5
「斉藤さん、これは・・・一体」
九十九は目を点にさせて言った。
「いや、これは私にも」
斉藤も唖然としていた。
どうやら斉藤もこの事は知らなかったようだった。
「なんですか、この文は」
「さぁ・・・、悪戯にしては度が過ぎます」
「確かに」
九十九と斉藤はまじまじと壁の文を見た。
それから間もなくして激しい雷雨が押し寄せて来た。
時間、午後11時半。
九十九は斉藤に頼み、今回この三日月島に来た人を全員集めてもらった。
九十九、斉藤を含め全員で17名が舞踏館の中に集まった。
その場にはあの綱方はいなかった。
倒れていた女性の名前は後木下結衣(キノシタユイ)という人と九十九は斉藤から聞いた。
何でも工業会社の社長令嬢らしい。
「すいません、皆さん。こんな時間に」
斉藤は全員に申し訳なさそうに言う。
「いや私は別に大丈夫ですが、一体なんなんです?」
集団の中心に立った人、鈴谷悠介(スズヤユウスケ)は言った。
彼はもう舞踏会もすでに終わった後に呼び出されたのでネクタイもジャケットも着ていなかった。
見た目は30代前後。
ズボンのポケットから煙草とライターを取り出すと火をつけ煙草を吸い始めた。
「実は、あの壁なんですが・・・」
斉藤は後ろを向き、正面にある赤いカーテンを開けると全員にあの壁を見せた。
それを見ると少しざわめきがたった。
「静かにしてください」
九十九は言う。
「この文心当たり、又は誰がやったかご存知ですか?」
「誰だい?君は」
「・・・僕は渓河九十九。渓河財閥の者です」
「ほぅ・・・、渓河の、ですか」
鈴谷は煙草を口に含むと、九十九に近き九十九に向かって煙を吐いた。
それを思いっきり吸い込んでしまったのか、九十九は咽て咳をした。
「けっこうお若い方ですね、お父さんは今確か体調が優れていないとか。君はお父さんの変わりにここに来た、という所ですかね?」
「話す必要もないです」
「なぜですか?」
「年齢が幼いと思って話すとでもお思いでしたか?」
九十九はクスッと微笑を浮かべた。
鈴谷はそれを聞くと少し顔を引きつり、九十九に合わせて微笑した。
これが本来の九十九の姿なのだ。
財閥の世界は厳しい。
ひとつひとつの情報は相手にとって利益となり、こっちには不利益になる。
相手はそれを利用する手が生まれる。
だが逆にこっちにはそれを逆に返す手も出来る手も同時に生まれる。
やればやり返すようにこの世界では、会話は相手を落としいれられる穴でもあり、自分を自滅へと仕向けてしまう欠点でもあった。
『見知らぬ者に物与えども利益なし。』
これが九十九が父・源三から教わった教えである。
信頼できない者に何を教えても与えても何もかも無意味。
逆に損であるという意味だ。
九十九にはちゃんと体に染みついているのだ。
「・・・お見事。流石ですね」
鈴谷は小さくゆっくりと拍手をした。
「参りましたね、若い方ながら手強い方で」
「その言葉、ありがたく受け取らせて頂きます」
九十九がそう返すと、鈴谷は嫌そうな顔をして壁の方へ近づいた。
「斉藤さん、なんですか?これは」
「わかっていれば、私は皆さんを呼び出してまで聞きません。怒っているわけではないのです。ただこういう悪戯は今後止めて頂きたいという忠告をしたいだけです」
「お優しい方ですねぇ、斉藤さん。名の知れたお家はやはり常に紳士的というのが規則なんですかね?」
「私の家はただの伯爵家の家だけに過ぎません」
鈴谷は煙草を吸い、煙を口から出した。
「皆さんは心当たりないんですか?」
九十九は話を続けた。
「私達は、舞踏館が終わった後間もなく部屋へそれぞれ戻りましたよ」
横から鈴木が割り込んで言った。
未だ煙草を吸い、壁に書かれている字を見つめながら。
「では、その中で少しの間まだ残っていた方は?」
「それは私達よりも斉藤さんの方が詳しいのでは?」
鈴谷は斉藤を見た。
全員視線が斉藤に集まる。
痛い視線に耐え切れず斉藤は咳払いし、話し始めた。
「そうですね、10時頃に確かに今日の舞踏会は終わりました。大体の皆さんは部屋へ戻っていった方ばかりですが、その時に残っていたのが私と使用人達、後鈴谷さん貴方を含め5人が残っていました」
「・・・そうですか」
九十九は鈴谷を見つめた。
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