第24話『猫カフェ』
「ここですね」
「萩窪ニャフェ……間違いないね」
地図アプリを使ったので、俺達は迷うことなく萩窪ニャフェの前まで来ることができた。白を基調とした外観が特徴的で、壁には柔らかいフォントの黒い文字で『萩窪ニャフェ』と描かれている。氷織はそんな外観をスマホで撮っていた。
「素敵な写真を撮れました」
「良かったな。じゃあ、お店に入ろうか」
「はいっ」
俺達は萩窪ニャフェの中に入る。
受付にある料金表を見ると、料金は30分コース、60分コース、120分コースと滞在時間の長さで決まるのか。平日には時間無制限のフリーコースもあるんだな。氷織曰く、葉月さんと以前行った猫カフェも時間制だったそうだ。どうやら、これが猫カフェの一般的な料金形態らしい。
十分に猫と戯れ、ゆったりとできそうな時間ということで、俺達は60分コースを選び、料金を支払った。
手洗いと消毒を行ない、俺達は猫のいる猫ルームに入る。
落ち着いた雰囲気の猫ルームだ。中にはたくさんの猫が。雑種の猫もいれば、ブランド猫もいる。来客に撫でられている猫もいれば、何匹かで遊んでいる猫たち、猫タワーやクッションなどでのんびりとくつろいでいる猫もいる。
「うわあっ……!」
猫がたくさんいる光景を目の当たりにして、氷織は可愛らしい声を上げている。目を輝かせて猫達を見ていて。
「猫ちゃんがたくさんいますよ!」
「そうだな。いっぱいいるな。さすがは猫カフェだ」
「ですねっ!」
猫が大好きだと言うだけあり、氷織は興奮している。猫も可愛いけど、今の氷織の方がより可愛いな。あと、猫ちゃんっていう呼び方もいいね。
猫ルームを見渡すと、数人ほどのお客さんが。猫じゃらしで猫と遊んでいる女性や、床に寝転がって猫と一緒にのんびりとしている男性もいる。
「おおっ……」
ソファーに座り、黒いゴスロリ服を着て、黒い猫耳カチューシャを付けた女性が黒猫と戯れている。以前観たアニメに、彼女のような風貌のヒロインがいたな。
「にゃんっ」
近くで猫の鳴き声が聞こえたので、足元を見てみる。すると、氷織の側に茶トラ猫の姿が。氷織が「あら」と言うと、茶トラ猫は氷織の脚に顔をスリスリしてくる。
「可愛い茶トラ猫ちゃんです」
「そうだな。俺が告白したときも白いノラ猫が氷織に近づいていたけど、氷織って猫に好かれる素質があるのかな」
「どうでしょう。ただ、初めて会ったノラ猫ちゃんも、そっと近づけば触らせてくれることが多いですね」
「それはなかなか素質があるんじゃないか? 俺なんて初めて会った猫だと、ゆっくり近づいても逃げられることが多いからね」
「そうなんですか。……あら」
「な~う」
そんな鳴き声を上げると、茶トラ猫は氷織の脚の間に入る。氷織がロングスカートを穿いているので、茶トラ猫の顔がスカートに隠れる。もし、顔を上げていれば、氷織の下着を見上げている形になる。
氷織は「ふふっ」と上品に笑う。
「ちょっと厭らしい猫ちゃんですね。猫ちゃんですからいいですが」
「氷織のことが気に入ったのかもね」
もし、この猫がメスだったら、猫化した火村さんに思えてくるよ。
「俺達もソファーに座ろうか」
「そうですね」
俺達は近くにあるソファーに行き、隣同士に腰を下ろす。
ちなみに、氷織の脚の間にいた茶トラ猫は俺達についてきている。氷織がソファーに座ると、ぴょんと氷織の隣に飛び乗る。氷織の太ももに前の両脚を乗せ、
「にゃんっ」
と可愛らしく鳴いてきた。本当に氷織のことを気に入っているんだな。
氷織は茶トラ猫を見て優しく微笑む。
「いいですよ」
氷織が自分の脚を軽く叩くと、茶トラ猫は氷織の脚の上に乗って香箱座りをする。
「な~う」
「私のことを気に入ってくれて嬉しいです。いい子ですね~」
氷織は茶トラ猫の頭から背中にかけて撫でていく。すると、茶トラ猫は「にゃ~ん」と可愛く鳴き、まったりとした表情になる。しっぽを立て、ゆらゆらと揺らしている。
「にゃー……」
かなり低い鳴き声が聞こえた直後、俺の右脚に何か触れた感触が。そちらを見てみると、黒白のハチ割れ猫が俺の右脚に頭をスリスリしていた。そんな仕草もあって凄く可愛い。ただ、この猫……耳が折れている。ということは、スコティッシュフォールドかな。
「膝の上に乗るか?」
「……にゃ」
可愛い見た目とのギャップが激しいダンディーな鳴き声を上げると、ハチ割れ猫は俺の膝の上に乗る。そして、ゴロンゴロンと転がる。その感触がとても気持ちいい。頬が緩んでいくのが分かる。
「明斗さんのところにも猫ちゃんが来てくれましたね。スコティッシュフォールドですか」
「うん。凄く可愛いよ。声はダンディーだけど」
「ふふっ、ギャップの素敵な猫ちゃんですね」
「にゃん~」
茶トラ猫が、氷織のお腹の辺りに頭をスリスリさせる。
「嫉妬しているのかもな」
「かもしれませんね。あと、しっぽを上げているときにお尻を見ましたが、この子はメスでした」
「そっか」
メスだと分かり、この茶トラ猫がますます猫化した火村さんに見えてきた。
俺の上に乗っているハチ割れ猫もしっぽを上げたので、お尻を見ていると……立派なものがついているな。君はオスか。男同士仲良くしようぜ。
「明斗さん。せっかく来たのですから、猫ちゃんとの写真を撮りますよ。フラッシュをOFFにすれば、写真を撮っていい決まりになっています」
「そうなんだ。じゃあ、相手の写真を撮ってLIMEに送るか」
「そうしましょう」
俺達はスマートフォンを取り出し、フラッシュがOFFであることを確認した後、お互いに猫と一緒の写真を撮影した。茶トラ猫が膝の上に乗っているからか、氷織は俺が一目惚れをしたときのような優しい笑顔になっている。
俺が撮影した氷織の写真を、LIMEのトーク画面に送信する。その直後に、氷織も俺とハチ割れ猫のツーショット写真を送信してくれる。頬が緩んでいるのは分かったけど、こんな柔らかい笑顔になっていたとは。自分のスマホに保存する。
「私、こういう笑顔になっていたのですね」
「ああ。一目惚れしたきっかけの笑顔に似ているよ」
「……そうですか」
そう呟くと、氷織の微笑みがほんのりと赤く彩られる。そんな彼女の顔もスマホで撮りたいけど、嫌がるかもしれないので止めておいた。
「もしよろしければ、私がお客様方と膝に乗っている猫スタッフとのフォアショットを撮りましょうか?」
女性の店員さんがそんな提案をしてくれる。きっと、俺達がお互いの姿をスマホで撮影したのを見ていたからだろう。
氷織と相談し、氷織のスマートフォンで撮ってもらうことに。
店員さんの指示で、俺と氷織は寄り添う形に。そのことで腕と脚が氷織に触れて。服越しでも彼女の温もりがはっきりと伝わってくる。
「では、撮りますよ~。はい、チーズ」
店員さんがそう言った次の瞬間、「カシャ」というシャッター音が聞こえた。
どうでしょうか? と店員さんに今撮った写真を見せられる。俺と氷織はもちろん、それぞれの膝に乗っている猫もちゃんと写っていて。あと、こうして写真で見ると、俺達はかなり寄り添っていたと知る。
「私はいいと思います。明斗さんはどうですか?」
「俺もいいと思うよ。ありがとうございました」
「いえいえ。では、ごゆっくり」
店員さんは軽く頭を下げ、受付の方へと歩いていった。
氷織に今の写真をLIMEで送ってもらい、自分のスマホのアルバムに保存した。これだけたくさんあれば、いつになっても今日のことを鮮明に思い出せそうだ。
「にゃお~ん」
「ふふっ、ゴロンゴロンしてますね。本当にこの茶トラ猫ちゃんは私のことを気に入っているのですね」
優しい笑顔を浮かべ、優しい声色でそう言う氷織。茶トラ猫の体を撫でると、氷織の笑みは幸せそうなものになって。あんなに可愛い笑顔を向けられながら撫でてもらえるなんて。羨ましいよ、君。
「……俺も猫になりたい」
「猫ちゃんになりたいのですか?」
「……えっ、今、声に出てた?」
「はい。はっきりと」
氷織は「ふふっ」と笑う。馬鹿にされてはいないのは分かるけど、何だか恥ずかしいな。
「可愛い笑顔で撫でてもらえる茶トラ猫が羨ましくて、つい」
「なるほど。……では、ちょっと待っていてください。猫ちゃん、ごめんなさいね……」
茶トラ猫を持ち上げ、氷織はソファーからゆっくりと立ち上がる。茶トラ猫をソファーに下ろすと、猫ルームから出て行ってしまった。氷織は何を思いついたんだろうな。
「……にゃん」
茶トラ猫は氷織が座っていた場所でくつろいでいる。てっきり、氷織についていって受付に繋がる扉の近くまで行くかと思っていたけど。氷織の残り香や温もりが感じられるから、そこでじっとしているのかな。
――トンッ。
俺の膝の上にいたハチ割れのスコティッシュフォールドが床に降り、近くにあるキャットタワーの方に向かって歩いていった。
「にゃんっ!」
すると、今度はアメリカンショートヘアの猫が俺の膝の上に乗り、くつろぐ。すぐに他の猫が来てくれるのは嬉しいな。頭を撫でると「にゃぉん」と鳴いてくれる。そんな猫の写真をスマホで撮る。
「お待たせしました、明斗さん」
「おかえり。ひお……り?」
目の前に広がっている光景を見て、言葉を失ってしまった。
何と、俺の目の前には白い猫耳カチューシャを付けた氷織が立っているではありませんか! 何がどうなっちゃったのでしょう?
「ど、どうしたんだ? その猫耳カチューシャ」
「受付で借りてきたんです。実はこのお店……猫ちゃんの気分になりたい人のために、猫耳カチューシャの貸し出しをしているんです。ホームページに記載されていました」
「そうなんだ」
面白くて素晴らしいサービスをしているんだな、この猫カフェは。
そういえば、さっき黒い猫耳カチューシャをつけていたゴスロリ姿の女性がいたな。あのカチューシャは受け付けで借りたものだったのかもしれない。
氷織は俺に茶色い猫耳カチューシャを差し出してくる。
「猫ちゃんにはなれませんが、これを付ければ猫ちゃんの気分にはなれるかと」
「……分かった。付けてみるよ」
氷織も猫耳カチューシャを付けているからな。氷織以外には知り合いもいないし、馬鹿にされる心配はないだろう。
氷織から猫耳カチューシャを受け取り、頭に付けてみる。
「こんな感じでいいかな?」
「ええ。可愛いですよ。にゃんっ」
氷織は既に猫の気分になっているようだ。とても可愛い。この場に火村さんがいたら確実に悶えていたことだろう。
「それなら良かった。氷織もよく似合っているよ」
「ありがとうございます。可愛い明斗猫ちゃんに頭を撫でてあげます。手を洗って消毒もしたので大丈夫ですよ」
氷織は優しい笑みを浮かべ、俺の頭を優しく撫でてくれる。触り方はもちろんのこと、温もりがとても気持ち良くて。茶トラ猫が氷織から離れない気持ちがよく分かる。
あと、ちょっと前屈みになっているから、氷織の胸元がチラッと見えて。ドキドキしてきた。
「どうですか? 明斗さん」
「……猫の気分になれたよ。ありがとう」
「ふふっ、それは良かったです」
「俺も氷織の頭を撫でたくなってきたな。受付に行って、手洗いと消毒をしてくるよ」
「分かりました」
俺は猫ルームを一旦出て、手洗いと消毒をする。猫耳カチューシャを付けているからか、店員さんにチラチラ見られた。
猫ルームに戻ると、氷織の周りには何匹もの猫が集まっている。猫耳カチューシャを付けているから、この猫ルームの女王様のようにも思えて。そんな氷織の膝の上は、茶トラ猫がちゃんとキープしていた。
「氷織。手洗いと消毒をしてきたよ。頭を撫でるね」
「はいっ」
俺は右手を伸ばして、氷織の頭にそっと乗せ、ゆっくりと撫で始める。今日も氷織の髪は柔らかくて気持ちいいな。
「どうかな、氷織」
「気持ちいいですよ……にゃんっ」
微笑みながらそう言うと、氷織は右手を猫の手の形にしてくる。氷織以上に可愛い猫はこの世にいないと思う。
「本当に可愛い猫氷織だ。写真に撮りたいくらいだよ」
「明斗さんの猫耳姿を撮らせてくれるのであればいいですよ。明斗さんも可愛いので」
「もちろんさ」
それからはお互いの猫耳カチューシャ姿をスマホで撮影し合ったり、ソファーに座ってツーショット写真を撮ったりした。
写真撮影会が終わった後は猫耳カチューシャを付けた状態で様々な猫と触れ合い、氷織と癒しの時間を過ごすのであった。
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