二 -1-
どこかからか勇壮な太鼓囃子が聞こえ、胸の奥まで届くような響きに、自然と高揚した気持ちにさせられる。昼頃から屋台が開き始めた祭りは、夕方の五時を回っていよいよ熱気を増してきたようだ。
俺と謙介はいつもよりも賑わう駅前で、待ち合わせている女の子たちを待っていた。
普段制服姿ばかり見ているから、シンプルな濃紺のTシャツに、ナチュラルなレザーと木目のペンダントを合わせている謙介の姿は新鮮だ。
「どうやって知り合ったんだ? その、穂香ちゃん? と」
「白のクラスメイトでさ」
「また出たよ、白」
「大野、本当に白嫌いだよな」
謙介が軽く笑う様子を見て、しっかりめに頷く。こういう所の意思表示はハッキリしておいて損はない。
曖昧にしておいて、それこそ白も交えて遊ぼうなんてことになったら面倒だ。
「でも穂香ちゃんは普通に良い子だから……あ、来た」
謙介の言葉に、その視線の先を追う。と、浴衣姿の女の子二人が、こちらに向かって手を振りながら歩いてくるところだった。
桜柄の入った薄いピンクの浴衣に、下ろしたら肩につきそうな長さの髪をゆるく一纏めにしている子が一人。もう一人は肩甲骨の下あたりまであるロングストレートの髪を下ろしたままで、金魚の描かれた水色の浴衣を身にまとっている。
どちらも清楚そうで可愛らしい子達だ。その華やかな装いにも、思わず表情が緩む。
男だけでつるんでいる方が楽だとは思っているが、やはり女の子は可愛い。
「先輩、今日は急にお誘いしてすみませんでした。この子が、私の友達の
そう紹介をし始めたのが、ピンクの浴衣の方。
ならば、この子が事前に話に聞いていた穂香ちゃんか。紹介された葵ちゃんは黒髪を垂らしながら、宜しくおねがいします、と頭を下げている。
「祭りに行くのに男だけじゃなって話してたんだ。こっち、大野剣。紛らわしいから大野って呼んでくれるか、俺は松前で」
「俺はまっつんって呼んでんだけどな。よろしく。こんな所で話しててもしょうがねぇから行こうか」
俺も謙介に紹介してもらい軽く手を上げて応えた後、早速そう促して、祭りの方へと歩き出した。
昨日謙介が言っていた通り、門前川に沿うようにして色とりどりの提灯がかけられ、風に揺れている。まるで宙に光が浮いているかのようで綺麗だ。
祭りのスポンサーなのだろうか、町内の店の名前などが書かれた提灯は、それだけでも祭りのムードを盛り上げてくれる。
普段は閑散としている通りも人通りがぐっと増していて、くっついて歩かないと逸れてしまいそうだ。
「すげぇ、こんなに人いたのか、神代町」
「俺も毎年同じ感想を抱くよ」
「私もです」
にぎやかな喧騒の中、会話は自然と声を張り上げねばならない。
俺と謙介、その後ろに穂香ちゃん、葵ちゃんという二列になってまとまりながら、今は祭りのために歩行者天国になっている車道を歩く。
「まずはかき氷かな」
「賛成」
謙介の提案で、目に入ったかき氷屋でそれぞれの味を頼んだ。
河川敷に面したガードレールに凭れながら、夏を味わう。日が暮れはじめてもむっとしたままの空気の中、喉から体全体を冷やしてくれる氷は最高だ。
夏になるとたまに食べたくなって、レストランに入った時にかき氷を頼んだりもするのだが、冷房がきいたレストランの中だと、かき氷が到着する頃には体が冷えていて、完食するのすら辛かったりする。やはり、かき氷は外でこうやって食べるに限る。
「俺は隣の市に住んでるんだけど、こんなにでかい祭りが神代町で開催されてるって知らなかったな」
「基本的には町の人しか来ませんよね、このお祭り。その代わり、町の人は皆来るって感じしますけど」
謙介はそうだと知っていたが、女の子二人も神代町の人間らしい。この町で生まれた子供は大人になっても地元を離れないことが多い。本当にこの町は、不思議なほど閉鎖的な地域だ。
「夜七時半から八時まで、花火も上がるんだ。花火見るために、時間の前までに
「あ、私もいつもそこに行きます。ちょうど綺麗に見えますよね」
食いにくいストローのスプーンで青色の氷を掬いながら、謙介と穂香ちゃんの話を聞く。どうやら今のは地元トークというやつみたいだ。葵ちゃんは大人しい性格のようで、にこにことしているだけでほとんど言葉を発しない。
「井槌山って?」
問いかけると、謙介はストローを口に加えて、道路を指差し説明を始める。
「あそこの交差点抜けた所にある通りを右に曲がるとずっと坂になってて、そのまま上っていくと山に差し掛かるんだよ。その先はちょっと山道っぽくなるんだけど舗装されてるし、大した距離じゃないから。そっちの方に沿って出店で色々買おう」
「毎日三十分歩いて登校してる奴の『大した距離じゃない』は当てにならねぇんだよな」
冗談で軽くぼやくと、謙介は本当だって、と笑う。
しかし俺も謙介の提案に別に異論はない。そもそも今日初めて参加する祭りだ。ここは地元の者の言うことを聞いておくに限る。
「この町ってどこ見渡しても山だよな」
「本当に山に囲まれてるからな。こっちが井槌山だろ、
四方を指差しながら説明されて、目を瞬く。
「え、何、まっつん山の名前把握してんの?」
「自分たちの住んでいる地域ってそういうものじゃないんですか? 小学校で習いましたよね、確か」
驚いて問いかけると、穂香ちゃんがそう言葉を足し、葵ちゃんも頷いている。どうやら神代町あるあるらしい。
「へぇ……本当に地元愛強い感じするわ」
そう会話を続けながら俺たちはかき氷のカップを空にすると、謙介の案内に従って出店の通りを進んでいった。
角を曲がった所で、俺はふと昨日の朝の出来事を思い出した。あの奇妙な女性が立っていたのは、確かこの辺りだ。
りんご飴を買い求めに屋台へ行っている女の子二人を見送りながら、俺はあの女性が立っていた辺りに視線を向けた。
少し高い雑居ビルの影になっている、何の変哲もない道路の傍ら。当然、そこに何がある訳でもない。だが、心の中で、何かが引っかかる。
喧騒が遠く聞こえる気がする雑踏の中、路端を眺めて佇む。
「大野?」
謙介に呼ばれて、意識を引き戻した。
「ん?」
「どうかしたか」
「いや何でも無い。りんご飴、買えた? 俺焼きそば食いてぇわ」
そう視線を戻し、また歩き始めた時。俺はようやく、自分の中の違和感に気づいた。
そうだ。この辺りには横にそれる脇道がない。
ではあの女性は、どうやって俺が目を離した一瞬で姿を消したのだろう。この場所に、どこかの建物に入れる入り口もないことがいっそう不審感を高める。
「あ、俺も焼きそばにしよう。そこに屋台あったよな」
「まとめて買ってくるよ」
努めて何でも無いふりをして謙介と会話を続けながら、俺は背筋に、なにか冷たいものが伝わるのを感じていた。
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