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「本当に面白い奴だな、お前は」

「・・・行かれますか?」

「あぁ、そのつもりだな」

「淋しいですね、また一人私と飲み交わしてくれる方が減っていくのですから」

「それはお前の都合だろうが」

「御機嫌よう、樋川さん。またいつか夜に葡萄酒(ワイン)を飲み交わせる日をお待ちしています」

「そうだな・・・」

これが樋川長流がこの財界で最後に言った言葉となった。

彼は予見通り早朝からやって来た警察により連れて行かれ、この三日月島を去った。

誰とも話さず、ただずっと海を見つめていた。

ゆったりと広がり雄大さを見せてくれる絶大な海にして、時には人を飲み込み誰も居ない冷たい世界へと引き込む海を。

九十九は、樋川を最後まで見届けたが、今から陽が昇り、新しい日が始まるのに橙の昇陽が何処か淋しい夕日に見えて感じたのだった。




怪事件という名の悲劇は終わった。

暫く斉藤はこの別荘を閉館するつもりだと言っていた。

それから何隻にも及ぶ船が三日月島にやって来て、多くの人を乗せて行った。

九十九は人数が最も少ない一番最後の船に乗ることにした。

何せ乗るのが自分と斉藤と残りの使用人と綱方だけだったからだ。

出航前、九十九は使用人に荷物を運んでもらい、梯子の前でぽつんと立っていた。

潮の風を浴びてながら。」

その時、綱方がやって来た。

「早く乗れよ」

「そうだね」

「・・・事を引きずる性質か?」

「どっちかと言うとね」

「オレはお前らの規則や事情なんて知る気もない。だけど、少なくともオレはお前に感謝はしている。助けてくれたから」

「偶然だよ」

九十九は、振り向き綱方を見た。

「これからどうするの?」

「また放浪の旅さ。行く宛てなんてないからな」

「斉藤さんの家に居座ることはしないの?」

「俺にはあの家は合わない。いい人達ばかりだと思うけど。まぁ、気にすることはないさ。オレはこれで金が入ったら少しは食って行ける」

綱方は九十九を過ぎ去ろうとすると、九十九がぼそっとこう言った。

「ねぇ、良かったら僕の家に来る?」

思いがけない言葉に綱方は目を見開いた。

「僕の父さん、変わり者で有名人なんだ。家になんか道場とか作法小屋なんか一昔の建物を残していて僕も時々父さんから作法とか剣道とか学んでるんだ」

「本当に変な家だな」

「僕もたまに思う」

「面白そうだな」

「・・・どうする?」

「・・・そういう家なら悪くもないな」

綱方は笑んだ。

「なら、早く乗って案内してもらうか」

「いいよ」

三日月島を出る最後の船は出た。




さらさらと水が竹の中に注がれ、カンとししおどしが鳴った。

ある畳の部屋。

きっちりと着物を着て、正座をしている九十九がお茶を立て、その向かいに父・源三がいた。

年齢は42とそれなりにいい年頃の人であった。

白髪混じりの髪で後ろは断髪してながらも少し残っている髪は後ろで括っている。

九十九は茶筅をお碗から離し、お盆に置くとお碗を回転させて源三にお茶を差し出した。

「どうぞ」

「では、頂くとするかな」

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