第15話『遊園地への誘い』

 4月30日、金曜日。

 今日で4月も終わり。高校2年生最初の1ヶ月が終わるのだ。

 1ヶ月前に新年度を迎えたときには、氷織と一緒のクラスになって、お試しで付き合う関係になるとは想像もしなかったな。


「おはよう、氷織」

「おはようございます、明斗さん。行きましょうか」

「ああ、行こう」


 氷織と高架下で待ち合わせして、一緒に登校することにも慣れてきた。その感覚が嬉しかったりする。

 氷織と隣り合って歩いていると、昨日……俺の部屋でクッションに隣同士に座って、みやび様の最新巻の感想を語り合ったり、アニメのBlu-rayを観たりしたことを思い出す。とても楽しくて、幸せなひとときだったな。


「明斗さん、どうしたのですか? 私の方をじっと見て。あと、たまにでも前を見ないと危ないですよ」

「そうだな。気をつけないと。……氷織と隣同士でいるから、昨日のことを思い出してさ」

「みやび様の感想を語り合う途中から、ずっと隣同士で座っていましたもんね。昨日はとても楽しかったです。明日は私の家で明斗さんと楽しい時間を過ごせればいいなと思っています」

「俺もだよ」


 明日はお試しの恋人であり、好きな人でもある氷織の家に行けるんだ。今から楽しみで仕方ない。それだけで、今日の学校とバイトを頑張れそうだ。


「あの、明斗さん。明日のことで相談したいことがありまして」

「どんなことだ?」

「明日……明斗さんも一緒にお昼ご飯を食べませんか? もちろん、私が作ります。この前、私の作った玉子焼きを美味しいと言ってくれて嬉しかったですから。家族も、明斗さんが一緒に食事していいと言ってくれています」

「ご家族がそう仰っているなら、喜んで」

「ありがとうございます」


 明日のお昼は氷織の家で、氷織の作った料理を食べられるのか。凄く嬉しい。ご家族と一緒だから、緊張してしまいそうだけど。


「どんな料理を食べたいですか?」

「それも俺が決めていいのか?」

「もちろんです。何でもいいですよ」

「分かった。じゃあ……ラーメンがいいな。俺、ラーメンが好きでさ」

「そうなんですね。ラーメンは私も家族もみんな好きです。私は麺類全般が好きですね」

「そうなんだ」


 氷織はラーメン好きか。それを知って親近感が湧いてくる。


「スープの味は何にしましょうか?」

「メジャーな味はどれも好きだな。ただ、最近は味噌ラーメンを食べていないから、味噌がいいな」

「味噌ですね、分かりました。味噌ラーメンでは茹でた野菜を乗せますが、明斗さんは嫌いな野菜はありますか?」

「特にないよ」

「ないのですね。偉いです」


 高校生になって、食べ物のことで偉いと言われるとは。小さい頃はピーマンやにんじんが嫌いだったけど、小学生の間に克服できて良かったよ。


「氷織は嫌いな野菜ってある?」

「今はないです。ただ、小さい頃はなすとピーマンと大根が苦手で。今もその3つはたくさん食べられませんね」

「そうなんだ。その3つも克服できたんだから、氷織も偉いよ」

「ありがとうございます」


 氷織はちょっと胸を張る。偉いって言われて嬉しいのかな。

 今後、氷織に料理を作ることがあるかもしれない。だから、氷織が今話してくれたことは覚えておこう。


「話を戻しますが、明日は味噌ラーメンを作りますね」

「うん。楽しみにしているよ」


 この前の玉子焼きも美味しかったし、きっと美味しい味噌ラーメンを食べられるだろう。そう思うと、明日がより楽しみになってきた。

 明日のお昼の話をしたのもあり、あっという間に笠ヶ谷高校に到着した。

 今日も生徒達からの視線を浴びながら、2年2組の教室に行く。


「おはよう! アキ! 青山!」

「おはよう、紙透君、氷織ちゃん」


 前方の扉から教室に入ると、和男と清水さんが笑顔で挨拶してくれる。面識のない生徒からにらまれたりすることが結構あるから、氷織と付き合う前と変わらずに接してくれることを嬉しく思う。

 自分の机にバッグを置いた氷織と一緒に、和男と清水さんのところへ向かう。


「2人ともおはよう」

「おはようございます、美羽さん、倉木さん」

「恭子ちゃんもさっき来たんだけど、今はお手洗いに行ってる」


 と、清水さんは言う。

 清水さんと火村さんは席が近いこともあり、2年生になった直後からたまに話す関係だったそうだ。

 ただ、一昨日の昼休みの一件を経て、火村さんは氷織と友達になった。なので、それより前から氷織と友達である清水さんとも友達の関係になったのだ。


「あっ、氷織が来てる! おはよう!」


 火村さんは教室に戻ってくるや否や、俺達のところへ駆け寄ってきて、氷織をぎゅっと抱きしめた。そんな彼女はとっても嬉しそうだ。


「おはようございます、恭子さん。ただ、いきなりぎゅっと抱きしめられるとビックリしてしまいます」

「ご、ごめんなさい。ただ、昨日はお休みだったから、氷織に会うのが待ち遠しくて。気づいたらぎゅっと抱きしめてた。次からはもう少し加減するわ」

「優しくお願いしますね」


 優しければいきなり抱きしめられてもいいのか。

 今の光景を見ると、昨日、俺の部屋で転びそうになった氷織を抱き留めたことを思い出す。抱きしめたときあの感覚……凄く良かったな。

 会って早々に氷織をぎゅっと抱きしめられる火村さんが本当に羨ましい。同性の友人だから許されることだよなぁ。


「あっ、紙透もおはよう」

「おはよう、火村さん」


 相変わらず、火村さんは俺を氷織のついでのように話すなぁ。氷織以外の人は霞んで見えていたりして。


「美羽にはもう話してあるけど、みんなにも話すか」

「何かあるのか? 和男」

「おう」


 和男はブレザーのポケットからチケットを2枚取り出し、机の上に置く。そのチケットを見てみると、


「東都ドームタウンアトラクションズのフリーパスの割引券か。しかも半額」


 東都ドームタウンアトラクションズというのは、東京都心の方にある遊園地のことだ。都心という立地や色々なアトラクションがあるため、人気の高い行楽スポットだ。俺は小学生の頃に家族で遊びに行ったことがある。

 去年、和男と清水さんがドームタウンへ遊びに行った話を聞いたな。


「親父が会社でもらってきた。1枚で3人まで割引できる。2枚あるから6人までできるぞ」

「倉木のお父さん、凄いものをもらったじゃない」

「火村もそう思うか。期限がゴールデンウィークの最終日までだから、美羽や友達と行ってこいって俺にくれたんだ。だから、アキ達さえよければ、一緒にドームタウンへ遊びに行かねえか? 俺と美羽が行くのは決定だ」

「あたし行きたいわ!」


 高らかにそう言い、火村さんは右手をピシッと挙げる。


「火村は決定だな。アキと青山はどうする?」

「俺は行こうかなと思ってる。氷織はどう?」


 俺がそう問いかけると、氷織はゆっくりと俺の方に視線を向けてくる。


「行ってみたいです。ドームタウンは小学生の頃に家族で行ったきりですから」

「じゃあ、アキと青山も行くので決定だな。これで5人か。あと1人割引できるぞ。誰か誘いたい奴はいるか?」

「……あの。沙綾さんを誘いたいです」


 氷織は小さく手を挙げてそう言った。葉月さんは氷織の一番の友達だし、俺や和男、清水さんとも面識がある。とてもいい案だと思う。


「沙綾ちゃんか。いいと思う!」

「葉月か。俺もいいと思うぜ」

「俺も」

「ちょっと待って。沙綾って誰のことかしら?」


 火村さんは首を傾げる。そうか、彼女だけは葉月さんと面識がないのか。


「もしかして、今まで何度かお昼休みにここに来て、氷織とご飯を食べていた女の子?」

「はい。文芸部で知り合ったお友達なんです」

「そうなの。氷織の友人ならあたしもかまわないわ」

「では、連絡してみますね」


 氷織はスカートのポケットからスマホを取り出した。

 葉月さんが行くことになれば一番いいけど、もし断られたら別の人を誘うか。それとも、この5人で行く方がいいのか。


「返信来ました。沙綾さんも行きたいとのことです。あと、校門に入ったので、すぐにここへ来るそうです」

「おう、分かった。じゃあ、行くメンバーはこれで決定だな。あとは日にちか。俺と美羽は2日から4日まで陸上部の合宿がある。だから、行けるのは1日か5日だ」

「あたし、1日はバイトがあるわ。5日は大丈夫よ」

「私と明斗さんも1日は予定が入っています。私の家でお家デートです」

「氷織の家でのお家デート……楽しい時間になるといいわね。あと、昨日のお家デートも楽しかったみたいね」


 火村さん……口元では笑っているけど、俺を見る目つきが何だか怖いです。羨ましいと思っているのか。それとも、氷織が嫌だと思うことはするなっていう警告か。

 ちなみに、昨日の夜に火村さんから、俺の家でのお家デートのことを色々と訊かれた。もちろん、彼女は氷織にも訊いたらしい。


「氷織の言う通り1日はお家デートだ。5日は大丈夫だよ」

「私も5日は大丈夫です」

「了解だ。じゃあ、第1候補は5日だな」


 あとは葉月さんの予定が合うかどうか。葉月さんは地元で書店のバイトをしている。連休中、彼女がどのようなシフトを入れているか。もし、5日に入れていたら、6人でドームタウンに行くのは難しいだろう。

 日にちのことを話してから3分ほど経って、


「みなさん、おはようッス」


 葉月さんがうちの教室にやってきた。葉月さんは後方の扉から入り、笑顔で手を振りながらここまでやってくる。

 しかし、火村さんに視線を向けた瞬間、葉月さんの手の振りが止まる。


「ひ、ひおりん。赤髪ポニーテールの女子がいるッスよ。大丈夫ッスか? 今までひおりんのことをにらんでいたじゃないッスか」


 うちの教室で氷織と一緒にお昼を食べていただけあって、火村さんが氷織をにらんでいたのは把握していたか。


「大丈夫ですよ。にらんでいた原因は私に対する好意。私を見てニヤニヤしないためとのことです。それを知り、今は友人の関係です」

「何と! あのにらみはガールズラブな原因だったッスか!」


 葉月さんは目を輝かせ、氷織と火村さんのことを何度も交互に見る。首の動きが素早いから、サイドにまとめた茶髪が激しく揺れている。

 以前、葉月さんはガールズラブが大好物って言っていたな。火村さんが氷織に好意を持っていることを知って興奮しているのだろう。


「氷織への想いを氷織本人が話すと、何だか照れちゃうわ……」


 ほんのりと頬を赤くし、うっとりとした様子で氷織を見る火村さん。そんな火村さんの反応もあってか、葉月さんは「おおっ!」と甲高い声を上げる。


「沙綾さん。興奮しているところ申し訳ないですが、彼女のことは振っていますからね。明斗さんというお試しの恋人がいますし。それで、友人になったんです」

「なるほど。理解したッス。にらみの原因を知って、あなたがとても可愛い女の子に見えてきたッス」

「私も同じです」

「……氷織がまた可愛いって言ってくれた」


 ふふっ、と火村さんは幸せそうに笑う。


「……彼女、ひおりんのことが相当好きッスね。まあ、嫌悪感がないと分かって安心したッス。あっ、あたしは2年5組の葉月沙綾ッス。ひおりんとは入学直後に文芸部で出会ったときからの付き合いッス」

「火村恭子よ。帰宅部で、地元のタピオカドリンク店でバイトしてるわ。よろしくね、沙綾」

「よろしくッス!」


 火村さんと葉月さんは握手を交わす。


「あたし、女の子にはニックネームを付けることが多いッス」

「へえ、そうなの。あたしにはどんなニックネームを付けてくれるのかしら?」

「そうッスね……」


 葉月さんは真剣な様子で腕を組み、


「……ヒム子ッスね」


 静かな口調でそう言った。葉月さんは「うんうん」と頷いているので、本人にとってはいいニックネームを付けられたと思っているのだろう。

 火村恭子……縮めて「ヒム子」か。火村さんのニックネームだと分かっていいんじゃないだろうか。和男と清水さんはクスクス笑っているけど。それもあってか、火村さんは「ヒム子かぁ……」と複雑そうに呟く。


「ヒム子ですか。私はいいなって思いますよ。個性的で」

「ヒム子気に入ったわ!」


 さっきとは打って変わって、火村さんは満足げな様子。この変わりようは見ていて面白いな。


「火村のニックネームが決まったところで……葉月。東都ドームタウンアトラクションズに行く日にちなんだが、5人の都合が合うのが5日だけなんだ。葉月はどうだ?」

「5日ッスか? 確認するッス。スマホの予定表に書き込んであるんで」


 葉月さんはブレザーの胸ポケットからスマホを取り出す。さあ、葉月さんの5日の予定はどうなっているだろうか。


「5日は何の予定もないッス。なので、あたしも行けるッスよ」

「了解だ! じゃあ、5日にこの6人でドームタウンに行こうな!」


 大きめの声で和男がそう言うと、清水さんが「わーい!」と嬉しそうに拍手する。それにつられて俺達5人も拍手した。

 氷織と一緒に遊園地に行くことになるとは。今年のゴールデンウィークは今までで一番楽しい連休になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る