第5話『氷織の友達』
今日も学校生活が始まる。
ただ、授業の合間の10分休みの度に、友人やクラスメイトが俺のところにやってきて、氷織のことについて色々訊かれる。どっちから告白したとか。氷織とどこまで進んだとか。だから、休み時間なのに禄に休めない。氷織も女子生徒に話しかけられている。
普段と違い、授業を受けているときの方がゆっくりできる。クラスメイト達からジロジロ見られたり、火村さんからにらまれたりもするけど。これが人気者と付き合うことの宿命なのかもしれない。
「アキ。付き合い始めたんだから、今日からは青山と2人で昼飯を食べてくれ」
昼休みになった途端、和男がそんなことを言ってきた。
後ろに振り返ると、和男は俺に向かってウインクし、右手でサムズアップ。凄くかっこいいじゃないか。きっと、氷織と俺に気を遣ってくれているのだろう。
付き合い始めたし、氷織と2人きりでお昼ご飯を食べてみたい。和男からのご厚意を受け入れよう。
「分かった。ありがとう」
「おう! あと、みんな! これまでの10分休みにアキに散々訊いたんだから、昼休みは2人きりの時間を作ってやってくれ!」
和男は大きな声でそう言う。だから、これまでの休み時間のように、話を聞こうと俺のところに来る生徒はいない。こういう状況になるのは、男子中心に和男の人望が厚いことも一因だろう。
「みんなに言ってくれてありがとな。ただ、和男は大丈夫か? 前は清水さんと2人きりだと、緊張してご飯をあまり食べられなかっただろう?」
「それは付き合い始めた頃の話だ。さすがに今は大丈夫だぞ! 学校の行き帰りとか部活へ行くときとかは美羽と2人きりが多いからな。2人きりで話すことにも慣れた」
「そっか。成長したな」
「さすがに1年経てば普通に話せるようになるよ、紙透君」
気づけば、ランチバッグを持った清水さんが俺達の近くに来ていた。
「これからは和男君と一緒に、紙透君と氷織ちゃんの様子を見ながらお昼を食べるつもりだよ」
そう言う清水さんの顔には楽しそうな笑みが。和男と2人きりで食べる一番の目的は、遠くから俺と氷織の様子を楽しむことかもしれないな。事前に2人で決めていたのかも。
「分かった。じゃあ、俺は氷織のところに行くから、清水さんは俺の席を使って」
「ありがとう、紙透君」
清水さんに貸すために俺は椅子から立ち上がる。
氷織はどうしているかと思い、氷織の方を見てみる。すると、氷織は女子生徒と何やら話しているようだ。話している相手をよーく見てみると……たまに氷織とお昼を食べている文芸部の女子生徒だ。まさか、今日は彼女と食べる先約があったのか……と思ったけど、女子生徒は手ぶら。
それからすぐに、氷織は文芸部の女子生徒と一緒にこちらにやってくる。その際、ワンサイドにまとめられた女子生徒の濃い茶色の髪が揺れる。パッと見た感じ、背丈は氷織よりも10センチ近く低い。それもあって、ちょっと幼げな印象だ。
「みなさん。この子は入学直後に文芸部で知り合った友人の
「紙透君にみうみうに倉木君ッスね。初めまして。理系クラスで2年5組の葉月沙綾ッス! よろしくッス!」
元気良く言う葉月さん。彼女は明るい笑顔が印象的な女の子だな。語尾が個性的だし、氷織とは正反対な感じの子だ。
あと、女子には初対面でもニックネームを付けるのかな。
「紙透明斗です。氷織が話した通り、昨日からお試しで付き合っています」
「清水美羽です。陸上部のマネージャーをしてます。よろしくね。あと、みうみうって可愛いね」
ニックネームが好評だったからか、葉月さんはほっと胸を撫で下ろす。
「良かったッス。女子にはニックネームを付けることが多いッスね。いい感じのニックネームがすぐに思いついたから言ってみたッス」
「ということは、氷織もニックネームで呼んでるのかな」
「もちろん! ひおりんッス」
「ひおりんか。いいニックネームだね。より氷織が可愛く見える」
「その気持ち……何だか分かるぜ、アキ。みうみうって呼ばれて、美羽がより可愛く見えるからな。俺は倉木和男だ。陸上部で短距離中心にやってるぜ。よろしくな!」
「よろしくッス! 君はデカいッスね! こりゃ速そうッス!」
「おう! 速く走れるように頑張ってるぜ!」
和男がサムズアップするので、葉月さんも笑顔でサムズアップする。何だか、理系クラスで文芸部所属の生徒とは思えない感じだ。
「いや~、昨日の夜はひおりんから紙透君の話を聞いたら興奮しちゃって。そのことで新作の構想がいくつも浮かんだんで、つい夜ふかししちゃったッス。そのせいで、寝坊してギリギリの登校で。だから、今の時間に生の紙透君を見に来たッス」
「なるほどな」
新作の構想が浮かんだ……か。葉月さんは恋愛小説をよく書くのかな。
葉月さんは俺の全身をよーく見ている。
「こうして実際に見ると、紙透君は結構なイケメンッスね! ひおりんの言う通り、優しくて落ち着いた雰囲気が感じられるッス」
女子からイケメンって言われるのは嬉しいな。あと、氷織が葉月さんにそう言ってくれたことも嬉しい。
「『絶対零嬢』とも言われるひおりんと、お試しでも付き合うことになるとは。紙透君凄いッスね~」
葉月さんは右肘で俺の脇腹を軽く突いてくる。
ただ、肘突きは数回で終わった。葉月さんはこれまで笑顔をずっと見せていたけど、真剣な表情になる。
「友人として、ひおりんの幸せを願っているッス。ひおりんがこの関係になって良かったと思えるように、ひおりんと付き合ってほしいッス。応援はするッス。だけど、もし、ひおりんが辛くて悲しそうだったら……そのときは友人として君から引き離すッスよ?」
俺の目を見て、それまでよりも低い声色で葉月さんはそう言う。そして、氷織の前に立つ。
氷織のことを大切に思っているからこそ、幸せを願うだけでなく、もしものときのことまで言えるのだろう。友人がそんな発言をしたけど、氷織は特に不機嫌そうな様子は見せていない。
今の葉月さんの言葉もあって、気づけば背筋が伸びていた。
「分かった。氷織を幸せにするよ。だから、葉月さんは俺達のことを見ていてほしい」
「……了解ッス。ひおりんを頼むッスよ」
優しげな笑みを浮かべ、葉月さんはそう言った。
それから、俺と和男、清水さんと連絡先を交換し、葉月さんは教室を後にした。
「いい友達だね」
「ええ。とても素敵な人です。この学校で沙綾さんと出会えて良かったと思っています」
「そっか。……お昼なんだけど、俺と2人で食べないか? ルールを話し合ったときのように、氷織の机で向かい合って」
「もちろんいいですよ。私も明斗さんと一緒に食べたいと思っていましたから」
「嬉しいな。……ということで、俺は氷織の席でお昼ご飯を食べるよ」
「おう!」
「いってらっしゃ~い」
弁当包みと水筒を持って、氷織の席へ向かう。氷織と一緒に食べるお昼ご飯、楽しみだな。
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