第36話『連休の終わり』

「おかえりなさーい! 足元に気をつけてください」


 ゴンドラが地上に戻り、係員のお兄さんが扉を開けてくれる。係員の方から「おかえり」と言われたのはこれで何度目だろう。その回数は分からないけど、今年一番「おかえり」とたくさん言われた日になるのは確定だと思われる。

 俺が先にゴンドラから降り、氷織の手を軽く引いて彼女を降ろした。


「ありがとうございます、明斗さん」

「いえいえ。そういえば、小さい頃はゴンドラからなかなか降りられなくてさ。両親や姉に手を引かれたり、抱っこされたりことがあったよ」

「ふふっ、そうですか。私も小さい頃は両親に手を引かれてゴンドラから降りましたね。少し大きくなってからは、私が七海の手を引いてあげました。大きくなっても、誰かに手を引かれて降りるのはいいですね」


 優しく微笑みながらそう言う氷織。凄く可愛いなぁ。これからも遊園地に行って、一緒に観覧車に乗ったときは今のように氷織をゴンドラから降ろしてあげよう。


「観覧車、とても良かったです。明斗さんと2人きりで乗って正解でした」

「俺も氷織と2人きりの時間を過ごせて良かったよ」


 乗っていたのは15分ほどだった。ただ、お試しの交際期間の更新の話もあったから、とても濃い時間を過ごせた。だから、観覧車に乗ったときのことは絶対に忘れないだろう。

 俺達は観覧車乗り場を後にする。


「おっ、アキ! 青山!」


 観覧車乗り場から地上に戻る階段を降りると、そこには和男と清水さんが。2人は俺達に手を振ってくる。2人とも、明るく朗らかな笑顔だ。


「途中から、2人は隣同士に座って寄り添っていたよね。あれはとてもいい光景だったよ!」

「良かったよな!」

「ははっ、そりゃどうも」


 前後のゴンドラから、和男達は俺達の様子を見ていた。だから、ゴンドラから降りたら、寄り添っていることについて何か言われるとは覚悟していた。

 和男も清水さんも明るい笑顔で素直に感想を言ったからか、氷織は特に恥ずかしがる様子はなかった。


「おっ、火村と葉月も降りてきたぞ!」


 和男がそう言うので観覧車乗り場の方を見ると、乗り場から降りてこちらにやってくる火村さんと葉月さんの姿が。2人は笑顔で手を振ってくる。


「観覧車、結構良かったわね。頂上付近は特に綺麗な景色が見えて」

「日が傾き始めているのがまた良かったッスね。都心の景色も良かったッスけど、前のゴンドラに乗っていたひおりんと紙透君も良かったッスよぉ。途中から並んで座って、寄り添っていたッスから。キスするかもしれないと思ってドキドキしっぱなしだったッス!」

「あたしも、氷織が紙透の肩に頭を乗せたのを見たときはドキッとしたわ。羨ましくも思った。だけど、沙綾が『2人いい感じッスねぇ。キスするッスかね?』って興奮していたから、逆に冷静になったわ」

「そ、そうでしたか」


 頬をほんのりと赤くしてはにかむ氷織。

 途中から氷織が俺の隣に座って、頭を俺の肩に乗せた……という光景を見たら、キスするんじゃないかと考えるのは自然か。

 あと、BLじゃなくても葉月さんは興奮するんだな。観覧車でのことを思い出しているのか、葉月さんは「はあっ、はあっ」と息が乱れているし。そんな葉月さんが側にいたら、火村さんも冷静になるか。


「それで? 氷織は紙透に話したいことは話せたの?」

「はい、ちゃんと話せました」


 落ち着いた笑みを見せ、氷織はしっかりと返答する。火村さんに向ける氷織の視線はとても真っ直ぐなもの。きっと、観覧車の中で、お試しの恋人期間の更新についてちゃんと話せたからだろう。


「それなら良かった」


 火村さんは微笑みながら氷織にそう言った。


「じゃあ、観覧車にも乗ったし、そろそろ帰るか!」

「そうだね、和男君。あぁ、今日は楽しかった!」

「楽しかったッスね! ドームタウンは初めて来たけど、とてもいい遊園地だったッス!」

「何度も来たことあるけど、今日が一番楽しめたかもしれない。氷織達と一緒だったからかもね」

「私もとても楽しかったです。ドームタウンは5年ぶりでしたけど、一緒に来たのが明斗さん達で良かったです」


 そう言うと、氷織は俺のことを見て嬉しそうに笑ってくれる。

 みんな、今日のドームタウンでの時間がとても楽しかったみたいだ。アトラクションを回っているときや、お昼ご飯を食べているときはみんな楽しそうにしていたもんな。


「明斗さんはどうでしたか?」

「俺も楽しかったよ。氷織達と一緒だったから、7年ぶりでも凄く楽しめた。みんな、ありがとう」


 この5人だったからこそ、今日はとても楽しい時間を過ごせたと思う。観覧車で氷織と2人きりの時間も過ごせたので大満足だ。いつかは氷織と2人で遊園地デートをしたい。

 氷織と葉月さん、和男と清水さんは明るい笑顔を俺に向け、火村さんは照れくさそうにしていた。

 俺達は観覧車を後にし、ゲートに向かって歩き始める。

 ただ、ゲートの近くにお土産屋さんがあったので、そこでお土産を買うことに。俺はお菓子、氷織とお揃いでキーホルダーを買った。このキーホルダー、帰ったらさっそく自転車のキーに付けよう。

 お土産屋さんを後にして、ドームタウンのゲートを出たときには空はすっかりと暗くなっていた。今日は一日ずっと氷織達と一緒にいたんだなぁ。そう思いながら、俺達は帰路に就くのであった。




 帰りも、乗っている電車は遅延や運転見合わせになることはなかった。萩窪駅で降り、無事に家に帰ることができた。

 家に帰ってきた途端に、今日の疲れがどっと襲ってきた。夕ご飯を食べたり、お風呂に入ったりしたことでその疲れはいくらか取れたけど。連休前や連休初日に課題を全て終わらせておいて良かったな。疲れている中でするのはちょっと辛いものがある。

 今はベッドの上で、音楽を聴きながら萩窪デートのときに買ったラブコメのライトノベルを読んでいる。この作品、結構面白いな。挿絵も俺好みだし。投稿サイト出身の作品だけど、この作品は書籍で読み続けよう。

 ――ブルルッ。

 スマホのバイブ音が響く。

 一旦、ラノベを読むのを止めて、スマホを確認する。すると、LIMEを通じて氷織からメッセージが届いたという通知が。さっそく確認しよう。


『今日はとても楽しかったですね。明斗さんのおかげで、楽しいゴールデンウィークになりました。今までで一番楽しかったです。ありがとうございました』


 ゴールデンウィークの感謝のメッセージか。ほっとした。本来は今頃、お試しの更新期間について話す予定だったし、一瞬、そのことについてのメッセージかと思ったから。あと、このメッセージを見て、疲れが少し飛んだ。


「今までで一番楽しかった……か」


 その一文が特に嬉しかった。氷織がそう思えたからこそ、お試しの恋人期間を延長しようと観覧車の中で直接言ってくれたのかもしれない。心が温まっていく。


『今日は本当に楽しかったな。氷織のおかげで、俺も今までで一番楽しいゴールデンウィークになったよ。ありがとう』


 連休中に見せてくれた氷織の笑顔を思い出しながら、そんな文章を作り、氷織に返信した。

 トーク画面を見ているのか、すぐに送ったメッセージに『既読』のマークが付いた。


『明斗さんも同じ気持ちで嬉しいです。明日からもよろしくお願いします』

「明日からもよろしく……か」


 その文面を見て、とても嬉しい気持ちになる。

 明日から再び学校が始まる。氷織とお試しの恋人関係が継続したまま学校生活が送れるんだ。だから、連休が明けることの憂鬱さは全然ない


『よろしくね。明日、いつもの場所で会おう』


 と、氷織にメッセージを送る。


『はい。また明日、いつもの場所で会いましょう。早めですが、おやすみなさい』


 というメッセージが氷織から届いた。明日が待ち遠しい。あと、氷織からおやすみってメッセージをもらったから、急に眠くなってきた。遊園地で一日遊んだ疲れもあるし、明日からはまた学校だ。今日はもう寝よう。

 氷織に『おやすみ』とメッセージを送り、俺は寝る準備をした。

 いつもより早い就寝時間だけど、ベッドに入って目を瞑ると心地良い眠気が。ベッドの温かさや柔らかさもあり、程なくして眠りに落ちてゆく。

 氷織達のおかげで、今年のゴールデンウィークは今までで一番楽しいものになったのであった。

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