第30話『連休最終日』
5月5日、水曜日。
連休最終日。連休によっては、最終日の午前中から「今日で連休終わりかぁ。明日から学校かぁ……」と、テンションが低空飛行になることがある。
ただ、今回の連休は違う。
今日は氷織、和男、清水さん、火村さん、葉月さんと一緒に『東都ドームタウンアトラクションズ』という都心にある遊園地へ遊びに行く。だから、気持ちが結構上がっている。今日は朝から快晴で、雨が降る心配は全くない。まさに遊園地日和だ。
ただ、テンションが上がっている中、少し緊張もしている。
今日は氷織とのお試しの恋人関係の最終日なのだ。明日以降もこのままの関係を続けるのか。それとも解消するのかを話すことになっている。遊園地から帰った後にビデオ通話で話し合う予定だ。
氷織と俺にとって大切な一日。ただ、まずは氷織達と一緒に遊園地で楽しい時間を過ごしていきたい。
午前9時半。
俺はNR萩窪駅の東京中央線各駅停車のホームに立っている。進行方向に向かって最後尾の車両の一番後ろの扉のところに立つ。どうしてここに立っているのかというと、この場所に清水さんが乗車しているからだ。
今回、一緒に行く6人の自宅の最寄り駅はバラバラ。なので、電車で合流することになったのだ。昨日の夜、LIMEのグループトークで話し合って決めた。
東都ドームタウンアトラクションズの最寄り駅・
発車時刻と乗っている扉の場所についての清水さんのメッセージに対し、俺を含めた5人全員が了解のメッセージを送った。これならちゃんと合流できるだろう。
『まもなく、2番線に各駅停車千葉行きがまいります。まもなく――』
みんなのメッセージを確認した直後、そんなアナウンスが聞こえてきた。まもなく来る電車に清水さんが乗っている……はず。
それから程なくして、千葉行きの電車が萩窪駅のホームに入ってくる。ゆっくりと減速し、やがて停車する。俺の目の前にある扉から、パーカー姿の清水さんの姿が見えた。清水さんも俺を見つけたようで、可愛らしい笑顔で手を振る。
扉が開き、俺は乗車する。車内は混んでいないけど、座席はほとんど埋まっていた。水車橋駅までずっと立つことになりそうかな。
「おはよう、紙透君!」
「おはよう、清水さん。ちゃんと会えたな」
「うんっ! 最初の一人に会えると凄く安心するよ~」
「分かるなぁ。何人かで一緒に遊ぶとき、一人でも会えると安心感が違うよな」
ちゃんと会えたのはもちろんのこと、自分だけ違う日時を伝えられていなかったと分かったから。
俺はグループトークに清水さんと合流したとメッセージを出す。すると、すぐに氷織が『分かりました』とメッセージをくれた。
俺と清水さんが乗った電車はゆっくりと発車していく。
一つ先の笠ヶ谷駅で氷織と和男、三つ先の高野駅で火村さんと葉月さんと合流する予定だ。
「清水さんは和男と一緒に、昨日まで合宿だったよね。疲れとか残ってない?」
「全然大丈夫だよ。和男君達みたいに練習するわけじゃないし。いい気候だったからね。昨日も帰りのバスの中で寝たし。夜も早めに寝たから」
「そうか。それなら良かった」
清水さんの顔は確かにスッキリとしている。よく眠れた証拠だろう。
和男は……きっと大丈夫だろう。あいつはよほどのことがない限り、一晩眠って朝ご飯を食べれば元気をフルチャージできる男だから。
『まもなく、笠ヶ谷。笠ヶ谷。お出口は右側です』
清水さんと話していたからか、もう笠ヶ谷駅の近くなんだ。
もうすぐ氷織に会えると思うとワクワクしてくるな。しかも、一昨日のデートで買ったあの青いワンピースを着て。
「紙透君、ワクワクしてる」
「もうすぐ氷織に会えるからね。服装もデートで買ったワンピースだから」
「買ったってメッセージしてたね。恭子ちゃんが物凄く楽しみにしていたよね」
「彼女はワンピース姿を見ていないからね」
高野駅に到着したとき、火村さんはワンピース姿の氷織を見てどんな反応を見せるだろう。楽しみにしておこう。
やがて、俺達の乗る電車は笠ヶ谷駅に入り、停車する。
俺達の近くにある扉の前には、一昨日買ったワンピース姿の氷織と、半袖Tシャツハーフパンツ姿の和男が隣同士で立っていた。扉が開くと、2人は電車の中に入ってくる。
「明斗さん、美羽さん、おはようございます」
「美羽、アキ、おはよう!」
「氷織、和男、おはよう」
「2人とも、おはよう! 氷織ちゃんのワンピース可愛いね!」
そう言うと、清水さんは氷織の手をぎゅっと握る。そのことで氷織が微笑む。その微笑みに清水さんが見惚れているように見えた。
「氷織、そのワンピース本当に似合ってるよ。和男は……和男って感じだな」
「おう!」
「ありがとうございます。明実さんがバイトしているアパレルショップで買ったんです。お二人も素敵ですね。このワンピースの袖がフレンチスリーブなので、長袖を着ている二人がとても温かそうに見えます」
「青山の言う通りだな。特にアキは長いカーディガンを着てるからあったかそうだ!」
「ロングカーディガンだよ。暑く感じたら袖を捲るか、脱げばいいかなって思ってる」
「なるほどな。美羽は可愛いぞ。キョロットスカートが似合ってるぞ!」
「ありがとう。あと、これはキュロットスカートだよ、和男君」
笑いながら清水さんが言うと、氷織は彼女と一緒にクスクスと笑う。清水さんの笑いにつられたのか。それとも、和男の間違いがツボにハマったのか。俺に向けてくれる微笑みもいいけど、誰かと一緒に笑っている姿も素敵だ。
氷織と清水さんが笑っているからか、男性中心にこちらを見てくる乗客が何人もいる。
それから程なくして、俺達の乗る電車が発車する。
発車直後に、俺はグループトークに氷織と和男とも合流できたとメッセージを送った。すると、火村さんがすぐに『分かったわ! 沙綾と高野駅で待ってる』とメッセージをくれえう。これなら、2人とも合流できそうだな。
スマホをスラックスのポケットにしまい、氷織の右手を握る。手を握るのは一昨日のデート以来か。デートでは手を握ることが多かった。だから、こうすると落ち着く。
和男と清水さんも手を繋いでいる。2人とも朗らかな笑顔を浮かべている。付き合った直後は、手を繋ぐと2人はガッチガチだった。それを知っているから、微笑ましい気持ちと同時に嬉しい気持ちも湧いてくる。
「和男。昨日まで3日間合宿だったけど、疲れは残っていないか?」
「凄く元気だ! 昨日はよく寝たし、今日も朝飯をたくさん食ったからな! 今日は思いっきり遊園地を楽しめるぜ!」
予想通り、和男は元気いっぱいであった。いい笑顔だな。そんな和男を清水さんはうっとりとした様子で見つめている。
「それは何よりだ。あと、電車の中だから、もう少し声のボリュームを落とそうな」
「おっと、気をつけないとな。それにしても、電車に乗るっていいな。徒歩で通学しているからかなぁ」
「それ分かる。俺も自転車通学だから、電車に乗るのはどこかへ遊びに行くときくらいだし」
「私もお二人と同じですね。電車に乗ると高揚した気分になってきます」
そう言う氷織の表情は結構明るい。
電車に乗るとワクワクしてくるのは、電車通学じゃない人あるあるなのかな。
「美羽さんはどうですか? 電車通学ですが」
「今みたいに、空いている電車に乗るとワクワクするかな。通学するときはいつも混んでいるからね。特に登校するときは」
「そうなんですね」
いつも混んでいる電車に乗っていると、空いている電車に乗れるのは嬉しいのかもしれない。
そういえば、電車通学の友人達の中に、疲れた様子で登校してくる奴がいる。人によっては満員電車に乗ることは、体力をかなり削られるのことなのかも。姉貴も大学に通い始めた頃は『朝の電車疲れる……』って言っていたし。
家の近くに大学はない。だから、もし大学へ進学することになったら、俺も電車通学になるんだな。できれば、氷織と同じ大学に進学して、一緒に通学したい。もし、そうなったらこうやって電車の中で手を繋ぐのかな。私服姿の氷織が側にいるから、色々なことを妄想してしまう。
「どうしました? 私のことをじっと見て、幸せな笑顔になって」
「……ワンピース姿の氷織に見惚れてた」
「ふふっ、そうですか」
楽しそうに微笑む氷織。
「きっと、試着したときも今みたいに氷織ちゃんを見ていたのかもね」
「そうですね。笑顔で似合っていると言ってくれました。それも、この服を買おうと決めた一つの理由になりました」
「そうなんだね」
「本当にいい服を買えました」
服を試着したときのことを思い出しているのだろうか。氷織の微笑みに赤みが帯びた。
この話をきっかけに、4人での話題は一昨日の萩窪デートに。
LIMEで火村さんには詳細に、葉月さんや清水さんにも軽く話したことがあるのに、何だか気恥ずかしい。対面で話しているからだろうか。
あと、猫耳カチューシャ姿の写真を氷織が見せたときは恥ずかしかった。和男も清水さんも「似合っている」とは言ってくれたけど。
『まもなく、高野。高野。お出口は左側です』
萩窪デートの話で盛り上がったからか、もう高野駅近くなんだ。
電車は徐々に減速し、高野駅に到着。
俺達の近くの扉の窓から、火村さんと葉月さんの姿が見えた。氷織のワンピース姿が見えたのか、「きゃーっ!」と火村さんの黄色い叫びが聞こえてくる。火村さん、興奮した様子でこちらを見ているぞ。
扉が開き、2人降車する。そして、
「氷織、みんな、おはよう!」
と言って火村さんは乗車し、氷織に勢い良く抱きついた。そんな彼女に苦笑いをしながら葉月さんも乗車する。
「ヒム子はひおりんの新しいワンピース姿を楽しみにしていたッスからね……」
「昨日、バイト中に来てくれたときも楽しみだって言っていたな」
そして、今になり、待望のワンピース姿を見られて歓喜しているのだろう。
「そのワンピース、とても可愛くて美しいわっ! あとで写真撮ってもいい?」
「いいですよ。恭子さんは……デニムパンツとノースリーブのブラウスですか。似合っていますね。涼しそうで爽やかです」
「……氷織にそう言ってもらえて嬉しい」
甘い声でそう言い、とても嬉しそうな笑顔を見せる火村さん。そんな火村さんのことを、氷織は優しく微笑みながら見ていた。
「氷織の言う通りだな。似合ってるよ。俺がカーディガンを着ているから、火村さんを見ていると凄く涼しそうに見える」
「……ありがと」
氷織の後に感想を言ったからか、火村さんは俺にも可愛い笑顔を見せてくれる。
「沙綾さんも七分袖のTシャツ姿がよく似合っていますよ。そのフリル付きのロングスカートも可愛いです」
「ありがとうッス、ひおりん!」
葉月さんはいつもの明るい笑顔でそう言った。
それからすぐに、俺達6人が乗る電車が発車する。
車内にあるモニターによると、ここから水車橋駅までは20分とのこと。まあ、氷織達と一緒ならあっという間かな。
火村さんと葉月さんという可愛い女子が加わったからか、これまで以上にこちらを見てくる乗客が多い。「可愛い」とか「綺麗」という声も聞こえてくる。当の本人達は全然気にしていないようだけど。
「火村と葉月も来て、これで全員集合だな。みんな元気に会えて何よりだ!」
「そうだね。和男君、ちゃんと割引チケットは持ってきた?」
「もちろんだ!」
和男は半ズボンのポケットから財布を取り出す。そこから、東都ドームタウンアトラクションズのフリーパス割引券2枚を取り出した。そのことに火村さんと葉月さんはほっとしている。忘れるかもしれないと思ったのかな。
持っているかどうか訊いた清水さんは笑顔で「うんっ」と頷く。
「ちゃんと持ってきているね。偉いよ、和男君」
「おう!」
和男の頭を撫でたいのか清水さんは背伸びをし、右手を頭に向けて伸ばす。和男が少し頭を下げ、清水さんは「よしよし」と和男の頭を撫でていた。微笑ましい光景だ。あと、俺も氷織に頭を撫でられたいよ。
俺と氷織の萩窪デートや、和男と清水さんが参加した合宿などについて話しながら、電車の中での時間を過ごすのであった。
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