6
「もういいです、九十九さん。こうなさっても誰も自ら名乗らないという事は他の誰かでしょう」
「斉藤さん!!」
九十九が声を上げた。
「九十九さん、心配して頂いて嬉しいですが、人を疑う事はあまり良くない事です。私は他の人達を当たってみます」
斉藤は九十九に頭を下げた。
九十九は少し躊躇した。
「あ、頭を下げないで下さい!斉藤さん!ここに最後に残っていた人に話を聞いたら皆さんには部屋に戻ってもらいましょう。先程倒れていた木下さんの様子も気になるので」
「そうですね」
その時、鈴谷は九十九と斉藤の様子を伺うとこっそりとその場を出た。
それを九十九はそっと目で追うと話を戻した。
「斉藤さん、今の方は一体どなたなんですか?」
「最高裁判官を父に持つ鈴谷悠介さんです。彼も公務員をやっていて今は銀行員とかをしているそうです」
「・・・公務員・・・ですか。馴れ馴れしさといい、ああいう人は好きにはなれないです」
「此処にはいろんな方々が沢山います。社交も大切な事の一つですよ。九十九さん。」
「・・・わかっていますが」
九十九は斉藤と話をしているとざわざわと集団からの小声がさっきから気になって仕方なかった。
多分、生意気のように思っているに違いないと思った。
この中で一目見たところ九十九が最年少だった。
「早く私達は帰りたいのだがね。斉藤さん」
集団から声が聞こえた。
それからそうだ、そうだと加勢の声が出てきた。
「あ、はい。わかりました。では深柳さんと樋川さん、晴羽さん、宗弥さんは少し残っていて下さい。後の皆さんは呼び出してすいませんでした。部屋にお戻りください」
斉藤が言うと、集団はぞろぞろと舞踏館の扉から出て行った。
ふとそこから小話が九十九の耳に届いた。
『全くあの渓河とか言う奴は礼儀知らずもいいところだ』
『探偵ごっこでもしたいのよ。見た目がまだ幼いし』
『いい気なもんだ。相手を誰だと思っているのか』
『仕方ない。何せあの渓河財閥は斉藤財閥と関係が深い。下手に盾突くとろくな事はないぞ』
入ってくる、嫌な話が、嫌な大人の話が、嫌な他人を貶す話が。
誰のことか・・・、勿論知っている。
自分、この自分、渓河九十九の事。
言いたければ影で言え。
本人がいる前で喋らないで欲しい。
聞きたくない、聞きたくない。
耳を塞ぎたい、でも塞げば聞こえたとわかってさらに何かが聞こえてしまう。
見るな、そんな目で、人を哀れな風に見るな、自分が虚しくなる。
見るな、言うな、喋るな、止めてくれ!
「九十九さん!」
斉藤の声が九十九に聞こえた。
「へ?・・・あ、僕」
「どうしましたか?」
「いや、少し考えていたんです」
「何を」
「皆なんか不自然なんです」
「・・・不自然ですか?」
「はい、僕達は10時頃舞踏館からの木下さんの悲鳴でここに来ました。しかし、その後ここに来たのは僕達以外誰も来なかった。普通、悲鳴とか聞こえたならば原因が気になって皆そこに行くと思うんですが」
「ああ、それは向こうの屋敷の各部屋には防音装備をしているんです。部屋の中には蓄音機を置いているところもあるのでね。多分、全員が部屋にいたというのが本当ならば聞こえなかったのは仕方ないと思います」
「壁は斉藤さんがいなくなった間にやったのでしょうか?直に壁に塗ってるように見えるし」
「九十九さん、何を考えているんです」
斉藤は少し不安そうな声を出した。
「あの綱・・・方って人がこの舞踏館から走っていなくなったり、舞踏館には木下さん一人だけしか残ってなかったりなんか引っかかって」
九十九は右手の親指の爪を噛むと顰めた顔で頭を捻らせた。
「君、その癖は直した方がいいぞ。まるで子供のようだ」
コツコツと九十九の方へ近づく足音が聞こえた。
それは、斉藤が残って欲しいと言われた三人だった。
白髪の髪を括り、首まである白髪混じりの髭を生やした樋川長流(ヒカワチョウリュウ)と赤いドレスを着た深柳佳織(ミヤナギカオリ)、そして深柳の後ろでおどおどとしていて眼鏡を掛けている晴羽貴文(セイハタカフミ)だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます