第23話『待ち合わせ』

 5月3日、月曜日。

 5連休の3日目。今日で連休も折り返しとなる。

 今日は氷織と萩窪駅周辺でデートする。昨日の夜にメッセージし合って、氷織が行きたいお店や俺のオススメのお店に行くことに決めた。

 午前9時50分。

 この前、俺の家から帰る氷織を送った場所に来ている。ここで、午前10時に氷織と待ち合わせをすることになっている。

 これまで、待ち合わせをするときは氷織が先に到着していたけど、今日は俺の方が早い。氷織を待つ時間を楽しもう。


「いい天気になって良かった」


 今日は一日中晴れ。雲が多少広がる時間帯もあるそうだけど、雨が降る心配はないという。最高気温も20度で、柔らかく吹く風が涼しくて気持ち良く感じられる。絶好のデート日和と言えるんじゃないだろうか。

 もうすぐ氷織と会って、デートすると思うとワクワクする。いつも、あの高架下で俺を待っているとき、氷織はどんな気持ちを抱いているんだろう。


「あらあら、こんなところにイケメンさんが」


 気づけば、俺の近くに金髪の女性が立っていた。女性は嬉々とした様子で俺を見ている。パッと見た感じ……大学生くらいだろうか。あと、胸元が大胆に開いたワンピースを着ているな。2つの大きな果実による谷間がはっきりと見える。よし、俺の中ではこの女性を「セクシーお姉さん」と呼ぼう。


「君……高校生? それとも、あたしと同じ大学生?」

「高校生です」

「へえ、高校生なんだ。大人っぽいね」


 そう言うと、セクシーお姉さんはニッコリと笑う。


「これからお姉さんと一緒にデートしない? お姉さんと一緒に楽しいことや気持ちいいことをしましょう? お金は全部お姉さんが出すから」


 艶っぽい声でそう言い、俺を見つめながら近づいてくるセクシーお姉さん。そのことで、彼女がお持ちの豊満な果実が俺の胸元にちょこんと触れる。そのことに、ほんのちょっぴりドキッとした。こうすることで、俺を誘いに乗らせようとしているんだろう。

 今さらだけど、これって逆ナンじゃないか。今まで、氷織もあの高架下で俺を待っているときに、ナンパされたりしていたのかな。

 あと、楽しいことや気持ちいいことって何なのでしょう? 俺は高校生だから、内容によってはあなたが逮捕されますよ。


「ごめんなさい。これから恋人とデートする予定なんです。ここで待ち合わせをしていまして」

「あらぁ、そうなの。美味しそうだったのに残念だわ」


 言葉通りの残念そうな表情をするセクシーお姉さん。あと、美味しそうって。あなたは本当に何をするつもりでナンパしてきたんですか。


「明斗さん。そちらの女性は?」


 気づけば、俺の近くに氷織が立っていた。淡い桃色のロングスカートに長袖のVネックカットソーという服装がよく似合っている。明るいブラウンのトートバッグを左肩に掛けていて。そんな氷織は無表情で、少し首を傾げてこちらを見ていた。


「面識のない方だ。逆ナンされて、たった今お断りしたところ」

「そうでしたか」

「それで、こちらの美しくて可愛い銀髪の女性が俺の恋人です」

「そ、そうなのね」


 苦笑いをするセクシーお姉さん。これはさすがに勝てない……と言いながら氷織のことを見つめている。氷織の美しさと可愛さに魅了されているのかな。


「そ、それじゃあたしはこれで! 彼女さんとのデートを楽しんでね!」


 セクシーお姉さんは早足で萩窪駅の方へと歩いていった。果たして、あのお姉さんはいつか逆ナンが成功するのかね。変なことをして逮捕される展開にならないことを祈る。


「おはよう、氷織」

「おはようございます」

「今日の服もよく似合っているね。可愛いよ」

「……ありがとうございます」


 氷織は頬をほんのりと赤くし、微笑む。それもあって、より可愛らしく見える。今まで、私服の色は寒色系ばかりだったけど、暖色系の色の服も似合うな。


「明斗さんも黒いジャケット姿……素敵ですね」

「ありがとう。ジャケットが好きで、出かけるときに着ることもあるんだ」

「そうなのですね。そういえば、待ち合わせ場所に明斗さんが先にいるのは初めてですよね。待ってしまいましたか?」

「ううん、そんなことないよ。数分くらいだし、まだ10時にもなってない。それに、氷織を待っている時間は楽しかった。さっきの女性に話しかけられたのは予想外だったけど」

「明斗さん……かっこいいですからね」


 微笑みながらかっこいいって言われるとキュンときちゃうな。


「逆ナンされたときに思ったんだけど、今まで俺を待っているときに誰かにナンパされたりしなかった?」

「大学生くらいの人に、学校終わりに遊ばないかと誘われたことはありました。その際は恋人との予定があるからと言って断りましたね」

「そうだったんだ」


 やっぱり、ナンパされた経験があったか。目を引くほどの美貌の持ち主だし、遊びに誘おうと声を掛けたくなる人がいるのも分かる。


「もし、あの高架下で待つのが嫌だったら、別の場所に変えても大丈夫だからね」

「分かりました。ありがとうございます。ただ、今のところは何度も言い寄る人はいないので大丈夫です」

「分かった。いつでも遠慮なく言ってくれ。じゃあ、とりあえず駅の方へ歩くか」

「そうですね」


 俺が左手を差し出すと氷織は……右腕を俺の左腕と組んできた。予想もしない行動を取ってきたので、体がピクッとなってしまう。


「ひ、氷織?」

「……あの金髪の女性が、明斗さんに触れているように見えたので。普段より明斗さんに触れたくなって。ダメ……ですか?」


 ちょっと不安そうな表情になり、上目遣いで俺を見つめてくる氷織。腕を組まれているのもあって凄く可愛いな。


「ダメなわけがないよ。触れたいって思ってくれるのは嬉しい。それに、腕を組むのも恋人らしくていいなって思う。このまま腕組んで歩いてみよう」

「ありがとうございます」


 再び微笑む氷織。一週間前に告白したときに比べて、表情が豊かになってきたな。

 このまま腕を組みながら、俺達は萩窪駅の方に向かって歩き始める。

 腕を組んで歩くのは初めてだけど……結構いいな。手を繋ぐときよりも氷織が近く感じるし。温もりはもちろんのこと、柔らかさも感じて。この状況になるきっかけをくれたセクシーお姉さんありがとう。


「萩窪にあまり来たことないから、まずは氷織の行きたいところへ行こうよ」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。猫カフェに行きたいなと。気になっているお店があって」

「そうなんだ」


 猫好きの氷織らしい場所だな。


「3月にオープンしたばかりのお店で、萩窪ニャフェという店名です」

「萩窪ニャフェ……ああ、春休み頃にチラシが入っていたな」

「そうですか。調べたら、南口から徒歩3分のところにあります」

「そうなんだ。それなら、まずは駅の構内を通って南口に行こうか」

「はいっ」


 元気な声で返事をする氷織。これから猫カフェに行くからだろうか。

 俺も猫が好きなので、猫カフェに行くのが楽しみだ。


「明斗さんは猫カフェって行ったことはありますか?」

「一度も行ったことないんだ。家の近所でたまにノラ猫に会うからかな。触らせてくれる猫もいたし。もちろん、猫カフェ楽しみだぞ」

「ふふっ」

「氷織は猫カフェに行ったことはある?」

「はい。2、3回くらいあります。笠ヶ谷にはないので、沙綾さんの住む高野にある猫カフェに。沙綾さんも猫好きですから連れて行ってくれまして」

「そうだったんだ」


 葉月さんも猫が好きなんだ。普段の葉月さんからして、犬派なイメージがあったけど。

 火村さんも犬派なイメージがある。仮に犬派だとしても、猫が大好きだと氷織が言えば、すぐに猫派へ鞍替えしそうだな。


「猫カフェは初めてだけど、経験者の氷織がいるなら安心だ」

「明斗さんは落ち着いて優しい方ですから、きっと猫とも触れ合えますよ」

「そうだといいな。楽しみだ」


 猫との触れ合い自体はもちろんのこと、猫と触れ合っているときの氷織の様子を見ることも。俺の一目惚れのきっかけは、優しい笑顔で猫を撫でる姿を見たからだったし。


「沙綾さんで思い出しましたが、昨日のあの後の時間は楽しかったです。たまに明斗さんからLIMEでメッセージが来たので、4人で遊んでいる気分になりました」

「俺もいい休憩時間になったよ」


 3人で部屋にある本について話したり、アニメを観たり、アクション対戦ゲームを遊んだりしたらしい。あと、俺も読ませてもらったガールズラブの短編小説について、葉月さんと火村さんからも感想をもらったそうだ。

 また、火村さんの要望で氷織のアルバムを見たらしい。ただ、俺に話してくれた中学時代の一件については話さなかったそうだ。


「火村さんからたくさんメッセージが来たけど、ずっと興奮してた?」

「私の家にいる間は終始テンションが上がっていましたね」

「やっぱり」

「特に私のベッドでゴロゴロしているときと、私の……し、下着を見ているときに興奮していましたね」

「そうだったのか」


 前者については、


『氷織のベッドの中最高ね! 氷織の匂い……いいえ、氷織に包まれているわ! パラダイスの中のパラダイスだわ!』


 というメッセージをバイト中にもらったから知っていたけど、後者は初耳だ。

 火村さんのことだから、氷織の許可を得た上で見せてもらったのだと思う。お試しの彼氏として、一応確認しておくか。


「氷織が許可して、火村さんに見せたんだよね?」

「はい。本棚よりも洋服タンスの方に興味があったそうで。どんな下着があるか気になると言われました。ちょっと恥ずかしかったですけど、女の子の友達なので許可しました」

「なるほどな」


 変態だな、火村さんは。氷織が許可したことが確認できたから、下着鑑賞の件については糾弾しないでおこう。

 気づけば、萩窪駅の北口が見えていた。連休中で天気がいいから、結構多くの人がいる。俺達のようなカップルもいれば、家族連れ、学生のグループ、スーツ姿の人など老若男女様々だ。ちなみに、さっき逆ナンしてきたセクシーお姉さんの姿はない。

 あと、氷織と腕を組んで歩いているからか、近くにいる男性中心に視線が集まる。氷織をうっとりと見る人もいれば、俺に羨望の眼差しを向ける人もいて。駅前を歩いて、こんなにも見られるのは初めてだ。

 ただ、当の本人である氷織は気にしていないようだ。今も微笑みながら俺と腕を組んでくれている。

 北口から萩窪駅の構内に。待ち合わせしているのか、改札近くで立っている人が何人もいるな。

 駅の構内を通り、俺達は南口から外に出る。


「南口の方もいい雰囲気ですね」

「そうだな」

「では、ここからお店までは地図を見ながら行きましょうか」

「それがいいな。ここから近いらしいけど、初めて行くお店だし」


 氷織はバッグからスマホを取り出す。地図アプリで萩窪ニャフェまでの道のりを確認し、ゆっくりと歩き出した。猫カフェまであと少しだ。

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