第33話『お化け屋敷』

「おかえりなさーい! お疲れ様でした!」


 マシンが地上に辿り着いた瞬間、係員のお姉さんが元気良くそう言ってくれた。ドームタウンでは絶叫マシンがスタート地点に戻ると「おかえり」と言うのが決まりなのだろうか。決まりであっても、おかえりと言ってもらえるのは気分がいい。


「フリーフォール楽しかったです! 明斗さんはどうでしたか?」

「……フリーフォールも怖かった。脚が宙ぶらりんだったし。ジェットコースター以上かもしれない。でも、落下するときに顔に受ける風は悪くないって思ったよ。氷織と手を繋いでいたし」

「ふふっ、そうですか」


 楽しそうに笑いながらそう言う氷織。フリーフォールが本当に楽しかったんだな。氷織は俺の手をぎゅっと握ってくる。

 安全バーが上がり、俺達はマシンから降りる。


「おおっ、地面だ。すげえ……」

「フリーフォールを降りてからの第一声でそう言う人を初めて見たわ」


 苦笑しながら火村さんがそう言うと、葉月さんは「あははっ」と楽しそうに笑う。氷織と和男と清水さんは声には出さなかったけど笑顔を見せている。


「乗っているときは足が着いていなかったからさ。地上に立って凄く安心したんだ」

「なるほどね。今回は体調は大丈夫?」

「大丈夫だよ。一瞬だったからかな」

「良かった」


 優しい笑みを浮かべ、呟くようにして言う火村さん。ジェットコースターのときも、乗り場から離れる際に背中を支えてくれたし。火村さんは結構優しい人なのかも。

 俺達はフリーフォール乗り場を後にする。フリーフォールの列も俺達が並ぶ前と比べて長くなったな。


「みんな。次はどうする? 3連続で絶叫マシンに行くか? それとも、別ジャンルのアトラクションにするか? 行きたい場所があったら遠慮なく言ってくれ!」

「あたし、行きたい場所があるッス!」


 ピシッと右手を挙げる葉月さん。よほど行きたい場所なんだろうなぁ。


「おっ、葉月。どこに行きたいんだ?」

「あそこにあるお化け屋敷ッス!」


 そう言うと、挙げていた右手をお化け屋敷の方に向け、人差し指で指さした。


「お化け屋敷か。遊園地の定番だな、葉月さん」

「そうッスよね! あたし、お化け屋敷とかの心霊系アトラクションが大好きッス!」

「そうなんだ。俺もそういうアトラクションは好きな方だな。映画やアニメもホラー系で好きな作品がある」

「あたしもッス!」


 葉月さんはキラキラと目を輝かせ、俺のことを見つめてくる。心霊系が本当に大好きなのだと分かる。お化け屋敷に行きたくなるよな。


「お、お化け屋敷か……」

「……小さい頃に迷子になったことがあってさ。それ以降は怖くて行けてないんだよね。元々、心霊系がかなり苦手で……」

「美羽と同じで、俺も心霊系がメチャクチャ苦手だぜ……」


 和男も清水さんもいつになく元気のない様子。顔色も悪くなってきている。2連続で絶叫マシンに乗って得た元気はどこへ行ったのやら。


「そういえば、2人からお化け屋敷の話は一切聞かなかったな。氷織や火村さんはここのお化け屋敷には行ったことある? 俺、最後に行ったのは7年前だし、お化け屋敷は姉貴に終始しがみつかれた記憶しかないから」

「私は絶叫系中心に回ったので行ったことはないですね」

「心霊系が平気な友達がいたから、あたしは行ったことあるわ。結構怖かったから、清水と倉木は無理だと思う。あと、お化け屋敷は4人まで一緒に入れたわ。あたしも4人で入ったし」

「なるほどッス。ちょっと係員の方に確認してくるッス!」


 葉月さんはそう言うと、お化け屋敷の入口付近にいる係員の男性の方に向かって走っていった。4人まで一緒に入れるなら、和男と清水さん以外の4人で行く形がいいかな。


「氷織ってお化け屋敷はどう?」

「ちょっと苦手ですが、心霊系が好きな人や平気な人が一緒なら入れます」

「あたしも同じ感じ。1人では絶対に入らないわ」

「私も1人では無理ですね」

「気が合ったわね!」


 火村さんの表情が凄く明るくなった。好きなものはもちろんだけど、嫌いなものが一緒でも親近感が湧くことってあるよなぁ。それを考えると、絶叫系が大好きで心霊系が大嫌いな和男と清水さんはとても気の合うカップルなのかもしれない。

 どうもッス、という葉月さんの声が聞こえた。お化け屋敷の方に視線を向けると、葉月さんがこちらに向かって走る姿が見えた。


「ヒム子の言う通り、4人まで一緒に入れるッス」

「そうか。じゃあ、葉月さんと氷織、火村さん、俺の4人でお化け屋敷に行くか。和男、清水さん、それでもいいか?」

「全然かまわないよ。ね? 和男君」

「おう! ちょっと腹減ったし、アイスとか食いながら、美羽と一緒に出口近くで待ってるぜ」

「分かった。じゃあ、お化け屋敷の出口で待ち合わせしよう」

「おう!」


 和男と清水さんと一旦別れ、俺は氷織、火村さん、葉月さんと一緒にお化け屋敷の方へ向かう。

 待機列ができていたが、ジェットコースターとフリーフォールに比べるとかなり短い。さっき、葉月さんが尋ねた男性の係員に訊くと、10分ほどで入れるそうだ。


「すぐに入れそうですね」

「そうだね。絶叫マシンでは氷織に支えてもらったから、今度は俺が氷織を支える番だな」

「頼りにしていますよ、明斗さん」


 氷織は俺の右手を今一度ぎゅっと握った。お試しではあるが、彼氏として頼りがいのあるところを見せたい。

 係員さんの言う通り、それから10分ほどで俺達はお化け屋敷の中に入る。

 これまでずっと晴天の下にいたので、薄暗くて涼しいこの空間に入るだけでもホラーな雰囲気が感じられる。


「おぉ、暗くて涼しくていい雰囲気ッスねぇ!」


 そんな葉月さんの声はとっても明るい。楽しげな彼女の笑顔を見ていると、お化け屋敷の中を明るく照らしてくれる気がするよ。


「暗いだけじゃなくて、涼しいのが怖い雰囲気を演出しているわよね。今日の気候だと外よりもちょっと涼しいなぁって感じだけど、夏に来ると結構寒く感じるんじゃないかしら」

「私は今でも寒く感じますよ。フレンチスリーブの服だからでしょうか」

「氷織は寒がりなのね。あたしはノースリーブでも涼しくて心地いいわ」

「氷織。俺のカーディガンでよければ羽織るか? 今までずっと外にいたから、俺は体が温まっているし」

「……では、お言葉に甘えますね」


 俺はロングカーディガンを脱いで、氷織に手渡す。体が温かくなっているから、長袖のVネックシャツ1枚でちょうどいいくらいだ。

 氷織は俺のカーディガンを羽織る。薄暗いけどよく似合っているのが分かる。カーディガンの袖からちょっと手を出しているのが可愛らしい。


「いい感じじゃない! 氷織!」


 興奮したの様子の火村さんは大声でそう言う。その声が響いたからだろうか。前方から「きゃあっ!」という女性の叫びが聞こえる。


「どうだ? 氷織」

「……さっきまで明斗さんが着ていたので、とても温かいです。これなら大丈夫そうです」

「それなら良かった」

「ひおりんの寒さ対策もできたようッスね。じゃあ、行くッスか」


 葉月さんのその言葉に俺達3人は頷く。そして、氷織は俺と恋人繋ぎをする。

 心霊系が大好きな葉月さんを先頭に、俺達はお化け屋敷の中を歩き始める。

 壁には『レントゲン室』と書かれた古びた看板が取り付けられていたり、病院内での注意書きを記したボロボロのポスターなどが貼られたりしている。どうやら、廃病院がモチーフのようだ。


「ここは廃病院ですかね。怖いですね。恭子さん、どんなのが出てきたか覚えていますか?」

「……覚えてない。友達の後ろにいて、しがみついていたから」

「そうですか……」


 氷織、不安そうだ。どういったものが出てくるか事前に聞いて、心構えをしようと考えていたのだろう。

 それからも俺達はお化け屋敷の中を進んでいく。このお化け屋敷ではどんな人が出てくるんだろうな。


 ――ガラガラッ。

「そこのお嬢さん方、診察はいかがですかぁ」

『きゃああっ!』


 横にある扉が急に開き、血まみれの白衣姿の男性が姿を現したのだ。その瞬間、氷織と火村さんが悲鳴を上げる。

 氷織は俺の右腕をぎゅっと抱きしめ、火村さんも俺の背中に身を寄せている。そのことで、右腕と背中から温もりと柔らかさが。ドキドキしてきたぜ。


「おぉ、横からの登場ッスか」


 葉月さんは驚くことなく、楽しそうに白衣姿の男性を見ている。さすがはお化け屋敷に行きたいと言うだけのことはある。

 閉まっている扉が開いてからの登場だったので、俺もちょっとビックリした。心霊系が苦手な和男と清水さんは相当驚くだろうな。

 男性の服装からして、亡くなった医師の設定だろうか。扉の横には『診察室』と描かれた看板があるし。男性はニヤリと厭らしさも感じられる笑みを浮かべ、氷織達のことを見る。


「可愛い女の子は大歓迎だよぉ~。奥で診察していくか~い?」

「お断りよ! バカ!」


 火村さんは叫ぶようにして言う。氷織は俺の腕を抱きしめたまま首を左右に激しく振る。2人とも、この血まみれ白衣の男性に怖がっているようだ。


「あたしも断るッス。友人を待たせているんで」


 葉月さんは冷静にそう言った。

 男性は残念そうな笑みを浮かべる。


「それは残念だね。女の子と戯れられると思ったのに……」


 と言って、白衣の男性は診察室の中に入り、扉をゆっくり閉めた。氷織達が断ったから何もなかったけど、もし診察を受けると言ったら何をしようとしていたのか。さっきの不気味な笑い方からして変なことをしそうだ。あと、男性だけだったらどんな対応をしていたのやら。塩対応かな。


「氷織、火村さん。あの白衣の男性はいなくなったよ」

「……良かったです」


 氷織は俺の右肩から顔を離す。俺と目が合うと、彼女は安心した様子で微笑んだ。

 また、振り返るとすぐそこに、少し俯く火村さんの姿があった。上目遣いで俺のことをチラチラと見ている。


「さ、さっきはごめん。あの男が出たことに凄くビックリして、あなたの背中に身を寄せてしまって……」

「気にしないでいいよ」

「閉まっている扉が急に開いて、姿を現したッスからね。あれはあたしも予想外だったッス」

「私もですよ。すぐ側だったので本当に怖かったです……」


 あの男性が出てきたときの氷織と火村さんの叫び声は凄かったからな。


「……紙透さえ良ければだけど、お化け屋敷を出るまでシャツの裾を掴んでいてもいい?」

「ああ、いいよ」

「……ありがとう」


 火村さんは可愛らしい笑みを俺に見せる。それから程なくして、後ろから少し引っ張られる感覚が。それとほぼ同時に、氷織による腕の抱き方が強くなる。白衣の男性が出てきたことで怖い気持ちが膨らんだのだろうか。

 それからも、葉月さんを先頭に順路を進んでいく。


「どうやら、病室に入るみたいッスね」


 少し歩くと葉月さんがそう言った。

 それまでは病院の廊下を歩いていたが、『順路』の看板に描かれた矢印の方向には病室がある。病室で何かありそうな気が。氷織と火村さんも同じことを考えたのだろうか。氷織は俺の腕を今一度ぎゅっと抱きしめ、火村さんは俺のシャツをくっと引っ張った。


「行くッスよ」


 葉月さんが優しく言い、俺達は病室の中に入る。

 順路の左右に3床ずつベッドが置かれている。どのベッドも掛け布団が膨らんでいるが……。


「う……ら……め……し……や……」


 どこからか、女性の低い声が聞こえてくる。お化け屋敷の定番のセリフ。だからこそちょっと怖さを感じる。

 そして、病室の真ん中あたりまで歩いたとき、


「一緒に天国に来てよ。あたし、寂しいよ……!」

「私だって……!」

『きゃああっ!』


 左右それぞれ真ん中のベッドから、入院着姿の長髪の女性が飛び出し、俺達のすぐ側まで駆け寄ってきたのだ。そのことで、さっきと同じように氷織と火村さんは悲鳴を上げ、俺にしがみついてくる。


「おおっ! 左右から2人同時に来たッス!」


 葉月さんは興奮しながらそう言う。そんな彼女を見ると怖さも和らいでくる。

 入院着姿の2人の女性は俺に視線を向けてくる。


「この男の子、かなりイケメン。ねえ、あたしと一緒にベッドに入って、色々なことをしちゃわない? 天国みたいな時間を味わわせてあげるよ」

「いや、私と一緒にいる方が天国気分を味わえるって」


 2人の女性はにらみ合っている。

 いったい、どんなことをしながら、天国にいるような時間を俺に味わわせてくれるのでしょうか、お姉さん方。というか、氷織に右腕をぎゅっと抱きしめられているだけで、俺はもう天国気分ですよ。後ろでしがみつく火村さんも可愛いし。


「男好きの設定ッスかね?」

「どうなんだろうな」


 設定はどうであれ、このままでは碌なことにならなさそうだ。ここは俺が収めるか。


「どっちのベッドにも入らないですよ。右腕抱きしめているのが俺の恋人なんで。お二人とも幽霊のお仕事を頑張ってくださいね」

『……はいっ』


 2人の女性は声を揃えて可愛らしく返事して、それぞれ元いたベッドに戻っていった。何事もなく済んで良かったよ。

 それにしても、さっきの白衣の男性といい、今の入院着の女性達といい……どうも私情を挟んでいる気がする。お化け屋敷に入ってテンションが高い葉月さんはともかく、怖がっている氷織と火村さんのことは守っていかないと。


「進むか、葉月さん」

「そうッスね」


 それからも、俺達は4人で順路を進んでいく。

 お化けや幽霊役のスタッフが出現する度に、氷織と火村さんは大きな声で叫び、俺にしがみつくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る