11

「斉藤さん!そんな話よりもこっちの話が大事だろ!殺人犯がそこにいるんだから!」

「待ってください!綱方くんは私が駆けつけていた時にはもう気を失っていたんです。誰かに後頭部を叩かれいたんです!」

「演技に決まってんでしょう!斉藤さん。いつまで庇ってもみんなわかっているんですから」

皆の頭の中では本当に犯人は綱方となっていた。

しかし、九十九は実際あの状況を見てみると本当に彼の犯行には思えなかった。

自分が自分の後頭部に頭をぶつけてその衝撃で倒れてるなんて演技者にも到底無理な事だ。

多分、駆けつけたところを犯人を見て慌てて綱方がその場から離れようと背を向けた時に後頭部を叩きつけられた、といった感じだろう。

「ちょっと待って下さい。綱方さんがやったっていう証拠はあるんですか?」

九十九が言うと、周囲の声が一瞬にしてしんとなり誰も喋らなくなった。

どうやら証拠はないようだった。

「証拠もないのに疑うのは失礼気回りない行為ですよ?昨日、人をバカにしていた方々達は何処へ行かれたのですか?」

九十九は挑発的な言葉を飛ばした。

返事は返って来なかった。

当たり前だろう、昨日あんなに酷いこと言っていた相手にこんな屈辱的な事を言われたのだ。

言い返したくても言い返せない。

九十九はそんな彼等を見て心底呆れたような顔をし、ため息を吐いた。

「・・・無責任な人たちばかりですね」

九十九は昨日の事もあってか、少し口調が苛立ちを見せていた。

集団は少し様子のおかしさに首を傾げた。

「九十九さん?」

斉藤も九十九の暴言に驚きを感じた。

「すいません、少し苛立っているだけです」

九十九は、そういうと綱方の方をちらっと目を向けた。

綱方は無愛想に頭に包帯をして顰めた顔をして集団を見ていた。

「・・・ちょっと外の空気を吸って来ます」

すると、集団を掻き分け外への扉を開き姿をその場から姿を消した。

取り残される集団と斉藤と綱方は無言になった。

昨日会った人物とはまるで別人のような気がして仕方ないのだ。

それから、綱方も引き続いて外を出た。




大きい波の音が聞こえた。

九十九は今、崖の上にいる。

飛び込むとか馬鹿な考えをしているのではなく、ただこういう崖の所が一番落ち着くような気がして来ただけなのだ。

ザァァと波が引き寄せられまたザァァという音で崖にぶつかり潮の飛沫を上げた。

その飛沫が九十九の頬に少し当たった。

右手でそれを拭き取り、見るとあの赤い血のついた手を目の当たりにした時の感覚が蘇って来た。

九十九は眉を寄せ、歯を食いしばり、右手を強く握り締めた。

「随分と立腹なのだな・・・」

後ろから声が聞こえた。

声は九十九のから数メートル離れた所にいた綱方からだった。

九十九は後ろを向かず、右手だけを下ろした。

「一人にさせて下さい。今は考え事に更けたいんです」

思っている事をありのまま言った。

普通なら失礼気周りない行為だ。

折角声を掛けてもらったというのにそれでも自分の事しか考えていないのだから。

しかし、今の九十九にはそんな気遣いが出来る気力もなかったから仕方ない反応なのかもしれない。

「そうか、・・・それは迷惑を掛けたな」

「いえ、僕はただあんな『光景』を見たのが生まれて初めてだったのでどう受け止めればいいのかわからなくて」

九十九は、自分でも何を言っているのわからない事を言っていると薄々感じていた。

だが、今はひたすら思っていたことを皆綱方にぶちまけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る