第31話『ジェットコースター』

 午前10時過ぎ。

 俺達の乗る電車は定刻通りに、東都ドームタウンアトラクションズの最寄り駅の水車橋駅に到着した。

 電車から降りたとき、和男と清水さん、葉月さんは「着いたー!」と元気に言った。まだ最寄り駅なのになぁ、と思っていたら、


「ふふっ。まだ最寄り駅に着いただけじゃない」


 と、火村さんが微笑みながらツッコんでいた。そのことに俺は「ははっ」と笑い声を漏らした。

 俺達以外にも、この駅で降車する乗客は結構いる。その多くが氷織達と同じ中高生の女性と思われる。

 東都ドームで何かイベントでもあるのかと思い、スマホで調べる。公式サイトを見ると、午後6時から人気の男性アイドルグループがコンサートを開催するとのこと。また、そのコンサートのグッズ販売を日中からやるらしい。だから、この時間から多くのお客さんが来ているのだろう。

 改札を通り、西口から水車橋駅を出る。

 近くには観覧車やジェットコースターのコース、フリーフォール、東都ドームなどが見える。それを頼りに、俺達は東都ドームタウンアトラクションズに向かって歩いていく。


「観覧車とかジェットコースターのコースを見たら、懐かしい気分になってきた」

「明斗さんも来たことがあるのですか?」

「うん。小学生の頃に家族で2、3回来たことがあるんだ。最後に行ったのは4年生くらいだったかな」

「そうだったのですか。私が最後に行ったのは6年生のときです。5年ぶりですから、懐かしい気持ちになりますね」

「氷織もか」


 氷織と同じ感情を抱けるのは嬉しいな。

 俺達の話を聞いたのか、和男達もこれまでの東都ドームタウン来訪歴を話してくれた。和男と清水さんは去年も一緒に行ったのは知っていたけど、火村さんは家族や友達と何度も来たことがあるという。葉月さんは今回が初めてとのこと。今まで来たことのある人の中では俺が一番ブランクあるのか。

 また、ジェットコースターのコースが見えているのもあり、最初に行くのはジェットコースターになった。

 水車橋を出てから数分ほどで、東都ドームタウンアトラクションズの入口に辿り着いた。ここで6人全員で「着いたー!」と声を出した。氷織はそこまで大きい声ではなかったけど、微笑みながら言っていた。

 また、火村さん発案で、スマホで自撮り撮影会をする。女子4人中心に自撮りをしていく。近くにいる方に頼んで6人での写真を撮ってもらった。また、撮った写真の一部は、6人のグループトークのアルバムにアップされた。

 ちなみに、火村さんは新しいワンピース姿の氷織とツーショット写真を撮り、とても嬉しそうにしていた。

 今日はゴールデンウィーク最終日だけど、多くの人で賑わっている。俺達のような学生グループや家族連れ、カップルが多い。はぐれないためにも、氷織の手を強めに握り直した。

 10分ほど受付の列に並んで、俺達は1日フリーパス券を購入。和男が持ってきた割引券はちゃんと使え、通常の半額の値段で購入できた。

 ゲートを通り、俺達はついに東都ドームタウンアトラクションズの中に。

 ここに来るのは7年ぶり。周囲を見渡すと、いくつか新しいアトラクションがあるけど、基本的な雰囲気は当時と変わらない。だから、とても懐かしい気分に。


「さっきよりも懐かしい気持ちが強くなりました」

「俺もだよ。7年ぶりだけど、雰囲気があまり変わっていないから」

「私も同じ理由です」


 氷織は5年ぶりのドームタウンだもんな。氷織も懐かしいと思うのは自然だろう。

 それにしても、まさか、お試しの恋人や友人と一緒に、またここに来るとは思わなかったな。家族以外の人と来るのは初めてだから、思い切り楽しみたい。


「ここがドームタウンッスか!」


 初めて来る葉月さんは周りをキョロキョロ見ている。可愛い。俺も小学生の頃に来たときは、今の彼女のように周りをよく見ていたな。


「みんな! ジェットコースターはあっちだぜ!」


 和男はそう言うと、ジェットコースター乗り場のある方を指さす。

 最近も行ったことのある和男、清水さん、火村さんについていく形でジェットコースター乗り場へ向かう。

 6人一緒に来ているけど、氷織と手を繋いでドームタウンの中を歩いていると、氷織とデートに来ている気分になる。

 ジェットコースター乗り場に到着し、俺達は待機列の最後尾に並ぶ。2列の形なので、和男と清水さん、俺と氷織、火村さんと葉月さんの順番で並ぶことに。近くにいる係員さんの話だと、ジェットコースターに乗れるまでは30分以上かかるそうだ。


「30分ですか。人気アトラクションみたいですし、このくらい待つのは覚悟していました」

「そっか。人気アトラクションなら、30分は短い方かもしれない」

「それは言えていますね。別の遊園地のジェットコースターでは1時間待ちを経験しましたし。ちなみに、明斗さんは待つのは大丈夫な方ですか?」

「大丈夫な方だね。今みたいに誰かと一緒に待っているときは話すし。一人で待っているときは音楽聴いたり、スマホでゲームしたりしているから」

「なるほどです。私も一人で待つときは音楽聴いたり、本を読んだりするので、待つのは苦には感じませんね」

「そうなんだ」


 イメージ通りだ。待つのが苦じゃないと知ったからって、これから待ち合わせするときにあまり待たせないよう気をつけなければ。


「あたしは待つのは得意な方じゃないけど、今は氷織達がいるから全然苦じゃないわ。それに、氷織の後ろ姿も綺麗だし、髪からいい匂いがするし。この状態なら2時間でも3時間でも待っていられるわ……」


 うふふっ、と背後から火村さんの厭らしい笑い声が聞こえてくる。ゆっくり振り返ってみると、火村さんは恍惚とした表情で氷織の後ろ姿を見ていた。確かに、この様子なら2時間でも3時間でも待っていられそうだ。そんな火村さんのことを、葉月さんは苦笑いをしながら見ている。

 当の本人である氷織は火村さんの方へ振り返り、穏やかに微笑んだ。


「ジェットコースター楽しみだね! 和男君!」

「おう! 待ち遠しいぜ!」


 前方では和男と清水さんが楽しそうに話している。そういえば、去年2人がここに遊びに来たときは、絶叫系のアトラクションにたくさん乗ったって話していたな。


「そういえば、アキ達って絶叫系はどうなんだ? 俺と美羽は大好きだが。もし嫌なら乗らなくていいし、みんなで他のアトラクションに行ったりするが」

「俺はちょっと怖いけど、普通に乗れるよ。だから大丈夫」


 小さい頃は本当に怖くて、乗るのが嫌だったけど。姉貴が連れ回してくれたおかげで耐性がつき、普通に乗れるようになった。昔は気絶したり、遊園地で食べた食事やお菓子を盛大にリバースしたりすることもあったな。あぁ、黒歴史黒歴史。


「氷織はどうかな?」

「結構好きですね。家族で遊園地に行くと、妹の七海とよく乗っていました」


 氷織は絶叫系が好きなのか。強そうなイメージはあったけど、好きなのはちょっと意外。あと、七海ちゃんが好きなのはイメージ通りだ。


「沙綾さんと恭子さんはどうですか?」

「あたしは平気よ。よほど怖いアトラクションじゃない限り楽しめるわ」

「ジェットコースターとかフリーフォールとかの王道の絶叫系なら、何度も乗った経験があるので大丈夫ッス」

「それは良かったです」


 火村さんと葉月さんもジェットコースターは大丈夫か。ということは、この6人の中で一番怖がっているのは俺か。ちょっと情けない気分。隣にはお試しの彼女もいるから尚更に。


「みんな乗れるようで良かったぜ!」

「そうだね、和男君。みんなで乗った方が楽しいもんね」


 上機嫌でそう話す陸上部カップル。

 ジェットコースターに乗るのは、中3の夏休み、受験勉強の気分転換に友達と遊園地へ遊びに行ったとき以来。だから、2年ぶりか。今回は絶叫マシンが平気な人ばかりだし、何よりもお試しの恋人が隣にいる。きっと大丈夫だ。

 遊園地での思い出話をして、待機列での時間を過ごした。

 そして、並び始めてから40分後。ついに、俺達の順番となった。

 マシンは2人で1列なので、待機列のときと同じように、前から和男と清水さん、俺と氷織、火村さんと葉月さんの順番で座る。

 係員のお兄さんによって、安全バーが下ろされる。こうすると、いよいよジェットコースターが始まるんだな。逃げられないんだなと実感する。


「明斗さん。手を繋ぎましょうか? さっき、絶叫系は怖いと言っていましたし」


 氷織は微笑みながら俺に左手を差し出してくれる。


「ありがとう。じゃあ、お願いします」

「はいっ」


 俺が右手を差し出すと、氷織はそっと手を握ってくれる。ただし、これまでの握り方とは違い、指と指を絡ませる恋人繋ぎで。


「こうすれば、走行中に手が離れることもないかと思いまして」

「……確かに、今までよりも強力に繋がっている感じがする。ジェットコースターの間はこの握り方でお願いします」

「分かりました」


 優しく微笑みながら氷織はそう言ってくれる。

 怖いと正直に言って良かったな。今、凄く幸せな気分だ。指と指が絡み合っているから、今まで以上に氷織の手から温もりが強く伝わってくる。あと、絶叫系が好きだと言っていたから、氷織がとても頼もしく見えるぞ。

 あと、後ろから「羨ましい~」という火村さんの声が聞こえてくる。羨ましいでしょう?

 それから程なくして『プー』とチャイムが鳴る。係員のお兄さんが爽やかな笑顔で、


「それでは、スタートです! いってらっしゃい!」


 元気にそう言ってくれた。あんな風に言われると、ジェットコースターの怖さがちょっと薄れるな。

 俺達の乗るマシンがゆっくりと動き始める。緊張してきた。最後に乗ったのは7年前。マシンのスピードがかなり速かった記憶がある。


「おぉ、ついに始まったな!」

「そうだね! 和男君!」


 前列に座っている絶叫マシン大好き陸上部カップルは、そんなワクワクとした言葉を口にする。


「ヒム子。ここのジェットコースターってどんな感じッスか?」

「かなりのスピードが出るわ。スリルがあるわよ」

「おぉ。どんな感じが楽しみッスね」


 後ろから、火村さんと葉月さんの会話が聞こえてくる。かなりのスピードがあるのは俺の記憶通りだったか。覚悟しておこう。

 マシンはコースの登り坂をゆっくりと進んでいく。マシンの高さと比例するように、俺の緊張の度合いも上がる。

 そして、頂点近くに辿り着いたとき、マシンが急に止まった。


「こういうところで止まると本当に緊張するよな……」

「いつ発車するか分かりませんからね。私が隣にいますし、こうして手を握っていますから大丈夫ですよ」

「ありがとう。氷織は本当にたのも――うわあああっ!」


 突然、マシンが高速で動き始めた! 最後まで言わせてくれよ!

 火村さんの言う通り、これはかなりのスピードだ! 7年前の記憶が蘇ってきたけど、あのときよりもスピードアップしていないか?


「きゃあああっ!」


 隣から氷織の叫び声が聞こえてくる。今まで聞いた中で一番大きな声じゃないだろうか。叫び声も綺麗だな。何とかして氷織の方を見ると……氷織は楽しそうに叫んでいる。絶叫好きが本当なのが分かるな。


「うおおおっ! 最高だぜええっ!」

「これぞ絶叫マシンだねっ! うわーっ!」


 和男と清水さんはとても楽しそうに大声を出している。さすがは絶叫マシン大好きカップル。


「きゃあああっ! はやーい! 氷織の髪の匂いが香ってくるわー! たーのしーい!」

「速いッス! 凄いッス! ヤバいッス! ヒム子の言う通りかなりのスリルッスー!」


 背後からそんな叫び声が聞こえると、『きゃああっ!』と火村さんと葉月さんのユニゾンが。あと、前方からこんなに強く風を受けているのに、火村さんは氷織の髪の匂いをちゃんと感じ取れるのか。さすがだな。


「明斗さんっ! 大丈夫ですかあっ!」


 氷織はこちらを向いてそう問いかけてくる。走行中だから、俺に話しかける声もいつもよりかなり大きい。


「怖いけど大丈夫だ!」

「良かったですうっ!」


 氷織は笑顔でそう言った。

 それからも、マシンは高速でコースを走っていく。俺は氷織達と一緒に叫びまくる。

 途中、かなりの角度で降下したり、宙返りしたりする恐怖ポイントもあった。それでも、俺と氷織は手を離すことはなかったのであった。

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