出られたことに安心している様子だ。ただ、2人はお化け屋敷に入る前と比べて疲れているように見える。お化けや幽霊が出る度に結構なボリュームで叫んでいたからなぁ。それによる疲れだろう。
「葉月さんが楽しめたようで良かった。氷織と火村さんはお疲れ様」
「紙透君はどうだったッスか?」
「俺も結構楽しかったよ」
たまに、予想外の登場の仕方をしたお化けや幽霊がいて驚いたし。
あと、氷織と火村さんが頼りにしてくれたからな。それに、ずっとテンションが高い人と叫びまくる人と一緒にお化け屋敷に入るのが初めてだったから新鮮だった。
「予想以上に怖かったです。たくさん叫んでしまいました」
「あたしもいっぱい叫んじゃったわ。紙透が側にいなかったり、沙綾の楽しそうな声が聞こえなかったりしたら、途中でギブアップしていたかも」
「私もです。あと、恭子さんっていう一緒に叫んでくれる人がいたのも良かったです」
「あたしもそれ思った。怖いのはあたしだけじゃないんだって思えたから」
「ですね」
氷織と火村さんはそう話すと、お互いの顔を見て笑い合う。恐怖を共にし、一緒にたくさん叫んだことで、2人の友情と仲間意識がより深まったのかも。
「明斗さん、沙綾さん。ありがとうございました」
「2人ともありがとう」
氷織と火村さんは柔らかな声でお礼を言ってくれる。氷織がお礼を言ったからか、火村さんも素直だな。
「いえいえ」
「お礼を言われるほどのことはしていないッスよ。あたしはただ楽しんでいただけなので。2人を支えたのは紙透君ッスよ」
「明斗さんの腕をぎゅっと抱きしめていましたからね。何度も叫んだのに、嫌な顔を一つ見せないでいてくれました」
「あたしもたくさん叫んだからね。後ろからシャツを掴んで、身を寄せて。とても頼りになったわ。……感謝してる」
優しく微笑んでくれる氷織はもちろんだけど、頬を赤くして照れくさそうに俺をチラチラと見てくる火村さんも結構可愛らしい。
「2人の支えになれて良かったよ」
お化けや幽霊に怖がっている氷織と火村さんは可愛かったし。それに、氷織にぎゅっと腕を抱きしめられて密着できたからな。お化け屋敷がより好きになったよ。
「……そうだ。明斗さんにカーディガンを借りていましたね。ありがとうございました。このカーディガンのおかげで体が冷えずに済みました。あと、袖がほとんどないワンピースを着ていたので、肌触りがとても気持ち良かったです」
「それは良かった。ただ、脱ぐ前に写真を撮ってもいいかな。似合っているし、今日の思い出ってことで」
「あたしも!」
「いいですよ」
そして、少しの間、俺と火村さんはロングカーディガンを着た氷織をスマホで撮影した。火村さんは氷織とツーショットの自撮りもしていた。
ピースサインをする氷織とか、火村さんと葉月さんとのスリーショットなど、いい写真が何枚も撮れた。
撮影会が終わった後、氷織からロングカーディガンを返してもらい、再び着た。カーディガンを着た瞬間、氷織の甘い匂いがフワッと香ってきて。シャツ越しに氷織の温もりを感じられて。氷織に包まれている感じがする。あぁ、幸せだ。お化け屋敷でカーディガンを貸したとき、氷織もこんな感じだったのかな。
今後、写真を見たり、このカーディガンを着たりしたとき、きっと今日のお化け屋敷のことを鮮明に思い出すのだろう。
俺はグループトークに『お化け屋敷終わった。出口の近くにいる』とメッセージを送る。そして、出口近くにあるベンチに座る。
正午近くになったからか、俺達が来たときと比べてより賑わっているな。
「おう、みんな!」
「お化け屋敷お疲れ様!」
和男と清水さんが、手を振りながらこちらに向かってやってくる。和男のあの巨体は、多くの人がいても一発で見分けが付くな。
「お化け屋敷どうだった?」
「凄く楽しかったッス! 氷織とヒム子が怖がって、紙透君にずっとしがみついていたッス」
「結構怖かったです」
「怖かったわね。清水と倉木は入らなくて正解だったわ」
「そ、そうなんだね」
「ソフトクリームを食べに行って正解だったな」
和男と清水さんは青ざめた顔になって、体が小刻みに震えている。本当に気の合うカップルだなぁ。俺達の話を聞くだけでこの反応だと、お化け屋敷の中に入ったら、氷織と火村さん以上に叫んでいただろうな。
「2人はソフトクリームを食べに行ったんだ」
「ああ。この近くで売っていたからな。俺はチョコで、美羽はミルク味」
「冷たくて美味しかったよね」
「おう! 一口交換もしたよな」
「うん! チョコ味も美味しかったよ!」
「ミルク味も最高だったぜ!」
幸せそうに話す和男と清水さん。どうやら、2人も楽しい時間を過ごしたようだ。アトラクションに入ることだけが遊園地での楽しみ方じゃないよな。
「2人も楽しい時間を過ごせたようで良かった。さてと、これからどうする? 正午も過ぎたし、お昼ご飯にするか? でも、2人はソフトクリーム食べたばかりか」
「いや、ソフトクリーム食って腹減った」
「……ソフトクリーム食べたんだよな?」
「ソフトクリーム食って、食欲のギアが本格的に入った」
「なるほど、そういうことか」
食欲の呼び水になったってことか。和男らしい。
「みんなはどう? 特にソフトクリームを食べた清水さんは」
「絶叫マシンとお化け屋敷で叫びまくったから、あたしはお腹空いたわ」
「私も同じような感じです。叫ぶのって体力を使うんですね」
「あたしもお腹空いたッス」
「和男君と食べたのはソフトクリーム一つだからね。これからお昼でも大丈夫だよ」
「そうか。じゃあ、これからお昼ご飯にしようか」
俺達はお化け屋敷を後にして、食事処が集まっているフードエリアへ向かう。
直営のレストランだけでなく、全国的にチェーン展開しているお店がいくつも入っている。それらを見て、お腹が空いている火村さんと和男はテンション高め。
お昼時なのもあって、どのお店も混んでいるな。
ただ、ハンバーグやステーキが楽しめるチェーンのレストランは、店の外からでも空席がちらほらと見えた。みんな、肉料理は好きとのことで、このお店でお昼ご飯を食べることに決めた。
店内に入ると、運良く4人用のテーブル席と隣の2人用のテーブル席が空いていた。お店側のご厚意で、2人用のテーブルを動かしてもらい、6人で一緒に食べられることに。
席順は窓側から俺、氷織、火村さん。テーブルを挟んで俺の正面から和男、清水さん、葉月さんという座り方だ。
それぞれが好きなメニューを頼み、15分ほどでテーブルに運ばれてきた。ちなみに、俺が注文したのはチキンステーキセット。
「みんなが注文したのが来たし、食うか! いただきます!」
『いただきまーす!』
和男の号令で、俺達はお昼ご飯を食べ始める。
ナイフとフォークを使ってチキンステーキを一口サイズに切り分ける。切り分けたステーキを和風おろしソースにつけ、口の中に入れた。
「熱っ。……あぁ、美味しい」
和風ソースなのでさっぱりしている。肉の甘味や旨みを感じられてとても美味しい。醤油ベースのソースだからご飯にもよく合うなぁ。
「ハンバーグも美味しいですよ」
「そうなんだ。良かったね」
俺がそう言うと、氷織はやんわりとした笑みを浮かべ、デミグラスソースのハンバーグを食べている。
火村さん達も自分の頼んだ料理が美味しいのか、みんないい笑顔を見せている。このお店にして正解だったようだ。
「和男君、カットステーキを一切れあげるよ!」
「ありがとう! じゃあ、お礼にハンバーグを一口やろう」
と言って、和男と清水さんは自分の頼んだメニューを一口交換している。学校でお弁当を食べているときもおかずの交換をよくしているので見慣れた光景だ。本当に仲がいいよなぁ。
「明斗さん、私達も一口交換をしませんか?」
「うん、いいよ」
和男と清水さんを見て、氷織と一口交換したいなと思っていたので、彼女から提案してくれたのは嬉しい。それに、ハンバーグもどんな感じが気になっていたし。
一口サイズに切り分け、デミグラスソースを付けたハンバーグを氷織は俺の口元まで持ってきてくれる。
「はい、あーん」
「あーん」
俺は氷織にハンバーグを食べさせてもらう。
噛んでいく度にハンバーグの肉汁が口の中に広がっていって。それがデミグラスソースと混ざって旨みが増していく。
「ハンバーグ美味しいよ、氷織」
「良かったです。美味しいですよね」
「うん。じゃあ、チキンステーキを食べさせてあげるよ」
俺は一口サイズに切り分け、和風ソースを付けたチキンステーキを氷織の口元まで持っていく。
「氷織、あーん」
「あーん」
氷織にチキンステーキを食べさせる。
氷織はゆっくりとチキンステーキを咀嚼していく。お気に召したのか、氷織は可愛らしい微笑みを見せてくれる。
「美味しいですね。私のがこってりしているデミグラスソースなので、さっぱりとしている和風ソースがとてもいいと思えます」
「それは良かった」
「正式な方も、お試しの方もカップル達が見せつけてくるッスねぇ」
「まあ、それだけ仲がいいってことでいいじゃない」
火村さんと葉月さんは微笑みながら俺達のことを見ている。そして、一足早く一口交換を終えた和男&清水さんカップルはニヤニヤしてこちらを見る。葉月さん以外は氷織に食べさせてもらうところを見られた経験があるけど、みんなから視線が集まるとちょっと恥ずかしい。俺と同じなのか、氷織の頬がほんのりと赤くなっていた。
「ね、ねえ。紙透」
「うん?」
火村さんは俺のことをチラチラと見ている。どうしたんだろう?
「……あ、あたしのビーフステーキを一口あげるわ。その……お化け屋敷ではあなたにたくさん頼ったから。そのお礼ってことで」
「いいのか?」
「ええ。あたしもソースが和風だから、味は被っちゃうけど。それでも良かったら……食べさせてあげるわ」
そう言う火村さんの頬は段々と赤くなっていく、氷織よりも赤みが強いな。そんな火村さんのことを、葉月さんがニヤニヤして見ている。
「味被りは別にかまわないよ。この和風ソース好きだし。ただ、食べさせてもらっていいのかな。……氷織」
お試しだけど、俺は氷織の恋人だ。他の女の子から食べさせてもらうのは氷織が嫌がる可能性がある。
「お化け屋敷では、私と一緒にしがみついていましたからね。そのお礼であれば、恭子さんから食べさせてもらうのはかまいません」
特に嫌がる様子は見せず、氷織はそう言った。
「分かった。じゃあ、食べさせてもらおうかな」
「分かったわ。このままじゃ食べさせづらいから、ちょっとこっちに来て」
「ああ」
俺は席を立って、火村さんのすぐ近くまで行く。火村さんがビーフステーキを食べさせやすいように、少ししゃがむ。
火村さんは和風ソースをつけたビーフステーキを俺の口元まで持っていく。
「紙透、あ、あ~ん」
「あーん」
火村さんに和風ソース付きのビーフステーキを食べさせてもらう。
このさっぱりとした和風ソースはビーフステーキにも合うんだな。とても美味しい。
「どう? 紙透」
「とても美味しいよ。ありがとう、火村さん」
「うんっ。さっきはありがとね、紙透」
火村さんは俺に向けてとても可愛い笑顔を見せ、俺の頭をポンポンと優しく叩いた。そんな火村さんにちょっとキュンとなって。氷織に見せるような笑顔を俺にも見せてくれるようになって嬉しいな。お化け屋敷効果だろうか?
「私も明斗さんの頭を撫でます」
と、氷織は俺達を見ながら言った。今の火村さんを見て、自分も撫でたくなったのかな。
自分の席に戻ると、氷織は優しく微笑みながら俺の頭を撫でてくれる。俺の家でお家デートをしたときも頭を撫でてくれたけど、表情の違いもあって、今回の方がより優しさを感じられる。
それからは、午前中に行ったアトラクションのことを中心に話しながら、楽しい昼食の時間を過ごすのであった。
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